特異の日(2)
「清美さん、大丈夫かい」
うなされていた清美さんが、薄っすらと目を開けた。
「うっ・・・・あっ、王子」
「王子?」
「あぁー、悪霊退散!」
清美さんは浅間 亨を指差して、なにやら怒っている。
「何だよ、悪霊って、退散だって、酷い言い草だな。頭の打ち所が、悪かったんじゃねえか」
「まあ、まあ」
僕は、亨を後ろに押しやった。
「気付いた。どれ、傷を見せてごらん」
白石先生が、清美さんの後頭部を診た。
「コブが出来てる。痛む?」
「ズキズキするけど、痛みは引いた。もう大丈夫だわ」
「錯乱してるようだから、医者に診てもらった方がいい」
「しっ、シッシッ、静かに」
「ったく、俺はニワトリじゃねえぞ」
何でだろう。似た者同士なのに、亨と清美さんはいつもいがみ合う。
「冗談でなく、病院で精密に診てもらいましょう。事故当初は大丈夫と言ってた人が、夜中に急変して亡くなった例もあるわ。脳のことは、用心しないと」
「でも・・・・」
「用心に越したことはないわ。私の車で送るわね。水橋くん、担任に知らせといてね」
白石先生は、僕らを保健室から追い出し、ケイタイを取り出した。
「あ~、ラーメンがふやけてしまった~」
部室に戻ると、清美さん騒ぎで作りかけのラーメンが伸びて、ふやけて汁も見えない状態になっていた。
「俺のパンと交換しないか」
『う~ん、どうしよう』捨てちまおうかと思っていたら、亨が交換を申し出た。
「俺は、ふやけたラーメンが好きなんだ」
不得要領の僕を見て、言い訳がましい言い方だった。
「そうか、悪霊は悪食なんだ」
「バカ野郎、そんなんじゃねえよ。話せば長い。子供の頃、安達太良山で遭難しかかった事があったんだ。一日中歩き詰めでクタクタで腹ペコで。そんな時、遭難者救助騒ぎで作りかけのラーメンを放ったらかしにしてふやかした人がいた。それを貰って食ったんだよ。旨かったんだな。まさに、『空腹は最高の料理人』だなあ」
亨は、ふやけたラーメンを旨そうに食っていた。僕は『空腹は悪食を作る』という言葉が浮かんだ。
と、ガラリと引き戸を開け、山本が入って来た。
「すごい。お祭り騒ぎだ」と、手にしたスマホを開いた。
ツイッター、スバル新聞に『昴神社、参拝途中の清美嬢転倒、保健室に運ばれる。即、病院へ直行』とあった。そして、リツイートがたくさんあった。
『清美さん、大丈夫か』
『心配ない、彼女は見るからに不死身だ』
『めでたい、学校あげて祝福しよう』
『清美さん、付いているのか付いて居ないのか』
『参拝したい気持ち分かるわ』
『不思議だ。なぜ彼女がモテるのか。謎だ』
『先越された、悔しい』
『なぜって、それは多分、幼いころから彼女を見慣れているから、免疫が出来ているのだろうよ』
『早く結論を出して、気になって、気が散ってしょうがない。勉強に身が入らないわ』
『久野くんを応援するぞ、頑張れ』などなど。
「大丈夫かい。こんな大騒ぎして、知らないぞ」
「ん~、一度火が付くと止まんない」
と、突然引き戸が開き見知らぬ生徒が入って来た。
「これ、頼まれた」
届けられた紙片を開けると、『放課後、昴神社で待つ。久野 竜一』とあった。
「おお、これ果たし状じゃねえか」
「そんな、時代劇の見過ぎだ。ただのメモだろ」
「どっちにしても、嫌だな~、僕は暴力ざたは嫌いだ」
「俺が助太刀する。心配するな」
「益々、時代劇みたいだ」
「説得、いや、まず話し合いだ。時代錯誤はよしてくれ」
鳥居をくぐると、両脇に杉木立がそびえ否が応にも結界に入ったのを感じさせる。そのまま進むと、本殿前の広場に出た。本殿前には、後ろに手を組む久野がこちらを見ていた。
用心深く、ゆっくりと進む。間合いは徐々につまり、2メートルの距離で対峙した。
突然、『バッ!』と久野が動いた。僕はとっさに防御の体勢をとった。恐る恐る目を開けると、目の前にプルプルと揺れる赤い花があった。久野は片膝を付いて、花束を捧げている。
その時、ワラワラと人がわき出し、パッパッとフラッシュがたかれた。
『あ~、また、ややこしい事になりそうだ』と思った。