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高山大川をさだむ、定められた順序を守ろうね。④

 この、学びの間での騒ぎは外に漏れるほどだったらしい。

(けい)の嗣子の方々は研鑽されているご様子。みなさまの励みは国の宝、良きことです。若いかたの議に失礼するは、私のような老人には不相応かもしれないが、邪魔をさせていただくよ」

 士匄たちよりひと回り程度年上の男が、すっと室に入ってきた。

「あ、知伯(ちはく)。あ、はい、その、声を荒立ててしまっておりまして……」

 荀偃が代表して挨拶し、拝礼した。それにあわせ、士匄と趙武も拝礼する。

 (あざな)知伯(ちはく)というこの男は、荀罃(じゅんおう)と言い、荀偃の親戚である。もっと細かく言えば、荀偃の祖父の弟の息子であり、荀氏(じゅんし)の傍系となる。知邑(ちゆう)を持つ嗣子であるため、知伯、というわけである。彼の父は第二席の卿で、ゆえに彼もこの室で研鑽しても良いのであるが、ある程度年かさであり、経験も豊富なため、父に着いて既に職務についている。ただ、時折同じ立場の者として、顔を出すことはあった。今回もそれらしい。

韓氏(かんし)欒氏(らんし)嗣子(しし)が休みであるとは伺っている。三名での議や学びは充分でないかもしれないと顔を出した次第だが、心配なかったようだ」

 上席に座し、荀罃が笑んだ。穏やかな笑みに、趙武が柔らかく笑い返す。が、荀偃は下を向き、士匄は少し目を泳がせた。この荀罃(じゅんおう)は普段穏やかであり言葉を荒げるようなことはない。が、こと政事や軍事になると極めて厳しい。特に軍事的な話になると鉄鉱石のような硬さを見せる。いわゆる軍人気質なのである。

「知伯のご心配、ごもっともです。実は、范叔についての議がございまして、少々紛糾しておりました。知伯は経験深く、我らより見識高い方です。ご意見お伺いしたいのです」

 趙武が真っ直ぐと荀罃(じゅんおう)を見ながら、言い切った。荀偃がますます俯いていく。士匄と言えば、己が悪いなど思っておらぬ。また、売られたケンカは必ず買い、倍にして返す信条である。ことの経緯をすらすらと、分かりやすく鮮やかなほどの言葉で説明した。それをじっと、時々考えるそぶりを見せながら聞き終わったあと、荀罃が口を開いた。

「人を贄にした件で確認したい。それは、相手が差し出したものかな? それとも本人が申し出たものか?」

 士匄は首を振る。

「引き渡す邑を己のものだと叫ぶ狂人であった。姿は素衣素冠(そいそかん)、おおかたどこかの葬式漁りだったのが、気がおかしくなったのであろう」

 葬式漁りとは、他人の葬式に参列しては配られる食物や衣を貰う輩のことである。当時、こういったものは少なくなかった。それはともかく士匄の話は続く。

「まあ、どちらにせよ我が士氏の邑となる。その男の地というなら、そいつも盟いの儀にいれるは必定。ゆえ、殺して生け贄として一緒に埋めた」

 理として正しかろう、と堂々と言い切る士匄に、趙武と荀偃が唖然とした。

「いえいえいえいえ。ちょっと。その狂人の祟りじゃないです? それ。きちんと埋葬してあげましょうよ」

「は? 儀はすでに行ったのだ。それを掘り返すほうが不祥であろう」

 趙武の思わずなツッコミに士匄がバカにした顔で返す。荀偃といえば、趙武の意見に賛成であるが、士匄の理を聞くとそっちもそうなのかなあ、と考えてしまい、あいまいな顔のまま推移を見るだけになっていた。なおも言い合いを行おうとする士匄と趙武を手で制し、荀罃(じゅんおう)が苦笑を浮かべながら口を開いた。

「范叔の理はわかる。私が范叔の立場でも、最終的に同じ事をしただろう。ただ、范叔は手順を間違えている。そして趙孟の言葉もわかる。その狂人の祟りであるということだ。それは確かだろう。が、埋葬しなおせばよいわけではない。范叔は理を優先するあまりに、結論だけに拘った。趙孟は情を優先するゆえ過程の疑問に気づいたが、物事の正解にたどり着いていない。ところで范叔は趙孟を教導するよう、韓伯に命じられたと聞いている。趙孟は複雑な育ちゆえ、范叔が大夫としての心得を導くは良きこと。反面、范叔は答えが見えすぎるため、色々なものを取りこぼす。趙孟はひとつひとつのことを丁寧に見て考える性質です。教導するものは相手に学ぶことも肝要。まあ、小難しいことを申し上げたが、簡単に言えば范叔と趙孟の二人でこの問題を解決しなさい。范叔は己の問題ということもあるが、このままでは汝だけの話で終わらなくなる。趙孟としてはご苦労なことでもあるが、何故范叔に理があるのかわかっておられないご様子。そこに学びがある。どうしてもわからなければ、私に頼って下さい。若者は先達を頼り教えを請うのもひとつの研鑽なのだから」

 にこりと笑う荀罃(じゅんおう)に、士匄と趙武は顔を見合わせた後、

「ええええええええっ」

 と叫んだ。特に趙武は叫んだ後、私、巻き込まれ損じゃないですかあああ、と頭を抱えた。おかわいそうな趙氏の長であるが、この経験はきちんと身になる。はるか後年、趙武は人の意を聞き、己は押さず逆に引き、その上で気づけば場を思い通りにする宰相となった。どのような理不尽にも動じない精神は、このようなことで培われていたのだろう、たぶん。

問題提起編終了&メインバディがようやく成立しました。

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