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3るの怪  作者: 森三治郎
12/21

山本和也は(1)


 土曜の午後、何気に(すばる)神社の手前の池の(ほとり)を歩いていたら、クラスの九条 (れい)が地面に()(つくば)っていた。

「何してるの」

突然、声を掛けられ驚いたようだ。

「何だ、山本くん。驚かせないでよ」

「ごめん、でも何してるの」

「カタクリの花を撮っていたの。これよ」

麗さんは、カメラと可憐な薄なむらさきの美しい花を付けた草を指した。

「これは、カタクリといって、早春の有名な花。きれいでしょう。カタクリはね、食えるの。料理で使う片栗粉は、本来はカタクリの根から取った物なのよ。知ってた。でも、カタクリは繁殖力が弱い。花が咲いて実を付け、種がこぼれて芽が出る。こんな、片葉のね。春先に芽生えて、夏までには枯れる。それを繰り返して、5年か8年後ぐらいに花が咲く。片栗粉にカタクリを使ってたら、たちまち絶滅してしまうから、今はジャガイモのでんぷんから片栗粉を作っているのよ」

「ははぁ~」

かなりマニアックな女だ。普通、桜とか注目しないか。地べたの小さい草に注目するとは、かなりの変人なのではないか。普通の女子は、ライン、ツイッター、フェイスブックとか、彼氏とか、芸能界とか、カラオケとか、タレントとか映画とか、スイーツとかじゃなかろうか。何気に聞く女子の話はそのような感じだ。だが、九条 麗の趣味というか嗜好はそんなものではない。ある意味、隠微(いんび)な臭いのするものだ。


 それからは、時々土曜の午後、池の畔に行くようになった。麗さんは行く度に、季節の草花の解説をした。僕は解説はともかく、麗さんの話を聞くのが好きだった。

イチリンソウ→可憐な白い小さな花

ショウジョウバカマ→日陰の花、カタクリと同時期に花が咲く

オオイヌノフグリ→乙女の口からは説明出来ない

トリカブト→けっこう有名な毒草、青く美しい独特な形の花が咲く

ヘクソカズラ→酷い名前

ヤブレ傘→ユニークな名前、草姿も独特


 5月初旬、麗さんは畔に備えてあるベンチで昼食をとっていた。

「食う」

「うん、ありがとう」

麗さんはオニギリを半分に割って、僕にくれた。ジュースも進めてくれた。

「まだ有るし、遠慮なく食べて」

「うん」

ピクニックのようだ。デート気分だ。麗さんの何気ない振る舞いが、好意的で嬉しかった。

「私は、春先から今頃の季節が一番好き。木々が芽生え、葉を茂らせ、草々が萌え、生命を謳歌しようとする息吹を感じるわ」

麗さんは、やけに文学的な表現だ。麗さんと僕とは、劇中の人物のような気がした。

「僕は麗さんの紹介する草花より、麗さん自身の方がよっぽど美しく思うよ」

「ヤダ~、何いってんのよ。下手なドラマのセリフじゃあるまいし、気色悪いから止めてよね~ガハハハッ」

「そうだね、ハハハ」

デリケートな雰囲気とは程遠い気がした。僕はベンチに背もたれ、薫風の空を見た。目を瞑った。



 「眠った」

「うん、和くん、お眠むのようね」

「和くん、わたしのこと天使と言ってたわ」

「ほほう~」

「何よ、ホントよ」

「ふ~ん、ところで何してるの」

「膝枕、こうすると和くんいい夢見れそうじゃん」



 楽しいデートは続いていた。しかし、麗さんの嗜好には、戸惑いを感じる。ただの葉っぱだけのギシギシ、まずそう、苦そう、毒っぽい。どこが良いのか分からない。

「こういう草でも、ちゃんとした鉢に植え床の間に飾ればそれらしく見えるのよ。要は見方の問題。風流を解さなきゃ。観葉植物だって、葉っぱだけでしょ」

「う~む」

植物に関心が濃い分、一般女子のような興味は薄いようだ。ただ、文学部、正確には水橋 薫の話題には食いつきが良い。何故なのだろう。水橋も麗さんも世間からズレているところがあるからかな。会話が途切れると、「水橋がさ~」とか「清美さんが・・・・」とか「恵美さんがね」とか「浅間が・・・・」と切り出すと、すぐに盛り上がる。条件反射みたいになっている。

何故なんだろう。少し妬ける。

水橋と麗さん、付き合ってる風も、格別親しい風も無い。不仲でも無い。ただ二人には、底通する何かが有るような気がする。水橋は動物、特に鳥類に異常に好かれるところがある。

一度僕は水橋の肩に、スズメがとまるのを目撃した。ハトとかカラスとかが、水橋の前を歩くのを目撃した人はたくさんいる。最近はペンギンに後を付けられた。麗さんの場合は少し違って、動物が麗さんを恐れている風に見える。一度一緒に歩いていた時、シェパードの散歩とすれ違った。その時、シェパードは『ハッ!』と耳をそばだてた。麗さんに気付いたらしい。犬は、道路の端により尻尾を股に挟んでじっとしていた。飼い主に「ジョン、どうしたんだ」としかられていた。

又、いつだったか、二人で辺鄙な小さい川べりを野草を撮りながら歩いていた時、向こうの山から大きいイノシシがドドドッと突進してきた。とっさに僕は麗さんを守らなきゃと思ったが、身体が竦んで動かない。麗さんは動ぜず、10メートル位だったか、突然手のひらをイノシシに向け「せいっ!」と言った。すると、イノシシは急停止、しばらくしてクルリと回りドドドッと元の山に走り去った。あれは、何だったのだろう。

「『せい』って何なの」と聞いたら「ただの掛け声よ」とのたまったのだ。

水橋と麗さんは底通する何かがある。もし何かの切っ掛けがあれば、激しく燃え上がるような、爆発するような恋に陥るような気がする。その一方で切っ掛けがなければ、ただの元クラスメートとして、別々の人生を送ると思う。



 「何か、難しい顔してるよ。お~い」

「そりゃ~和くんだって、真剣に考えることもあるよ」

「下手な考え休むに似たり、バカ野郎~」

「そんな、耳を引っ張ったり、頬をつねったりしたら可哀想よ」



 そうだ、僕はバカだ。水橋と麗さんに底通するものがあるにせよ、切っ掛けが無ければ何も起こらない。起こるか起こらないか分からないものを心配するなんて、バカバカしい。地震と同じだ。明日かもしれないし、100年後かもしれない。備え、心の準備は必要かもしれないが、心配して過度に心を悩ますことはバカバカしい。人間特有の杞憂だ。人間は死とか、病気とか、心配しすぎるきらいがある。動物だったら、そんな心配はしていない。通常の生活では、死という概念さへ無いのではないか。

顔が引きつる。顔面神経痛かな。過度に考え過ぎかな。



 「何、取り出したの」

「食べ残しのコンニャク。それそれ」

「止めなよ、顔がべちょべちょだよ」



 僕は高校を卒業し、大学を卒業し、中堅ゼネコンに就職した。高校を卒業してからは、麗さんとは疎遠になっていた。それが戸越銀座通りを歩いていた時、バッタリと出会った。麗さんは益々美しくなり、輝きを増していた。それから、また野草巡りが始まった。

お互い、もう社会人なのだから、もう少し進展があっても良さそうだが、関係は遅々として進まない。

それが、5月の中旬だったと思う。突然、夜中に訪ねて来て、いきなり激しく抱きしめられた。何か物凄く情熱的で、鼻息が荒く、発情したみたいだ。無論、僕としては大歓迎だ。麗さんが顔中キスをしてくる。べろべろと舐めまわすように、いや、キスってこうだったかな。麗さんは変わった女だ。キスの仕方も変わっているのかな。違和感を感じる。べろべろ舐めるなんて、犬じゃないんだから。


オオイヌノフグリのふぐりとは、睾丸のことです。

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