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3るの怪  作者: 森三治郎
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江戸川暁総合病院の怪(1)

 都立江戸川昴(すばる)高校2年の浅間(あさま) (とおる)水橋(みずはし) (かおる)山中(やまなか) (まもる)通称3(さん)る。三人は、虫垂炎で江戸川暁総合病院に入院した同クラスの米村(よねむら) 洋之(ひろゆき)を見舞いに来ていた。一階受付で聞くと、西棟の4階3号の大部屋だと言う。三人は西棟のエレベーターを目指した。

「こりゃ、迷路のようだな」

「俺、小便したい」

「・・・・ったく、子供じゃないんだから」

「え~と、トイレ、トイレと」

「おい、勝手に行くと迷子になっちゃうぞ」

灰色のリノリュームの床はどこまでも続き、廊下を右に曲がって、左に曲がって進むと、同じようなドアが続き三人は方向感覚を失った。

「おい、シャレになんねえぞ、迷子だ」

「あっ、看護婦さんが来る。あの人に聞いてみよう。すみません、トイレはどこでしょうか」

「ああ、トイレでしたら、ここを真っ直ぐ行って突き当ったら左へ、そして2番目の廊下を右、そのまま真っ直ぐ行くと非常口、その先に裏口トイレがあります」

「ああ、ありがとうございます」

「・・・・ったく、案内板とかないのかよ」

三人はブツブツ言いながらも、言われた通り歩いた。非常口の先にトイレがあった。

「やけに、古臭いトイレだな」

「いいから、早く小便しろ」

守は小便、亨は鏡に向かい、薫はそんな二人をぼんやり見ていた。その時、ゴゴゴゴと不気味な地鳴りがして、とたんガタガタと猛烈な揺れが三人を襲った。守は衝立につかまり、必死に踏ん張る。亨は洗面台にしがみつき、薫は這いつくばっていた。ビキッと洗面台に亀裂がはしった。

「ひっ!」

しばらくして、ようやく揺れは収まった。

「地震だ。大きいぞっ」

「守、落ち着け。地震は分かった。それより、その見苦しいモノを早くしまえ。・・・・ったく」

「あっ・・・・ああ」

今度はジジジと蛍光灯が鳴り、バチッと消えた。

「ああ、電気が切れた。停電だ」

「ったく、落ち着け、守。こういう時は、慌てず、騒がず冷静に行動するんだ」

三人は便所を出、真っ暗な廊下を進んだ。遠くでウ~ウ~とサイレンが鳴り、カンカンカンと鐘の音がする。突然パタパタパタと音がして、三人が避けると同時に白い集団が駆け抜けて行った。

「今のは、何だろう」

「看護婦さんみたいだったな。付いて行ってみよう」

進むに従いサイレンの音は大きくなり、悲鳴、子供の泣き叫ぶ声、怒鳴り声などが遠く潮騒のように聞こえて来た。潮騒は、ただならぬ気配を連れて徐々に大きくなる。やがて、大きな引き戸が現れた。異様な気配、きな臭い喧噪がこの引き戸の向こうにある。

「開けるぞ」

引き戸を開けると、そこに凄惨な光景が広がっていた。


  水橋 薫


 何なのだこれは、爆弾テロでも起こったのかと思った。悲鳴、叫び声、何やら指図する怒鳴り声、火のつく赤ん坊の泣き声、うめき声、右往左往する看護婦の金切り声まるで戦場のようだ。

「そこの人、ボケっと突っ立ってないでこっちさ来て。ここ押さえて!」

ハッと気付くと、看護婦がキッと僕を睨んでいる。僕はフラフラと近寄り、まるで足が地に付いてない感じだ。見るとおじさんが足を負傷したらしく、ウ~ウ~と呻きながら歯をくいしばっている。大きな傷口から血がどくどくと溢れていた。

「うわ~」

これは、ホラー映画じゃないんだ。リアルな現実だ。

「ほら、暴れないように足をしっかり押さえて。ちょっと持ち上げて。いいわ、次はこっち・・・」

看護婦はテキパキと次々と負傷者に応急手当をしていった。大きなフロアが負傷者でいっぱいだ。多くは直に床に、待合室であったらしい、そこにあった長イスが隅に寄せられ、そこも負傷者がいっぱいだ。

「ほら、こっちを押さえで」

「ひえ~」押さえろといわれた人は、腹に棒が突き刺さっている。かなり太い。しかも貫通している。もう、虫の息だ。

「ほっとくわけにもいかね。先生の指示だ。この棒を抜いて先生の所へ」

僕は決死の覚悟で、足のほうを押さえた。看護婦が「うぬっ!」と棒を引き抜き、負傷者が「ギャー!」と絶叫した。とても現実とは思えない。ピューと血が噴き出し、顔からかぶってしまった。

「ひええ~」

何としたことだ。真っ赤だ。真っ白なアデダスのポロシャツがまだら模様だ。負傷者は絶叫後、ピクピクと痙攣している。

「ほら、傷口を押さえて」

もう、やけくそだ。噴き出す傷口を押さえると、痙攣があっという間に無くなった。看護婦は冷徹に脈を確認すると、首を横に振った。小さく合掌すると、

「行くわよ。足を持って」

死体となった負傷者をかたづけるらしい。諸行無常『(あした)に紅顔ありて、夕べに白骨となる』だったかな。人の死は、これほどあっけないものなのか。重い、死体は重い。

「看護婦さん、名前は何というのですか」

自分でも、何でこんな時に名前を聞いたのか分からない。動転していたのは確かだ。

「何を、こったら時に・・遠山だ」

「遠山田さん」

「違う、遠山だ」

「だから、遠山田さん」

「おめっ、バカにすてんのか・・・遠山 さちだ」

「ひええぇ~」

僕は、死者を取り落としてしまった。

「何すてる。すっかりすろ」

遠山田でなく遠山か、ナマってたんだ。それにしても、えらいナマリだ。どこの山奥から出て来たんだ。だけど、ナマっているけどきれいな看護婦さんだ。

運び込まれた部屋は、すでに死体でいっぱいだ。きちんと枕を並べて、枕は無かったが並んでいる。まるで、魚河岸に並ぶ魚を思わせる。

ここの部屋には、異様な静寂があった。ロビーの喧噪が戦場なら、ここは戦いを終えた者たちの安寧の場か。そこには、不気味な瘴気(しょうき)のようなものが感じられた。死者はわずかな隙間に寝かされた。遠山さんは合掌していた。僕もそれに倣い合掌した。それにしても、おびただしい数の死者だ。見ると、遠山さんは、隣の少女の裾の乱れを直している。いたいけな、こんな年端も行かない女の子が骸となって寝かされている。無念だっただろう。痛ましい思いで見ていると、遠山さんは少女の髪を整え、頬をさすって涙を流している。気のせいか、少女の苦悶の表情が和らいだように見えた。

別の部屋から、いっぱいの包帯やら薬やらを持たされた帰りがけに、遠山さんが話かけてきた。

「おめ、ケガは大丈夫なのか」

「へっ?」

「ズボンが擦り切れてる」

「ああ、これは始めからこういうものです。最新のファッションですよ。けっこう、高かったんですよ。ビンテージ物のプレミアムジーンズです。まっ、最先端のおしゃれなジーンズかな」

「何、訳の分からないこと言ってんだ。そんな擦り切れたもんがおしゃれなら、おらが村のもんはみんなしゃれもんばかりだ」

「違う。ビンテージ、プレミアム物と村の野良着は違う」

どこかズレてる女だ。山奥でどんな暮らしをしていたんだ。

「遠山さん、テレビなんか見ないの」

「テレビって何だ」

「えっ、テレビが無いの。それじゃケイタイとかスマホは」

「何だそれ」

「やだな~、ケイタイ電話のことですよ」

「うちに村には、駐在ぐらいしか電話はねっ。そもそも、電気がきてねっ」

「ひえぇ~」

想像以上の山奥なんだ。車も通えぬ秘境か。タヌキが()って、キツネが居って、イノシシが居って、クマが居って、フクロウがホ~ホ~鳴いて・・・・。あ~ジブリのファンタジーの世界だ。天然記念物だ。


 それからは、またてんてこ舞いだ。次から次と、患者が病院に入って来る。比較的軽傷の人は、応急手当をして別の場所に案内する。重傷患者は、先生の指導のもと手分けして対応に当たる。もう、包帯は無く、シーツを裂いて包帯の代わりにした。シーツを裂くのは、僕の役目だ。もう何度目だろう、シーツを取りに行くと、意外にも守がいた。白衣を着て、首から聴診器を下げている。いつの間にか、サンダル履きだ。

「守、何してる。お医者さんごっこでも始めるつもりか」

「わっ、薫か。驚かすなよ。あ~、ん~これはな、患者を安心させるためだよ。医者のかっこうをしていれば、患者は安心して身を任せるだろ。それより、どうした。薫は、何やっているのだ」

「僕は、車も通わぬ、電気も引かれていない物凄い山奥から出て来た、物凄いナマっている看護婦にこき使われている。その人、スマホもケイタイも知らないんだ。名前を聞いたら『遠山だ』と言うから『遠山田さん』と言ったら『バカにすんでねえ、遠山 さちだ』と怒られた」

「薫~、またブスに引っ掛かってるのか~」

「いや、きれいな人だよ」

「お前な~、文学部なんかに入っているから、美の基準が歪んでしまうんだぞ。ナマってる山猿女が美人であるわけないだろ」

「そうかな・・・」



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