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3るの怪  作者: 森三治郎
8/21

特異の日(1)


 運、不運は、時として奇妙な(かたよ)りをみせる。麻雀(まーじゃん)でいつもカモになっていた奴が、突然ツキだして満貫(まんがん)、ハネ満、ただの平和(ぴんふ)が裏ドラが乗って満貫とか、馬鹿ツキの時がある。

例えば、競輪で大当たりとか競馬で万馬券とか。例えば、同時に二件の見合いが舞い込むとか、あたふたしてるうち両方ダメになるとか。又は、続けざまに不幸が舞い込むとか。

人は、モテ期到来とか、まぐれ当たりとか、僥倖(ぎょうこう)とか、ドツボに(はま)るとかいう。運、不運は均等に散らばっているのではないらしい。


 僕、江戸川昴(すばる)高校2年、水橋(みずはし) (かおる)は、多少のブレはあるが淡々と高校生活を送っていた。

だが、今日1時限後の休み時間に「ここ、いい」と岩淵(いわぶち) 清美(きよみ)が現れた。

僕の前の席の山本は、清美の迫力に気押されるように席を立ちどこかへ行ってしまった。

清美は、僕が部長をしている『文学部』の部員だ。

改めて正面から見る髪をお団子にした清美は、ギョロリとした目、エラの張った色黒の四角い顔、丸い大振りな鼻、分厚い唇、そして堅肥りの体躯。迫力がある。あり過ぎる。「東大寺南大門の金剛力士像だ」という者もいる。僕は、瓦屋根の鬼瓦を思った。山本が気押しされるのも納得だ。

僕も一瞬、たじろいでしまっだ。

「何だい」

「3組の久野(くの) 竜一(りゅういち)って知ってる」

「いや、知らない」

「その久野って人が、どうかしたの」

「お茶に誘われたの」

「うわっ!」

「ええー!」

驚いた。いつの間に、沼田(ぬまた) 恵美(めぐみ)が僕の後ろにいた。只ならぬ気配に、クラス中の視線が集中するのを感じる。

沼田 恵美は同じ『文学部』の部員だ。

「うっそー」

「本当に!」

「何よ、ウソ言ってもしょうがないでしょ」

「あ~」

「危ない。大丈夫ですか」

恵美がふらついたらしい。いつの間にか後ろにいた山本が、恵美を支えていた。鬼瓦の清美に先を越されたのが、よほどショックだったらしい。

「それで・・・・久野って何者・・・・」

「竜ちゃんは、幼馴染(おさななじみ)。幼稚園、小学校の頃は良く遊んでた。中学、高校では疎遠になってた」

清美の顔がやや上気し、ほんのりと赤らんでいる。はにかんでいるらしいのが不気味だ。

「それで相談なんだけど、竜ちゃんの最近の状況を知りたいの。友達に聞いて貰えないかなあ~」

「いいよ」

「そ~ありがと~」

「それじゃお昼に部室でね」


 2時限目の休み時間に、山本が「これを見ろ」とスマホを取り出した。見るとツイッターの画面に『南大門に春』との題名が目に飛び込んで来た。誰がいつの間に撮ったのか、僕と恵美と後ろ姿の清美が写っている。

「何だこれは!」

「スバル新聞だよ。ツイッターにシンジ・タニヤマが載せているサイトだよ」

「う~ん、それよりスマホいじくって、良いんかよ」

「見つかんなきゃいいんだよ。授業中は切ってるし」

「う~ん」

「それより、見なよ」

スマホ写真の下には『岩淵清美女史に彼氏が出来たらしい。沼田恵美女史、ショック』との短い文言があり、リツイートがたくさんあった。

A男『ホント~、信じられない~』

B女『ショックだわ~、ウマズラハギの気持ち、良く分かる』

C男『(たで)食う虫も好き好きだね、すごい』

D女『止めてよ~、受験に集中出来ないじゃない。今が一番大事な時なのに~』


 「岩淵さんを怒らせると、怖いよう~」

山本は、ブルっと震えた。

「俺じゃないもん。書いたのはシンジで、俺は知らないもん」

「う~ん」


 3時限目の休み時間に、僕は山本から聞いた新聞部の崎山(さきやま)を訪ね、廊下に呼び出した。

「よう、ちょっといいかな」

崎山は僕を見ると、ドキっとしたようだ。なんか(やま)しい思いがあるらしい。

「何かな・・・・」

「2組の水橋だけど・・・・」

「うん、知ってる」

「えっ・・・・」

知ってるって、油断がならない奴だ。だが、いかにも新聞部らしい情報通なのかな。

「久野 竜一って、どんな奴かな」

「あの男だ」

崎山は、窓際の中程に座って本を読む男を指した。気配を察してか、久野がこっちを向き、はにかむように軽く手を上げた。僕は、思わず身を隠してしまった。相手は僕を知ってるらしい。僕は、3組の連中全然知らないのにだ。

「どんな男だ。成績とか交友関係とか、趣味嗜好とか、クラブ活動とか」

「成績は中の上、あまり話しはしない。友達はいない感じで良く分からない。おとなしい感じがする。クラブ活動はしてないらしい。見ての通り、イケメンでもないがブ男でもない。少しなよなよしてるが、至って普通の目立たない男だよ。おとなしいし。それが、あの暴挙、いや快挙かな。みんな驚いている。あの人がね~、あんな思い切った事するとは、まったく信じられないよ。うん」

どこかで、聞いたようなセリフだ。要は、良く分からないという事だ。



 私のモテ期は、幼稚園から小学校低学年頃だったようだ。その頃は、竜一ちゃんや豊を引き連れて良く外で遊んでた。無邪気に何も考えなかった。チヤホヤされみんなに可愛がられていて、活発な子だった。それがいつだったか、クラスの子と一緒に撮った写真を見て衝撃を受けた。『私の顔って、こんなに大きかったの』と思った。青天(せいてん)霹靂(へきれき)だ。いつの間にか、よりによってお父さんに似て来たようだ。弟の豊は、お母さん似なのに、世の中間違っている。それからは、隠に籠るようになった。ストレス解消にソフトボール部に入ったら、日焼けして、筋肉が付いて、よりゴツゴツした感じになってしまった。乙女心は、傷ついていた。


 竜ちゃんとは、時々廊下で会う。誰かと一緒の時は、シカトしてる。一人の時は、手を上げ小さく挨拶を交わす。それが、何の用だろう。交際を申し込むつもりか。いやいや、それは希望的観測だ。私は、誰と誰がくっついて、誰と誰が別れて、引っ付いたり、剥がれたり、親しみあったり、憎みあったりを冷静に傍目で見ていた。だが私自身の事となると、ドキドキするのは何故なのだろう。ここは、平常心で行かないと。


 (すばる)高には、ちょっとした森があり、その手前にちょっとした池がある。森の中には(すばる)神社があり、手前の池には飛び石が点々と連なっていた。私は心を落ち着かせるため、神社にお参りするのだ。渡りの途中、飛び石がグラリと揺れた。

「あぁ~れぇ~」

ガツンと、後頭部に衝撃があった。


 「・・・・大丈夫か」

心配そうにのぞく、愛おしい顔があった。

「・・・・お寝んねにはまだ早いぜ」

「あっ、ウマズラハギ」

「誰が、ウマズラハギじゃ。吽形(うんぎょう)だ吽形。頭の打ち所が悪かったのか」

「大丈夫かい、阿形(あぎょう)

「アギョ?」

「おいおい、大丈夫か、自分が誰だか分からんのか。お前は阿形、俺は吽形、シッタールタ王子の護衛だ。呑気に寝てる場合じゃないぞ。今は魔物(マーラ)との戦闘中なんだぞ」

「シッタールタ王子?マーラ?」

「もう王子じゃないよ。今は、ただの沙門(しゃもん)だ」

「シャモン?」

見ると、ウマズラハギ吽形は上半身裸だ。相撲取りの様な、形の悪い乳房を丸出しだ。羞恥心てものがないのか。

「やや、あ~れぇ~」

私も上半身裸だっだ。筋骨隆々の身体に、ピンクの大きめの乳首が付いている。恥ずかしさの余り、顔がカッと火照(ほて)った。

「おお、憤怒の阿形、復活」

「頑張ってな、阿形」

『違う』と思いながらも、私は勢いよく起き上がり走り出した。味方を押し退け「わおー!」とマーラの群れに突っ込んで行った。恥ずかしさの余り、自分の衝動が止まらない。成り行きでそうなってしまった。行掛り上何が起こったか知らないが、どこかが間違っていると思った。だが私の身体は憤懣のパンチでマーラをなぎ倒し、キックでマーラを蹴倒した。

「おい、武器を忘れてるぞ」

呆れたことに、剣を手にしたマーラに素手で立ち向かっていた。吽形から渡されたのは、江戸時代の火消しが使っていた(まとい)の様な物だった。(かしら)に阿の文字があり、その下に皮の(ふさ)(かざ)りの馬簾(ばれん)がヒラヒラしている。『これ違うんじゃないの』と思うが、こうなりゃヤケクソだ。「わおぉー!」と私は纏をクルクル回し、薙ぎ払い、突き倒してマーラの群れを薙ぎ倒した。

「阿形は楽しそうだな」

王子様は気楽な事を言っている。良く見ると、マーラはトカゲの様な顔をしていた。

「こいつら、トカゲの顔をしてるぞ」

「マーラだからな」

吽形は、当たり前だという顔をしている。異常だ。異常に気付かないのが異常だ。纏をマーラの頭にくらわすと「ギヤッ!」と人とは思えない悲鳴をあげる。それを踏み潰すと「グエッ!」と叫んで、臭いのキツイ緑色の体液を飛び散らかす。マーラは、次々と湧き出すように増殖している。修羅場(しゅらば)だ。異様な修羅場だ。

「見ろ、あれがマーラの元凶、悪霊の親玉だ」

見ると、異様な瘴気(しょうき)をまとった、負のオーラを放つ大きな物が(うずくま)っていた。その物を恐れてか、遠慮してかマーラも遠巻きにしている。その物が、やにわに立ち上がった。大きい。

巨人だ。醜い。イボイノシシのように醜く、醜怪だ。

「ゴオオォー!」

悪霊が吠えた。衝撃的な威嚇波だ。味方の半数が腰砕けになってしまった。私も胴震いが止まらない。見ると、王子は腰を抜かし怯え震えている。すると、同じく王子を気遣う吽形と目が合った。不思議と恐怖心が消えた。

「あの悪霊を、やっつけよう」

「良し」

私はマーラを薙ぎ払い、悪霊に迫った。すると、サア~と潮が引くように道が開けた。

「ん・・・・」

悪霊への一本道だ。

「怪しい、これは罠だ」

「構わん、行くぞ、悪霊退さあぁーん」

『ズボッ』と地面が抜けた。黒っぽい土がブヨブヨと波打っている。下は茶褐色の液体だ。

(こえ)()めに落っこちてしまった。

マーラから「ドッ!」歓声が沸き上がった。


シッタールタ王子とは、釈迦国の王子、釈尊のちの仏陀のことです。

沙門とは、出家した修行僧のことです。

吽形、阿形とは、仏教の守護神です。

マーラとは、魔物のことです。

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