ペンギンが(2)
再度、パーティション内での話し合いが始まった。
あんなに被害を受けたのに、ペンギンと水橋への視線は温かかった。まるでアイドルみたいに、入れ替わり立ち代わり写真を撮りに来る。そのくせ、俺たちへの非難の視線が厳しく険しいものがあった。
「分かった。説明出来る範囲で話そう」
こいつは確信犯か、と思った。ボンボンみたいな顔して、一筋縄ではいかぬ奴だ。俺は説明をした。もっとも、捜査は初動段階で、秘密らしい秘密も無い。そのまま、今ある総てを話した。
「で、最重要容疑者は離婚も考えていた夫婦仲が最悪の容疑者の妻、安西 ゆかり。それと、店主と不倫が取り沙汰されているアルバイト店員の坂口 明奈。そして、金銭トラブルがあった出入りの業者牛島 義雄の3人だ」
「そうすると争った形跡があり、現場にこのペンちゃんの足跡があったんですよね」
「そうだ」
何だろう。生々しい現場を説明したのに、それ程動揺してるふうには見えない。刑事ドラマの見過ぎか。ペンギンを膝に乗せ、缶コーヒーを飲んでいやがる。
「だったら、このペンちゃんは案外凶暴だから、飼い主が攻撃されていれば、自分も攻撃したかも知れない。関係者の足を調べ、噛みつかれた傷があれば、そしてペンちゃんの足にルミノール反応があれば、現場にいたとの証明になるのでは・・・・」
「ん・・・・そうか!、そうだな!」
重要な手掛かりだ。俺はすぐさま散らばっている捜査員たちに電話をかけ、重要容疑者ならび関係者の足に傷の有無を確認させた。そして、傷のある人物を見つけた。
「すぐ、任意で引っ張れ」
傷のあった人物は重要容疑者の3人でなく、店主の妻の父、瀬川 康夫だった。
「傷のある人物が見つかったよ。水橋くん、引き続き協力してくれないか。まず、鑑識でペンギンの嘴の型を取る。そして、足のルミノール反応だ」
「いいですよ」
「阿部さん、あとを頼む」
「はい」
もう、昼食の時間だったが飯を食っている場合じゃなかった。瀬川の到着を待ち、ただちに取り調べに掛かった。大至急と言っておいた鑑識からの報告も上がっていた。
「争った最中、ペンギンに足を噛まれたろう。その傷と、ペンギンの嘴とを照合してみるかい。ペンギンの足からルミノール反応も出ている。現場にいたペンギンだということだ。そのペンギンに噛まれた傷だな」
瀬川は、項垂れたままだった。
「お前が殺ったんだな」
「はい」
あっけなく落ちた。後はスラスラと自供した。凶器も自宅に隠したと吐いた。この種の事件としては、異例の早期解決だ。それも、自白、動機、証拠、きれいに3点セットが揃った会心の出来だ。
パトカーで送ってもらったら、家に母さんがいた。パトカーから出て来た僕を見て、とっさに息子が何か悪い事を仕出かしたらしいと思ったようだ。気が動転して、青い顔をしていた。
続いて出て来た阿部さんが説明をしようとしたが、どう説明していいか分からなかったようだ。口をパクパクしていた母さんは、僕が抱いていたペンギンが動き出したのを見て「きゃー」と可愛らしい悲鳴を上げ倒れかけた。阿部さんが、それを支えた。
「取り敢えず、家に入って良く説明してあげないと・・・・」
母さんを家に運び込み、ソファーに落ち着かせると阿部さんがお茶を淹れてくれた。お茶淹れは慣れているらしい。朝からの出来事を丁寧に話すと、顔を上気させ「あら、まあ~」と母さんはようやく納得してくれたようだ。問題はペンギンだ。
案の定、大学生の姉の朋実が帰って来て、居間のテーブルにペンギンが乗っているのを見て「何のぬいぐるみなの」と触ろうとした。と、「ガルルル~」と威嚇され「きゃー」と悲鳴をあげると、またペンギンがバタバタと騒ぎ出し、湯呑を蹴飛ばし、急須を落とし割り、調味料を散乱させ悲鳴が飛び交った。
「ペンちゃん、おいで」
僕が呼ぶと、ペンちゃんは僕の足にすり寄って来た。
「何なの、それ~」
当然、避難は僕に集中する。姉にも最初から説明するはめになった。
「ところで、悪いんだけどスーパーで生魚を買って来てくんない」
「何で私が行くのよ。自分で行けばいいじゃない」
「僕が行ってもいいけど。それじゃ、ペンギンをここに置いとくことになるよ。ペンギン抱えて買い物に行ったら、変人に思われるかも知れない。アブナイ人と警察に通報されるかも知れないよ。いいのかい」
「朋実、買って来なさい」
「分かったわよ。お金」
「領収書を貰ってきて、警察に請求してみる」
まったく、と姉はプリプリしていた。
「薫は、ブスに好かれ、オカマに好かれ、今度はペンギンか。人の道から外れてるんじゃないのか」
どこかで聞いたようなセリフだ。
署長から褒められた。管理官からも褒められた。盆と正月が、一緒に来たような気分だ。
これも、ペンギン使い水橋くんのお蔭かなと思う。ペンギンの預かり先は、阿部さんが遅くまで残業して見つけたようだ。今から、水橋くんとペンギンを拾って神奈川の水族館へ行くのだ。
「ありがとう、君のお蔭だ。事件が早期解決して、署長から褒められたよ」
「いや、僕じゃないですよ。ペンちゃんが敵を取ったんですよ」
車は湾岸道路357号線から1号線へ、ちょっとしたドライブ気分だ。
これが、ペンギンの噛み痕を知らなかったら、どうなのだろうと考えたらゾッとする。
水族館には、同じ種類ペンギンが大勢いた。アデリーペンギンというのだそうだ。混ざるとたちまち分からなくなった。それでも、水橋少年がガラス塀に手を付けるとペタペタと寄ってきた。ガラス塀越しに手を重ねると「ウルルルル~」と悲痛な叫びを上げたのだ。
帰り道、学校はどうすると聞こうと後ろを見たら、水橋少年は静かに涙を流していた。




