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11/13

一日遅れで

 放課後、イーサンは本当に馬車で迎えに来てくれた。普段、ノア様と帰宅時間が違うから、こうやって公爵家の馬車に乗るのも久しぶりだったりする。


 そして、ハンナと一緒に乗り込むなり、私はクレームを言った。


「ちょっとイーサン!なんであんなことを言ったのよ……!」

「さて、なんのことでしょう」


 わざとらしく首を傾げる。ぐぬぬ……。


「他の方はお見舞いNGで私だけOKなんていうから、今日1日ずっと皆からの視線が痛かったんだから……」


 追求されそうになるとソフィアが飛んできてそれとなく話題を変えてくれたから助かったけど。ソフィアには本当に感謝してもしきれない。


「それは申し訳ありませんでした。ですが、これは牽制です」

「牽制……」

「はい。ノア様とエルシー様の仲の良さをアピールするのです。これからも定期的に行う予定です」


 定期的に……。確かに、また噂が流れるよりはいいだろうし、ノア様は発狂癖を直すおつもりだし……。


「うう、ガンバリマス……」

「ご協力感謝します。それと、本日もお見舞いに来ていただき、本当にありがとうございます。もし来ていただけないようなら、公爵邸は跡形もなく吹き飛んでいたかもしれません」


 頭を抱えて悶々とする様子から察するに、多分ノア様に関わる何かがあったのでしょうね。初めて学校を休んだ件かしら。


「もしかして、今朝ノア様を説得するのが大変だった?」

「はい。さすがエルシー様です。今朝には体調がだいぶ良くなっていたのですが、倒れた次の日ですので絶対に休ませようと思いまして」

「ま、まさか、本当にノア様を気絶させちゃった、とか!?その謝罪を一緒にして欲しいとか!?」


 わざとらしく驚いてみせる。私なりのちょっとした仕返しよ。


「さすがにしませんよ」


 真顔でそう返されてしまった。残念。


「分かってるわ。冗談よ。ノア様の説得に苦戦して、私の名前を出したのでしょう?」

「その通りです。説明すると長くなるので省略しますが、その結果、本日もエルシー様がいらっしゃるということになってしまいました」


 そのカットしたくだり、個人的にちょっと気になるけどそれはまた後で聞きましょう。


「元々今日も伺うつもりだったから、大丈夫よ。確かに、私が来る予定だったのに来ないとなると、ノア様が何をされるか分からないわね」

「本当にありがとうございます。まあ、まず間違いなくノア様のお部屋の窓ガラスが全て割れます」

「あら……。窓ガラスが無事で何よりだわ」


 あそこの窓ガラス、窓枠の細工がとても繊細だしガラス自体も透明度が高いものだから、絶対にものすごくお高いはず!割れないで済んで良かったわ。


 こうして窓ガラスに思いを馳せている間に、屋敷に到着した。



 お部屋に入ると、すっかり回復したノア様が迎えてくれる――――はずだったのだけど。


「やあ……エルシー……今日もエルシーに会えるなんて夢みたいだ……」


 顔色はだいぶ良くなっているけれど、とにかく元気が無い様子。今にも力尽きてしまいそうな程にフラフラしている。


「ノ、ノア様?大丈夫ですか?」

「ああ……。ペンと紙をイーサンに取られて、勉強も仕事も出来ないんだ……」

「はい?」


 え、まさか、今日はゆっくり休む日なのに何かしようとしていたってこと?


 確認するようにイーサンを見ると、首を縦に振った。


「11時まではなんとか寝たよ。ただ、その後はもうすっかり元気になったから勉強しようとしたのに、止められたんだ」

「それは当たり前な気がしますが……。どうしてそんなに元気がないんですか?」

「今まで勉強か仕事が当たり前で休みに慣れていなくて、暇な時間をどうすれば良いか分からなかったんだ…」


 ノア様、まさかのワーカホリック!


「動機はどうであれ、勉強がルーティンになりすぎていますね。私を呼んでくだされば話し相手になりましたよ」

「イーサンはエルシーを迎えに行くという世界で一番重要で尊い仕事があったんだ。お願い出来ないだろう」

「ではセバスチャンを」

「セバスチャンは腰を痛めているから呼ばなかった」

「ではジョセフを」

「もうすぐ昇格試験だから呼ばなかった」

「ではダンを」

「ダンは新作料理の試作中だったから呼ばなかった」

「……使用人は皆、ノア様の話し相手なら仕事や勉強を放り出してもやりますよ」

「そうか?」

「そうです」

「だとしても、やっている事を中断させてまでやって欲しいことでもなかったからな」


 ワーカホリックだからこそ仕事をしている人の邪魔が出来ないのね……。それで結局誰も呼ばずに暇を持て余さざるを得ず、今現在ダメージをくらっているってことかしら。


「イーサン、このままだと逆に体調が心配になるわ。私からのプレゼントをお渡ししても良い?文房具なの」

「是非ともよろしくお願いします」

「分かったわ」


 昨日持ち帰ったプレゼントを再び手に取る。1日遅れになったけど、やっと渡せるわ。


「ノア様。こちら、私からのプレゼントです。今日こそ開けてください」

 

 箱を手渡すと、赤紫の瞳が溢れんばかりに見開かれた。


「ありがとうエルシー。今、開ける」


 そう言って1度箱を置くと、すかさずイーサンがやってきて濡れたハンカチを差し出した。ノア様が濡れたハンカチで手を拭くと、次は乾いたハンカチが差し出された。また手を拭き、それが終わると最後に白い手袋が。手袋をつけるとようやく箱を手にし、リボンを解き始めた。


 まるで古代の遺品や絵画を扱うように、丁寧に丁寧に解いていく。そして、箱を開けると。


「……!」


 私の選んだ万年筆は、黒地に緑の装飾がされたもの。黒はノア様の色で、緑は私の色。意図にすぐ気がついたのか、ノア様はボロボロと泣き始めた。


「ありがどうエルジィィ。大事に、大事にするぅぅぅぅううう」

「喜んでくださって何よりです」

「嬉しいを通り越してるよぉぉおぉぉぉおお。グスングスン。ヒック」

「お仕事やお勉強、頑張ってください。ただし、睡眠はとってくださいね」


 ノア様はもう感無量過ぎて喋れなくなったのか、ひたすらに頷いていた。


 その後、ノア様が落ち着いたところで帰ることにした。いつもならもう少しお話しするのだけど今日はお見舞いだったので早めに切り上げるつもりだったの。


「エルシー。本当にありがとう」

「ぜひ、たくさん使ってください」


 こう言わないとノア様は私からのプレゼントを祭壇を作って祀ってしまうので、この台詞は忘れてはならない。


「今日から早速使う。ノア、仕事はどのくらい溜まっている?」

「先程新しい書類が届きまして、ざっと4日分です」

「今日で全て終わらせ」

「それはだめです。まだ病み上がりなんですから」

「せっかくのエルシーからのプレゼントだぞ、たくさん使いたいに決まっているじゃないか」

「睡眠をとってくださいとエルシー様がおっしゃっていたのをもう忘れたとは言わせませんよ」


 とたんにノア様の肩がピクリと揺れる。


「ノア様。ご無理はしないでください」


 念押しの為もう一度休めというと、ノア様はシュンとなりながらも頷いた。新しいおもちゃを取り上げられた子どもみたいで、か、可愛い……。


 こうして、無事に(?)プレゼントを渡すことができ、私はルンルン気分で帰宅したのだった。


 ◇◆◇


 家につくと、お兄様が私を待ち構えていた。


「やあ、お帰りエルシー」

「お兄様!今戻ったわ。どうしたの?何か私に用事?」

「ああ。世界一かっこいいお兄様が、最高の案を考えたぞ」


 最高の案。それって、もしかして……!


 私が瞳をキラキラとさせると、お兄様は大きくう頷いた。


「これできっと、ノア君は発狂癖とうまく付き合える」

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