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さくらさく

作者: あり

 

「春の儀は知っているかい」

 ある、桜満開の日、男性はその場にいる人々に聞いた。

「え?」

「知らないです」

「どの地方の伝承ですか?」

 口々に男性に問う。

「そうか、なら昔話をしましょうか」




 秋、少年は少女と出会う。

 少年は里山にある神社に散歩がてら、お詣りに来ていた。その日、少年が散歩に出たのも、目的地を神社にしたのも偶然で、ましてやその日本家屋の前を通るのも偶然だった。

 その神社の近くにある、旅館のような料亭のような、立派な日本家屋の前で、落ち葉を掃き集めている、少女。その側には幼稚園児ぐらいの幼児が二人、少女のお手伝いしている。

 少年はその少女と幼児二人を、その時は視界に映しただけであった。

 だが、なにかを感じたのだろう。その日より少年は、何度も少女の姿を思い出す。


 秋から冬にかけて。

 少年は神社に詣でるという理由で少女と出会った日本家屋の前を何回か通る。

 何度も顔を合わせる二人。何度も顔を合わすうちに、自然と挨拶をかわすようになった。

 それでも緊張し、少年が声をかけようとした日より幾日か過ぎた。


「こ」

 少女の姿を認め、声を出すが緊張し、そこで止まってしまった少年。

 ちょうどキリの良いところだったのだろう。少女は地面から目を離し向きを変える。

 そこに少年がいた。

「こんにちは」

 少女はふわりと笑い、少年に声をかける。

「こんにちは」

 少女の笑顔を見て、なんとか言葉を発するが、少年は少女が言った言葉を繰り返すしか出来なかった。

「今日は暖かいですね」

「暖かいですね」

 それが限界だったのだろう。少年はそれを発すると身体の向きを変え、その場から離れるために足を前に出す。

 少女は少年が離れていくのを見送った後、幼児二人と共に日本家屋に入っていった。


 その日より、少年と少女は顔を合わすと言葉を交わす。

 側から見れば、ただの挨拶だっただろう。だが、それが途切れると物足りなく感じるくらいには、二人の挨拶は続いていく。


「こんにちは」

「今日は雨ですね」

「雨ですね」


「こんにちは」

「寒くなってきましたね」

「寒くなりましたね」


「こんにちは」

「暗くなるのが早くなりましたね」

「お帰りお気をつけ下さいね」

「ありがとうございます」


「こんにちは」

「こんにちは」

「もう、年も終ですね」

「良いお年を」

「良いお年を」


「明けまして、おめでとうございます」

「明けまして、おめでとうございます」

「こんにちは」

「寒いですね」

「寒いですね」

「こんにちは」


 ある日から、少女を見なくなった。

 少女の代わりなのだろう。幼児二人が日本家屋の前で掃除をしていた。


 少女はどうしたのだろう。


 少年は、少女の姿を見る事ができないかと、少女は元気だろうかと、里山のふもとにある神社に詣でる。

 少女は元気だろうかと祈った。

 少女の手伝いをしていた幼児二人は、日本家屋の周りを掃き清めている。いく日もいく日もかけて。


 春にはまだ遠い、寒い日、少年は幼児の一人に声をかける。

 少女はどうしているのだろう。

 少年は幼児に少女のことを聞くために、声をかけた。


「こんにちは」

「こんにちは」

「寒いですね」

「寒いですね」

「お掃除、大変ですね」

「いいえ」

「これが仕事ですから」

「そうなのですか」

「はい」

「では、お仕事の邪魔をしてすいません」

「いいえ」

「大丈夫ですよ」

「では」

「では」


 少年は幼児達に少女のことを聞く事ができなかった。

 落ち込むが、気持ちを切り替え、少年は神社に詣でる。


 寒さが厳しくなる頃。

 少年は、神社へと向かう。

 その、詣でた神社の片隅で、舞を舞う少女を見た。


 秋に出会った少女だろうか。


 少年は少女を確認したくて舞を見ていたが、いつしか舞に引き込まれていた。


 少女は舞う。くるりと少女が舞うと袖や裳裾がふわりとたなびく。

 くるり。ふわり。ふわふわくるり。

 シャンと鈴の音がして、少女は動きを止めた。

 どこからか幼児二人が少女に駆け寄る。

 少女は幼児たちの姿を認めると、ふわりと笑みを浮かべ、幼児たちと共に何処かへと消えた。


 少年は我にかえると少女が進んだ方向へと進む。だがその先は神社の境内で、少年は神社に詣でたのだからと手を合わせ、神社を去る。


 それは、節分の頃まで続いた。


 節分が過ぎると、少年は神社に詣でても、少女の姿を見る事は無かった。

 幾日も幾日も少年は神社に詣でる。少女だけでなく、幼児二人の姿を見ない日が続く。

 少女はどうしたのだろう。


 少女の姿を見なくても、少年の中ではそれが習慣となったのだろう。

 少年は神社に詣でる。


 寒さが和らぎ、暖かくなってきた。

 地面の端々に緑が少しずつ増えていく。

 神社の境内にある桜の木も、蕾が膨らんできたようだ。


 桜が明日にも咲くかと思われる日。


 少年は神社の境内にある桜の木の下で、少女と再会する。


 少女は巫女姿で舞を舞う。

 少女の動きにそい、袖や裳裾がふわりと舞う。

 ふわりふわり。

 いつかの時のように、シャンと鈴の音の後には幼児二人が少女に近づく。

 幼児二人は少女に近づくと二言三言言葉を交わし、少女とともに何処かへと消えた。

 少年は少女達の後を今回は追わず、神社を後にする。


 それは、桜が満開となるまで続いた。


 桜が満開となり、そして散り葉桜となった日。

 少年は神社の境内で少女の舞を見る。

 少女はふわりふわりと舞い、そして鈴の音で舞を終えた。

 いつもなら、幼児二人が少女の元に来るのだが、今日は幼児二人を先導に青年が来た。

 少女は幼児二人の姿を認め、次いで青年を見る。

 青年を見て笑顔になった少女に、笑みを浮かべる青年。

 少年はそんな四人を見て、その場より離れようと向きを変えた。


「ありがとうございました」


 いつもなら、少年など気にせずその場を離れる少女が口を開く。

 少女の声聞き、少年は少女に向き直った。

 少女はふわりと少年に笑い、そして言う。

「ありがとうございました」

 少女は少年に頭を下げ、そんな少女の肩を、青年はとんとんとたたく。

 少女は顔を上げ、青年の顔を見てそして、少年を見る。


「ありがとう」


 少女だけでなく、その場にいる青年も口を開き言葉を発した。


「ありがとう」


 二人は笑顔で少年に言うと、二人の姿に霞がかかる。

 霞が晴れると、そこには幼児二人しかいなかった。


「これにて、春の儀は終わりとなります」

「見届け人、ご苦労様でございました」


 二人は少年に告げ、頭を下げると、その場から消えた。


「暑いねぇ」

「この前までは寒かったのにね」

「もう、夏でもいいんじゃない?」

「いやあ、夏は言い過ぎでしょう」

「でも暑いよね」


 自分以外の人たちの声が聞こえてきたため少年は周りを見る。

 神社の境内には参拝している人、奥の院に向かう人、お守りなどを見ている人、おみくじを引く人、神社より町に向かって進む人、町より神社に来られた人、色々な人々がいた。今までの静謐とした空気が嘘のように、人々のざわめきで浮き立っている。


 こんなにも人がいるのだから、空気がざわざわとしていてもおかしくはないだろう。先程までのしんとした空気がおかしかったのだ。


 頭ではわかっていても、もうあの少女とは会う事はないのだと思うと少年は悲しくなった。


「あら、どうしたの?」

 参拝者であろう一人が少年に声をかける。

「泣きたくなるくらい、きれいだものね」

 別の一人がそう言い、少年にティッシュを差し出した。

 声をかけてきた人や差し出されたティッシュを見て、少年は自分が涙を流しているのに気がついた。




「……そうですねぇ。一度だけ見た春の儀は、厳かできれいでしたよ」

 男性は周りの人達にそう言うと、淋しそうに笑った。


ピクシブのサクラストーリーに提出。


絵から巫女装束、巫女舞を連想し書き出したもの。


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