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婚約破棄の噂

「婚約破棄も近いみたいよ」

「やっぱり!そうだと思ったわ。ノア様、いつも婚約者と目を合わせていないんだもの」

「エスコートもほとんどしていないわよね」

「学校でもまったくお話しているところを見ないし」


 王立高等学校のテラスでひとりのんびり昼食を食べていたのだけど、聞きなじみのある名前が聞こえて思わず聞き耳を立ててしまった。どうやら婚約破棄の噂が立っているみたいね。


 婚約破棄をするらしい令息の名はノア・ガイック。公爵令息の彼は闇夜のような黒髪に切れ長の目をもつ超美形。常に冷静沈着な彼は、クールな「黒の貴公子」なんて呼ばれていて。実は私、エルシー・レインの婚約者だったりする。


 そう、実は今、私は自分が婚約破棄されるという噂を聞いてしまったのだ。


「ノア様が、婚約破棄……」


 何となく呟いてみたその時、背後からいきなり声が聞こえた。


「とうとう噂になり始めたわね」

「ソフィア」


 彼女は友人のソフィア・マルカム。伯爵令嬢でありながらノア様の婚約者になった私は高位貴族の女子からあまり好かれていないようで、私に話しかけてくれるのは幼なじみのソフィアとあと1人くらい。なんとも有難い。有難いのだけど、


「全く。エスコートされないとか、目を合わせないとか、それだけで不仲だと判断するなんて浅はかよ。とはいえ、元はと言えばガイック様がちゃんと婚約者らしく振る舞わないのが原因よね」


 彼女はノア様の事を嫌っているのだ。というのも、噂の通りノア様は学校では私と目を合わさないし食事も一緒にとらないし、夜会でもエスコートは最低限しかしないから。


「前からこうなってしまう気はしていたのよ。婚約破棄の噂が出て困るのはエルシーなのに」

「心配してくれてありがとう。でも、噂は気にしていないし私は大丈夫よ」

「本当に?無理していない?」

「ええ」

「……分かったわ。エルシー、もし困ったことがあったらいつでも頼ってね」


 ソフィアは少し困ったように微笑んだ。彼女はいつも私の意思を尊重してくれる。ソフィアの優しいところが大好きよ!!!ありがとうソフィア。


 なんだか彼女に本当のこと(・・・・・)を言えないのが申し訳なくなった。


 ◇◆◇


 学校が終わると、私は伯爵家の馬車に乗り込んだ。


「お疲れ様でございました、エルシー様」

「ハンナ。ありがとう」

「本日はガイック様より公爵邸にご招待されていますのでこのまま向かいます」

「ええ、分かったわ」


 婚約破棄の噂を聞いてしまってからすぐにノア様に会うなんてバッドタイミングでしかないわね。どんな顔して会えばいいのやら…


「エルシー様、何か考え事ですか?」

「え?」

「何かあったのでしょう?お顔を見ればわかります」

「さすがハンナ」


 ハンナは小さいころから私についてくれている侍女で、彼女には隠し事ができないのよね。なんでも分かってしまうから。


 ……噂のこと、話そうかしら。貴族の多くは噂が大好物。学校内だけの噂だと放っておいて後から大ごとになっては大変。それに、この不思議な話(・・・・・)について早く誰かに話したい気もするし。


「ハンナ、実はね。今日、学校でノア様がもうすぐ婚約破棄をなさるって噂を聞いたの」

「こ、婚約破棄……!」


 ハンナは驚いて目を見開いた後……スンと真顔になった。


「無いですね。100パーセント、それはあり得ません」

「そうよね。だから私もびっくりしちゃったの」


 そう。皆様お気づきかもしれませんが。不名誉な婚約破棄の噂が流れていても、私は全く動じない。なぜなら婚約破棄の可能性は全くないと言い切れるから。むしろ好きなだけ噂しててくださーいとすら思っているの。ダメだけれども。


「こんなにも婚約破棄の可能性を否定できるのもなんだか珍しいですよね。あの方(・・・)に限ってそれは絶対にありませんから」


 ハンナが遠くを見つめている。これは完全に悟りを開いている顔だわ。


「そうなのよ。心配は全くしていないわ。……ただ」

「ただ?」

「噂を聞いたソフィアがとても心配してくれて」

「ソフィア様には本当のことはお話しできませんものね」

「ええ。それが申し訳なくて。それに、変な噂が流れているのは事実だわ」

「それもそうですね…。では、今からガイック様にお会いするわけですし対策を話し合いましょうか」

「それがいいわよね」


 色々とハンナと話しているうちに公爵邸に到着してしまった。赤レンガで出来た外壁は美しく、広大な庭にはタイルが敷き詰められ、色とりどりの花が屋敷を彩っている。素敵すぎて毎回来る度に息を呑んでしまうわ。


 お花を眺めつつ馬車を降り中に入ると、ノア様の側近のイーサンが私たちを迎えてくれた。


「お待ちしておりましたエルシー様」

「イーサン、お出迎えありがとう」

「いえ。当然のことをしているまでです。それではご案内しますね」


 私とノア様より3歳年上のイーサンは小さい頃からノア様とずっと一緒で、ノア様にとってお兄さんみたいな存在の人だ。そして私も彼を頼りにしている。ちなみに彼もかなりの美形で、ファンも多くいたりする。


 ノア様の部屋の前に到着すると、イーサンは廊下の窓が閉まっていることを確認し始めた。


「廊下の窓は閉まっています。防音は問題ありません」

「確認ありがとう。では、入室しますね」

「はい。よろしくお願いします」


 3人の間に少しの緊張が走る。


「ノア様、エルシーです。入りますね」


 ノックをして部屋の中に入ると、濡れたようなしっとりとした黒髪が目に入った。ノア様は今日もお美しいわ!……って、いけないいけない。挨拶しないと。


「ごきげんよう、ノア様」


 精一杯のカーテシーをする。よし、今日はいつにも増していい感じだわ!


「……」


 ん?あら?ノア様からの返事がないわ。慌ててノア様を見ると、ノア様はワインの瞳をこぼれんばかりに見開いて――――止まっていた。


「……まずい、これはかなりのが来ます(・・・・・・・・)よ」


 警戒するようにイーサンが呟く。同感!と私は頷いた。


「て……」

「て?」


 さっきまでフリーズしていたノア様がしゃべり始めたわ!「て」って何かしら?


「て、て…………」

「……?」


「天使がいるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅううう!ダメだ、眩しすぎてこれ以上直視できない!ああああああ可愛いが過ぎるぅぅぅぅぅ!!!俺のエルシーは何でこんなに可愛いんだ!!!!!!!!神様ああああああああエルシーと会わせてくれてありがとうございますうううううう!!!!!!」


 顔を手で覆って足をジタバタさせ、大声で叫びながら、ノア様は床をゴロゴロゴロゴロ転がりはじめた。


「がわいいぃぃぃぃぃ!!!!エルジイイイイイイイイ!!!!グスングスン」


 そして、泣き始めた。


「今日は久しぶりに大発狂なさっていますねえ」

「……毎回毎回、申し訳ありませんエルシー様」


 ゴロゴロ転がり悶えまくり泣きまくるノア様を呆れた様子で見ながら、イーサンが謝罪する。


「大丈夫よ。いつものことだもの」


 そう言って私はにっこりと微笑んだ。


 不名誉な婚約破棄の噂が流れていても、私は全く動じない。なぜなら婚約破棄の可能性は全くないと言い切れるから。自分で言うのも恥ずかしいのだけど、ご覧の通り、彼は私を溺愛しているもの。

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