ペンギンが(1)
何か異様な気配がする。通行人が僕を見て、驚いたような仕草をする。後ろの方で「きゃー」とか「可愛い!」とか騒がしい感じだ。ふと、後ろを振り返った。小さなペンギンが居た。『ペンギンだ』と思った。が、そのまま歩き出した。通学中だ。ペンギンに構って遅刻したら、まずいだろう。小学生じゃないんだから。それでも、気になり立ち止まって振り返ると、ペンギンも立ち止まりこちらを見ていた。僕はペンギンを振り切るように、早足で歩いた。後ろからペタペタと足音が迫って来る。時々、ガーガーと抗議するような鳴き声もする。僕は意を決して振り向いた。
「シッ、シッ、付いて来るな。帰れ」
ペンギンは、キョトンとして僕を見るばかりだ。
とうとう、校門まで来てしまった。
「おはようございます」
「おはよう」
校門には教頭先生がいた。
「おい待て、学校にペンギンを連れてきちゃまずいだろ」
「いや、連れてきたんじゃないんです。付いて来たんです。僕の知らないペンギンです。そもそも、普通ペンギン何て飼ってる人いますか」
「う~む」
「先生、どうにかして下さい」
「どれ・・・・」
教頭が手を差し出すと、今までおとなしかったペンギンが『ガー』と威嚇し毛を逆立てて怒っている。教頭は手を引っ込めてしまった。問題だ。前例のない問題だ。教頭は困惑してしまった。
「神社前の池に放しときます。その間に、解決法を考えてもらえますか」
「うむ」
ペンギンを池に誘導した。ペンギンは池にザブンと飛び込み、バタバタとはしゃいでいる。
この間に、そう~と抜け出そうとすると、それを察したペンギンは素早く飛び出し、ブルンブルンと水けを払いペタペタと付いて来た。
とうとう、教室まで付いて来てしまった。教室は騒然となった。
「きゃあ~何それ~可愛い」
「水橋、学校にペンギンを連れて来ちゃまずいだろう」
学級委員長の今井は、教頭みたいな反応だ。女子も男子も不思議な物珍しい珍客に、大騒ぎをしている。僕は事情を説明し、とりあえず窓際の一番後ろの席に替えてもらった。
「教頭先生に頼んであるから、しばらくそう~としていてくれ。こんな成りだが、けっこう凶暴らしい。ちょっかいを出さない方がいい」
「薫は異常体質らしいな。ブスに好かれて、オカマに好かれ、今度はペンギンかよ。どっか、おかしいんじゃねえか」
1時間目は無事過ぎた。ペンギンは僕のイスの下でおとなしくしていた。休み時間、見物人を搔き分け山本が来た。開いたスマホを見せてくれた。ツイッターのスバル新聞だ。
『異常体質か水橋 薫、ブスに好かれ、オカマに好かれたと思えば、今度はペンギンにストーカーされる』との投稿と正面から薫と後ろにいるペンギンと、後ろ姿の薫と続くペンギンの写真が写っていた。例によって、リツイートがたくさんあった。
『信じられない、ペンギンだって』
『ペンギン、可愛い』
『ペンギンも信じられないが、水橋の体質の方が信じられない』
『もうよしてよ、受験勉強に集中できないわ~』
3時限目は古文だ。桜井先生の徒然草の授業は順調に進んでいた。
「人あとなきばかり悲しきはなし、ぎゃーぎゃーと・・・・ん」
それまで、おとなしくしていたペンギンが突然騒ぎ出した。腹が減っているのかもしれない。
「何です。ギャーギャーとうるさい。ぺ、ぺ、ペンギン。何なのです、これは・・・・」
教室の視線が一斉に僕に集中した。
「水橋くん、説明なさい」
その時、教室の引き戸が、そう~と開けられ教頭が顔を覗かせた。
「桜井先生、ちょっと」
桜井先生を手招きしている。僕も呼ばれた。ペンギンは、僕に付いて離れない。
江戸川川添署、捜査一課、警部、江藤 三郎、それが俺の肩書きだ。昨夜管内の『ペットショップ安西』で店主の刺殺事件が発生。その捜査を任されている。
第一発見者は隣のスナックのママ。11時半ごろ、客を送り出すと隣のドアが開いているのに気付く。注意しようと店に入ると、物が散乱している。ただ事でないと中に進むと、店主が血を流して倒れていた。それから、119番、110番に通報したと言う。
ママの話では、11時ごろ隣からワンワン、ギャーギャー騒ぐ音がしたとのこと。普段も動物が騒ぐ事があったので気にはしなかたらしい。ただ、今度の騒ぐ声は普段より大分大きかったとのことだ。署内に捜査本部が立ち、朝から捜査員が被害者の周辺の聞き込みを開始している。
10時過ぎ、生活安全課の阿部 幸巡査部長が訪ねて来た。
「これなのですが」
持っているスマートフォンを開いた。
「警部、SNSってご存知ですか」
「何だね、それは」
「ネットでの通信サービスのことです。ソーシャル・ネットワーキング・サービスの略です。ツイッター、フェイスブック、ラインなど聞いたことあるでしょう」
「うん、多少はな」
「今はネットがらみの犯罪が、増える傾向にあります。不勉強では困りますよ。いや、そうじゃなくて、これ、見て下さい」
阿部が開いた画面には、高校生らしい制服の少年とその後ろのペンギンが写っていた。
「ペットショップ事件にあった鳥らしき足跡って、このペンギンのことじゃないですか」
「うん、何か不思議な足跡だった。そうか、ペンギンの足跡なら合点がゆく」
重要な情報だった。重要な手がかりだ。俺は、興奮で身震いがした。
「き、君、阿部さん。昴高校に連絡してくれないか。それから、一緒にきてくれ。課長には俺から連絡しておくから」
「はい」
昴高校の応接室には校長と教頭、それに水橋 薫がいた。そして、ぽっちゃりと可愛い感じの水橋の膝の上に、腹ばいになって目を瞑っているペンギンがいた。始めは、ぬいぐるみかと思った。俺たちが入ると、パチリと目を開け、すぐ目を閉じた。
「わあー、可愛い。写真撮っていいですか~」
「うぉほん」
阿部 幸はいい歳して、意外とミーハーだ。
そして、ペンギンに付いて色々と調べたい事があるから、水橋くん共ども署まできてもらいたいと言い、了承を得た。
署に戻る途中、水橋はスーパーに寄ってくれと言い出した。
「ペンちゃんは、腹を空かしているらしい。生魚を買いたい」と言う。
スーパーの駐車場で水橋がペンギンのエサやりをすることとなった。物珍しさに、人が集まってきてしまった。どうも、勤務中にふさわしくない行為だ。阿部までもが、はしゃいでスマホで写真を撮っている。
ようやく署に戻り、じっくりと話を聞くことにした。取調室も何なので、雑多な課の入る1回のパーティション内で話を聞くことにした。
「で、気付いたらペンギンが付いてきていた」
「はい」
「水橋くん、『ペットショップ安西』って知っているかな」
「そういえば、そんな店があった気がします」
「あまり、良く分からないと・・・・」
「はい。その店がどうかしました。ペンギンと関係あるのですか。そもそも、ペンギンってペットショップで売っているんですか」
「うん、それは今取り調べ中だ。それより、君はバス通学だったね。金鶏堂前で降り、歩いて学校まで・・・・だね」
「そうです。それより、ペットショップで何があったか説明して下さい。聞くだけ聞いて、何の説明もしないなんて、気に入らないな。感じ悪いですよ。傲慢だ」
「別に、君を疑っている訳じゃない。関係者には全員、行動を聞くんだ。そこで展開図を作り、容疑者を絞り込んで行くわけだ。協力してもらえないか」
「何の説明もしないで、協力だけしろと・・・・。分かりました。どうぞ、勝手に調べたらいい。ペンギンは重要な証拠物件らしいから、残して行きます」
水橋は立ち上がり、スタスタと出て行ってしまった。そのまま、ガラス戸を開け署を出てしまった。ペンギンはペタペタと水橋の後を追ったが、ガラス戸にぶつかり立ち止まった。
怒らせちまった。別に容疑者扱いしたつもりはないが、気分を害したらしい。
まずい、ペンギンも怒っている。こちらを振り向いたペンギンは、「グルルル~」と毛を逆立てていた。取り敢えず、取り押さえようとした手をスルリとかわしペンギンは逃げ出した。
「わっ、何これ!」
驚く女性警官をしりめに、ペンギンは腹這いに机に上がり、立ち上がりパタパタと駆け出した。
「わっ!ぺ、ぺ、ペンギン!」
ペンギンは湯呑を蹴飛ばし、書類を散らかし、弁当箱の中身を散乱させ、パソコンのキーボードを踏みつけ、筆記具を蹴散らし机上を走った。
「止めてー」
「誰かペンギンを捕まえろー」
「わー!、私の弁当がー」
「きゃー」
「誰がペンギンなんか連れて来たんだ!」
「ここは、動物園じゃないぞー」
「網だ、網を持って来い」
「わっ、クソしやがった。どうしてくれるんじゃー」
悲鳴と怒号が飛び交い、机上の騒ぎは次々と伝搬し、収集の付かない混乱となっている。ここが地域の治安を与かる警察署とはとても思えない様相を呈していた。
「阿部!、ペンギン使いだ。ペンギン使いを呼んで来い。大至急だー」
「はい!」
阿部が慌てて警察署を出ると、水橋は呑気に販売機前で缶コーヒーを飲んでいたそうだ。
水橋が署に入ると、ペンギンはすぐに水橋に駆け寄り足にスリスリして「くうるるぅ~」と喜んでいる。
騒ぎは、奇跡のように治まった。改めて、悲惨な惨状が見て取れた。視線が痛い。非難が俺に集中してるようだ。




