プレゼント選び
オペラの観劇を終えた私たちは近くのレストランに行った。なんだか周りがパートナーと来ている人が多くて気まずいわ……。
「エルシー、オペラはどうだった?」
「人気の理由が分かったわ。素晴らしかった」
なんて言ったけれど、なぜかノア様の事が頭に浮かんで最後のほうはあんまり覚えていないのよね。せっかくお兄様が手に入れてくださったチケットだったから、申し訳なさ過ぎて本当のことは言えない。早くこの話題を終わらせないと……
「それはよかった。そうだ、食事のあと寄りたいところがあるんだったよね?」
早々に話題を変えられるチャンス!ナイスタイミングよお兄様!
「ええ。ノア様への贈り物を買いたいの。万年筆にする予定よ」
「……彼への、ねえ。それは初耳だな」
ノア様の名前を出すとお兄様は明らかに仏頂面になった。お兄様も昔からノア様にいい印象を持っていないのよね……。ソフィア曰く『私のとはまた違う理由よ、あれは』とのこと。なんでノア様に敵意むき出しなのか、結局教えてくれなかったけれど。
「誕生日はまだ先だったよね?どうして贈り物を?」
「ノア様が最近お忙しくて寝不足のようだから、頑張ってくださいの気持ちを込めて贈ろうかと思って」
「ふうん。……ねえエルシー、僕もごく最近まで忙しかったんだけど。なんならまた忙しくなる予定しかないんだけど。書きすぎて万年筆も古くなってきたし」
?急にどうしたのかしら。忙しいアピール?とりあえずねぎらいましょう
「課題でしょう?お疲れ様」
「ありがとう。エルシーから言ってもらえると本当にうれしい……じゃなくて。エルシーから僕への贈り物は無いのかな?」
「お兄様の?」
「なんならあいつ……じゃなかった、ノア君の分は無しにして僕の分だけ買うのはどう?」
「それはダメ」
「だめか……」
さっきからどうしちゃったのかしら、クリスお兄様。万年筆が無いなら自分で買えば良いのに。
「そんなに選ぶのが面倒なら、お兄様のも選んであげるわ」
「別に選ぶのが面倒なわけじゃないしなんなら僕こだわりがたくさんあるんだけど。しかも、お兄様の贈り物も、ねえ。……まあ、分かった」
なんかブツブツ唱えてるけど全然聞こえない。渋々といった様子だけど、とりあえず納得してくれたのは分かるわ。よし、それじゃあ2人分の万年筆を買いに行くわよ!
◇◆◇
やって来たのは王都一の品揃えを誇る文房具専門店。お気に入りのお店だからどこに何が置いてあるかも把握済みだ。
「まずはノア様へのプレゼントを選ぶわ」
「なんであいつ……じゃなくてノア君へのから選ぶんだいエルシー。せっかく僕と買い物に来ているんだからまずは僕のを選んで欲しいな」
ニコニコしているはずなのにどこかどす黒いオーラを纏うお兄様。お兄様ファンの方々が見たら泡を吹いて倒れてしまいそうだわ。
そして経験上はっきり分かる。こういう時は大人しく言うことを聞くのみ!ちなみになんで不機嫌かは全く分からない。
「分かったわ。お兄様とのお出かけだしお兄様のものから選ぶわ」
そう言うと途端にふにゃりと笑う。
「ありがとうエルシー。やっぱり1番は『お兄様』だよね」
「そうね、お兄様のものから選ぶから。今使っているのはどんな?」
「今は全て黒を基調としているよ」
「じゃあ黒は避けて……。いいのがあるかしら」
せっかく選ぶんだから喜んでもらいたい。かれこれ20分くらい悩んでいると、ふと端の方にあるペンが視界に入った。
「あ、これはどうかしら?」
私が手に取ったのはココアブラウンを基調とした万年筆。
「お兄様のサラサラの髪と同じ色よ」
ちなみに髪色は私より暗いけど、お兄様の瞳は私と同じグリーン。
「珍しい色の万年筆だね。自分では選ばない色だ」
「お兄様にぴったりだと思うわ。これで良いかしら?」
「エルシーに選んで欲しいからお任せするよ」
「じゃあこれにしましょう」
お兄様の分はこれで決定。もしかして、お兄様が万年筆を私に選んで欲しいって言ったのは自分とは違ったチョイスになるからかしら。誰かに選んでもらうのは楽しいものね
「じゃあ次はノア様のものを選ぶわ。お兄様、なにが良いと思う?」
「僕は彼のことをそこまで知らないからな……。ところで、どうしてそもそも万年筆を贈ることにしたんだい?」
「最初はハーブティーにしようと思ったの」
お兄様にオペラに誘われた日の夜、ずっと考えて1番最初に思い浮かんだのは疲労回復に効くハーブティーだった。
「でも、消えものじゃないものを贈りたくなったの。疲労回復効果は無いけど、万年筆なら使う度に私を思い出してくれるかなって思って。少しはノア様のパワーになるんじゃないかしら」
「エルシーが選んでくれるんだ、元気が出ないはずがないよ」
「そうだといいな。でね、私はあまり男の人に似合うデザインは分からないから、頼りになるお兄様に相談したいの」
そう伝えると、お兄様はフリーズしパチパチと瞬きをした。
「頼りになる……お兄様……」
「ええ。私は可愛いデザインの物しか分からないから」
お兄様は昔からファッションも文房具も、オシャレなものを見つけてくるのよね。お兄様の審美眼は確かだから。
「フフ……ハハ……フハハ……」
あら、お兄様の様子がおかしい。どうしたのかしら。
「……なんでノア君のために力を貸さないといけないんだって思っていたけど、僕は『1番頼りになる1番大好きな優秀すぎるお兄様』だからね。こうなったら本気を出そう」
『頼りになる』に色々オプションが付いている気がするけど、なんだか突っ込んじゃいけない気がするからスルーします。
「まず、いつも使えるデザインとなるとやはりベーシックなカラーを選ぶのが良い。黒、紺、グレー、深緑、ボルドーあたりか」
ノア様の艶のある黒髪を思い出す。お兄様のも髪色と同じにしたし――
「黒にするわ」
「よし。ただ黒いだけだとつまらないから、装飾が施されたものが良いな。出来ればエルシーの色の装飾」
「私の色?」
「見る度にエルシーの事を思い出しやすくなるだろう。緑だと差し色としておしゃれだし」
さすがのハイセンスね。こういう時のお兄様は本当に頼りになる。
「それなら確かあっちのほうに……」
装飾のついたペンの売り場に行くと、たくさんの種類が置いてあった。
「緑、緑……」
緑の装飾は珍しいのか、なかなか見つからない。5分くらい経った時、ふと棚の奥のほうに目をやると緑色が光ったのが見えた。
もしかして、お目当ての装飾?
急いで手に取ると、艶のある黒を基調としたペンに、エメラルドカラーのラインストーンがちりばめられていた。
「素敵……。これにするわ」
「いいね。これでミッションコンプリートだ」
こうしてお兄様のおかげで無事に贈り物を買うことができた。