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3るの怪  作者: 森三治郎
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廃校愛宕山中学校の怪(3)

 守は闇の中に、微細な匂いを感じ取った。ほんのわずかだが、良い香りがする。間違いない、女の匂いだ。風向きを確かめていたら、薫と亨は先に行ってしまった。風はⅬ字型の建物の突端あたりから吹いて来るらしい。風に乗って微かにシ、シ、シともサ、サ、サともつかぬ擦過音らしきものが聞こえてくる。

「なんだろう」

守は、建物の突端に取りついた。建物の裏の影の方が、ほんのりと微かに明るい。怪しい音も、途切れ途切れにク、ク、クと微かに聞こえてる。慎重にまわり込むと、松やつつじ、サルスベリなどの植栽の先に庇の付いたたたきがあり、奥に高級そうなガラスの引き戸があった。ここが正面玄関らしい。なお、慎重にまわり込むと、少し先に洗面台のようなものがあり、その続きに足洗い場のようなものがある。

そこに、時代劇に出てくるような風よけの付いた手燭(てしょく)が置いてあり、ほんのりと周りを浮かび上がらせていた。ゆらゆらと揺れるロウソクの淡い灯影に、白い着物を着た女がしゃがんでいた。黒髪が微かに揺れている。途切れ途切れに、微かにシク、シクいっている。泣いているようだ。

「もし・・・・どうかしましたか」

女は、驚いたように動きを止めた。

「あっ、驚かせてごめんなさい。決して、怪しい者じゃありません」

女の手元を見ると、長方形の台のような物があり、その上に出刃包丁があった。『バクン』と心臓が高鳴った。出刃包丁を研いでいる。僕は、見てはならないものを見てしまったのか。女が小さくうなずくと、振り向いた。振り向いたその顔は、目も鼻も無く、真っ赤な口だけが大きく開いていた。

「うわー!」

逃げようとしたら、反対側から白いものがユラユラと迫ってきた。

「わあぁー」

何が何だか分からない。とにかく逃げなきゃと思い、開いていた戸から校舎に入ったのだ。

そして今、暗く長い廊下を全力で走っている。


  


 見ると守らしい。守が廊下を走って来る。

「廊下を走ってはイケナイんだな」

守は二人の前を走り抜けようとした。

「タックル!」

「わあー!」

亨のタックルで、守は前のめりに倒れた。

「ひえぇ~」

「守、落ち着け。捕まえているのは、亨だ」

「ん・・・・ひえぇ~」

「亨、離れろ。お前の顔は、見慣れた者でもコワいらしい」

「ったく、なんだよ~」

「で、出た~」

二人は、顔を見合わせた。

「女ギツネにでも、たぶらかされたか」

「のっぺらぼうだよう。大きな赤い口をしていた。喰われるかと思った」

「ったく、女に見境がないからだ」

「さすがのまもちゃんも、お化けの女はダメか」

「何をいう・・・・」

「まてっ、しっ、静かに。今、何かが動いた」


 薫が、廊下の先の角を指した。

「何だよう~。今度は何だよう~」

「いいか、フォーメーション3だ。電気を消して行け」

「何で俺が・・・・」

「亨なら、お化けのほうが怖がるからだよ」

三人は、壁伝いに慎重に歩を進んだ。角の先が、下駄箱のある広間だ。亨がひょいと顔を出すと、そこに闇に溶けこむように、真っ黒な人らしきものがいた。薄闇の中で、見開いた目だけがかろうじて判別できた。

「うぎゃー!」

「わあー!」

同時に悲鳴があがり、薫と守が「どうした」と出ると、そこには誰もいない。

「何だ、何があったんだ」

「幽霊だ。真っ黒な幽霊がいた」

「何をバカな、誰もいないじゃないか」

「いたんだよ~」

ああでもない、こうでもないと言い争っていると、突然、ガラガラと引き戸が開けられ『カッ!』とまばゆく光が差し込んだ。


 「何やってるのですか、あなたたち。出て来なさい」

「あっ、姫川さん。なぜ、ここに?」

「何言ってるの。『ドタン、バタン』音を立てて、『ギャー、ピー、ギャー、ピー』大騒ぎして、気付かれないとでも、思っていたの」

三人は、言葉もなく下を向いた。

「出てらっしやい、そこのオジさん」

由香の言葉に、全身黒ずくめの人が、おずおずと下駄箱の隙間から出てきた。

「ああっ、怪しい」

「何という、怪しい人だ」

異様な怪人は、上下の黒いジャージ、黒い手足、黒覆面をしていて、顔まで黒く塗っている。

覆面を取ると、白っぽい蓬髪、白っぽい無精ヒゲの目の周りだけ黒く塗った、タヌキ模様の高齢者だった。由香の前に出ると、ペタンと座り土下座した。

そして「申し訳ありません」と謝った。三人も、思わずつられて土下座し「申し訳ありませんでした」と声をそろえた。

「まったく、呆れた人たちね」

「本当に、申し訳ない。明日までには出て行きます」

「待ちなさい。その前に、名前を言いなさい」

「失礼しました。吉岡 春夫といいます」

「吉岡さん、どこかあてはあるの」

吉岡の表情は窺えない。ただ、うつむき加減の顔が、さらにうつむいた。

「ごめんなさい。余計なことを聞いてしまったわ。もし、吉岡さんさえ良かったら、今の所に居てもいいんですよ。あそこは、私の父の土地ですから」

「本当ですか」

「ただ、あなたには、働いて貰いたい。心あたりがあるので、聞いてみます。そして、時々はここを手伝って貰えると有難いのですが。どうでしょう」

「ああ・・・・」

吉岡は、突っ伏したまま声も出なかった。肩が震えている。思えば、出向、リストラ、離婚、職探し、日雇い、ホームレス、あっという間の坂道を転がるような転落。あとは、もう『野垂れ死にかな』と思っていた。死への誘惑、恐れ、生の未練、ためらい、さまよい。自然と新緑に誘われるように流れ着いたここで、つつましく、たくましく生きる親子を見た。

もはや、無縁となってしまった妻や子も、元気で暮らしているだろうか。ここの親子は、何かを始めるらしい。じつに、愛らしい。ほんのりと、あたたかい気持ちで見ていた。こんな心持は久しぶりだ。

そこに、闖入者が現れたのだ。じつに、怪しげな連中だ。これは、何事かあったなら、身を挺してでも親子を守るべきと思ったのだ。闇に紛れて見張っていたら、奴らの一人と鉢合わせしてしまった。じつに、恐ろしい、鬼のような男で『うおー!』と吠えられた時は、魂まですくみ上った。心臓が止まるかと思った。その怪しい連中が私のことを『じつに、怪しい奴』と言っている。

確かにどこの馬の骨ともわからぬ男、正体不明の男が突然出てきたら怪しむのは当然だ。

しかし、姫川さんといったお母さんには、バレていたらしい。その上での嬉しい提案だ。

こんな、身の震えるような感動は久しぶりだ。

「今夜は、もう遅いから帰りなさい。解散」

「はい、帰ります。お休みなさい」

「姫川さん、ありがとうございます。お休みなさい」


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