ある老猫の死
大型連休も終わった5月11日、上野発、東北本線黒磯駅に着く。それからUバス(路線大型バスではなく路線マイクロバス)で沼野井を目指した。母、裕子の使いで栃木県那須町の僻地に住む伯母、柏木善子を訪問するのだ
着いてみると別荘地が散在し農家が散在し、それ程僻地でもない。
「こんにちは~、おばさんしばらくです」
「ま~薫。しばらくね~。大きくなってえ、良く来たね~。お昼ご飯は食べたの」
「食いました」
「そ~、お茶飲む」
「はい、頂きます」
「しばらくね~、裕子は元気、朋実は、稔夫さんも元気にしてる」
「はい、皆元気です」
「そ~・・・・」
おばさんは心なしか、沈んでいるように見えた。
「おばさんは、どうなのですか。何かしずんでいるように見えるよ」
「うん、じつはネコが死んでしまってね・・・・」
おばさんは、その経過を話した
私は6匹のネコを飼っている。オス1匹メス4匹、オス外ネコ1匹。
オス外ネコ、シロはいつの間にか居着いてしまっていた。始めは追い払っていたが、何度でも侵入。家は居間と続きの物置との戸にネコドア、物置に外に通じるネコドアがあって、自由に出入りが出来る。シロは家ネコたちの食べ残しを、ボリボリ食べていた。
まあ、エサぐらいいいかと思った。だけど、外に出る時マーキングをして行く。いくらしかっても止めない。その度に消臭スプレーをかけて拭くが、困った習性だ。それに、内ネコのイチ(オス)との仲が悪い。出遭うとすぐケンカごしになり、たいがいイチがスミに追いやられている。夜中が多い。その度に私は箒を持ってイチに加勢し、シロをしかり付け追い出す。
前にイチが私の膝の上でまどろんでいた時シロが侵入、2匹は「フゥー」と威嚇し合い険悪な雰囲気に。これは、イチに加勢しなければと思ったら、突然イチはネコドアに突進、逃げてしまった。何という呆れたヘタレだ。奴には恥とか外聞とか無いのか。
去年の秋ごろ、ふらりとやせ細ったネコが家に入って来た。白地に灰色っぽい毛色の、この辺には見かけないネコだ。例によって追い払うが、しつこく入って来る。性格は穏やかだが、押しが強いというか粘り強いというか何度でも入って来る。根負けして諦めた。
動きが緩慢で、老猫らしい。口先が化膿してるみたいで、鼻水も垂らしている。足先のの毛が茶色に汚れた感じになっていて、後ろ左足が乱杭いになっていた。事故か人間の加害か分からない。
不思議なことに、そのネコが来てからシロが来なくなってしまった。理由は分からない。
で、そのネコをシロと呼ぶことにした。2代目シロだ。
始めは、ドライキャットフードを食べていた。その内ドライキャットフードに飽きたのか、食べない。どんな状況でも、ネコはわがままだ。当たり前のように、別のエサを要求する。仕方ないので、目先を変えて焼いた魚、肉、牛乳など与えた。それはいいのだが、口先が化膿しているせいか食い物を周りに散らかす。牛乳も辺りに、飛び散らす。それも困った性癖だが、もっと困ったのは大小の排泄を部屋の隅の方でやる事だ。そこで、トイレ砂とペットシーツを用意し誘導する。最終的にはトイレ砂はロストに、ペットシーツは玄関口に置くことになった。
シロはかなりの甘ったれだ。私が部屋にいる時は、たいがい膝の上に乗っている。それは良いのだが、シロの化膿した鼻先から鼻水が垂れる。ひざ掛けには、点々とシミが付いていた。
夜は私の布団の上で寝る。シロの寝た後は、点々とシミが付いていた。
寒さが厳しくなると、ネコたちは寝床に入り込んで来た。かち合うと諍いを起こす。だが不思議と、シロのところへは他のネコたちは寄り付かない。遠慮してるのかどうか、分からない。
春先になると、少しずつ外へ出るようになった。私が帰ると、車を見るのか、音を聞きつけるのかイソイソと戻ってくる。
そんな何でもないような日常に異変が起こった。
連休も終わった5月11日。
思えば、最近シロは食事をしてなかった。いつもの気まぐれと、気にもしなかった。
5時ごろ起床すると、玄関口のトイレシートの脇に水たまりがあった。おかしいなと思いながらも、拭き掃除をし布団を上げシロを移動しようと持ち上げると。シロはちょろちょろと失禁した。
愕然とした。ただ事ではない。取り敢えずシロをシートに移動させ、毛布を拭き、布団を畳んだ。そうこうしているうち、シロはよろよろとテーブルの下の足置き台まで移動。前足を掛けた状態で、動けないでいる。上がれるだけの体力も無いようだ。足置き台には座布団が敷いてある。私はそう~とシロを持ち上げ、座布団の上においた。それでも衝撃があったのかもしれない。シロは「ニャ~」と鳴いた。
そのままの状態で、しばらくしてシロは眠るように亡くなった。
「哀れでね~。もともと骨っぽかったんだけど、死ぬ前あたりはやけにゴツゴツした感じで皮の下が直接骨のようだった。他のネコたちと触った感じが全然違うんだ。動作も鈍いし、年寄りっぽかったんだけどね」
「寿命だったのではないですか」
「そ~だったのかも知れない。病弱だったし何れはと思っていたけど、突然だったから・・・・。
ネコの死は堪えるねえ。一番身近なペットというか家族が、突然死ぬのは堪える。朝起きてから、べったり。仕事から帰ると、べったり。休みの日は、終日べったり。最近は、外へ出てることも度々あった。私の車を見つけると、いそいそと家に戻って来たわ。私のところに来る前は、何処でどうして居たんだか。安住の地を見つけたと思ったら、1年もしないうちに死んでしまうなんてね。かわいそうでね」
「・・・・」
「旦那が死んだよりも堪える。葬式なんて訳の分からない、胡散くさい儀式に振り回されて悲しみにくれるヒマが無かったせいかも知れない。だとすると、あの胡散くさい儀式も何かしらの意味があるんだね」
「そうですね。葬式は死んだ人のためというより、遺族を納得させるための儀式ですからね」
「だけど私のところへ来る前は、どこで何をしていたのか」
「たぶん、飼い猫だったんじゃないかな。聞けば甘ったれだし、面倒くさいネコみたいだし。家族が複数だと、嫌がる人の意見も無視出来ないし、たぶん捨てられたんだとおもいますよ」
「うん、そうかな~」
「でも最期に優しい飼い主に巡り合えて、シロは幸せだったんじゃないかな」
「うん、ありがとう。そう言ってもらえると、気持ちが和らぐわ」
「おばさんは優しいんですよ。普通、汚い迷いネコを飼おうと思わないですよ。少し神経質な人なら、追っ払うか何処かに捨てるかしますもん」
「だけどね面倒くさい、手間がかかる子ほど情が移るみたいだね。手のかからない子より、手のかかる子の方が思い入れが強くなるようで・・・・。いつも一緒で、べったりで、それが居なくなると、余計辛い」
おばさんは悲しみが込み上げたのか、涙声になっていた。
「おばさん、好きなだけ泣いたらいい。それがシロの供養になりますよ」
おばさんは僕の胸で、声を上げて泣き出した。
帰りは、黒磯駅まで車で送ってもらった。
「おばさん、元気でね。他のネコたちのためにも、元気で健康でなくちゃ」
「うん、ありがとう。皆によろしくね」
おばさんの笑顔は、何か吹っ切れたような笑顔だった。母がなぜ書類を直接届けさせたかの意味が、分かった気がした。




