江戸川暁総合病院の怪(4)
浅間 亨
悲惨な状況は相変わらずだ。しかし、始まりがあれば終わりがある。この混乱も、いずれは収束するだろう。だけど・・・・俺たちは、どうなるのだ。そもそも、ここで生活できるのか。親の扶養で高校生やってるが、それが無くなれば働くのか。だけど、どうなのだ。住所不定、身寄りなし、自称高校生・・・・ダメだ。自分でも分からないのに、他人に俺たちの状況を説明出来ない。う~む。そんなことを考えながら、二人がかりで負傷者の手当をしていた。
そんな時、少し離れた院長の所へ警官とボロボロになったおじさんが訪ねて来た。何やら、板塀がどうのこうのと言っている。
「コワい顔の男が何度も家に来て、わしとこの板塀をメリメリ引っ剥がして持ってっちゃった。わしは家の下敷きになって身動き出来んかったんじゃが、それより、なにより怖くて怖くて声を出せんかったんじゃ」
「ああ、コワい顔の学生さんですね。それは、申し訳ないことをしました。なにしろ、こんな状況でして、骨折者も多くて私が板を探してきてくれと頼んだのです。本当に申し訳ない。謝ります」
「いや、そんな・・・・」
「ところで、その学生に話を聞きたいんだが」
「はい。ああ、君。コワい顔の学生さんを見なかったかね」
「それでしたら、さっき向こうで患者さんに包帯を巻いていましたよ」
・・・・ったく。コワい顔で通用するのかよ。俺は、目の前の男をねめあげた。黙っていろと、人差し指を唇にあてると、男は呆れる程に怯えている。手振りで向こうに運ぶぞと指示したら、コクンコクンと頷いた。
「そ~と、ゆっくりとだ」
待合室を出ようとしたら、薫がいた。
「おい、薫。まずい事になった。逃げるぞ」
「どうした」
「官憲に目を付けられた。見つかれば『蟹工船』の小林 多喜二になっちゃうぞ」
「亨、文学部に入らないか」
「何を言い出すのか、バカが」
「いまどき『蟹工船』の小林 多喜二を知ってるなんて、そうそう居ない。文学部に入れ」
「断る」
「何で~」
「文学部に清美とか恵美とか居るけど、清らかでもないし、美に恵まれてもいない。文学部が何といわれているか、分かっているのか、ブスの巣窟と言われているんだぞ。そんな所へ俺が入ったらどうなる、化け物クラブになっちゃうぞ」
「うん、そうだな~」
「そうだな~じゃねえだろ~。否定しろよ!」
・・・・ったく、デリカシーの無い奴だ。部長のくせに。俺はふやけた薫の面の皮を、「この~」と両手で引っ張った。
「はひゆう~はひひゅ~、ええい、面倒くさい奴だ」
そこに「ヘンタイー」と叫ぶ声が聞こえた。見ると、白衣をひらひらなびかせ、怪鳥のようにピョンピョンと飛び跳ねながら来る奴がいる。守だった。
「どうした、、守」
「逃げよう」
「待てー!ヘンタイー、ニセ医者―!」の叫びに追い立てられるように、三人は待合室を出て暗い廊下を走った。
「何だ、どうしたんだ」
「ヘンタイ、ニセ医者の疑いをかけられているんだ」
「正体がバレたのか」
後ろからは、警官やら凶暴な女やら遠山さんやらが、集団で「待てー」と追いかけて来た。
「正体がバレたわけじゃない。・・・・ったく、そもそもあいつらに、俺たちの正体が分かるわけがない」
三人は、ぺたぺた、ぺったんぺったん、しゃかしゃかと必死に廊下を走った。暗い廊下を、右に左に右にやみくもに走っていたら、非常口の表示があった。
「あった、非常口だ」
非常口の扉を開けると、『カッ!』とまばゆいばかりの昼光があった。
「こちら、病院前交番の佐藤。江戸川暁病院、西棟裏の非常口で異様な風体の挙動不審者三名を確保、応援願います。どうぞ。あ~、こらー、待てー」