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1-5

 翌朝、遥希は道場で玉緒と二人、再度対峙していた。


「遥希、どうだい? 少しは紗雪と普通に話せるようになったかね」

「まあ、最低限はな。それと師匠、一つ聞いても良いか?」

「なんだ?」

「鏑城氏について、あんたと紗雪の認識が違っていたが、何か理由はあるのか?」

「ああ、その事か。あの子に、鏑城の小倅の悪意は伝えてないからね」


 質問への意外な回答を受け、遥希は唖然とする。


「いや、本当の事を教えないのはどうなんだ?」

「知らなくて良いこともあるって事さ。あの子はあの頃、悪意に晒され過ぎた。今でも、人を怖がっているところがあるからね」

「そう、なのか?」

「ああ。特に大人は男女問わずだね。態度が高圧的だと特にまずい」

「婆さん、それあんたも当てはまるだろ……」


 遥希は呆れつつも、ふと疑問を覚えて問い掛ける。


「いや、それはおかしくないか?」

「何がだい?」

「俺は普通に喋れた気がするんだが……」


 遥希の一見して当然の疑問に対し、玉緒は辺りを見渡してから、ニヤリと笑って答える。


「そもそも、大人の男が何処にいるんだい?」

「………………」

「私の前には、少女と見紛うばかりの容姿の子供ならいるけどね」

「……婆さん、喧嘩なら買うぞ?」


 遥希の憤りに対しても、玉緒は飄々と躱し、呵呵と笑う。


「まあ、あの子の霊視は相当だからね。良い悪いの分別も付く。お前を拒絶する可能性が低い事は、元々織り込み済みさ」

「それならそう言ってくれ」

「私は噓を言った覚えは無いよ。お前の容姿も判断の一材料さ」


 そう言って再度笑う師匠に対し、遥希はげんなりした表情しか返せなかった。

 対して、玉緒は話の締めを伝える。


「まあ、鏑城の小倅については、もう係わる事も無いからね。無益な話をわざわざ伝える必要もないさ」

「分かった」


 これで終わりと、道場を後にしようとする遥希へ、玉緒は最後に諫言するかのように伝える。


「しかし、お前は本当に任務を理解しているのかい?」

「……そのつもりだけど」

「……まあいいさ。まずは身を以て学んできな」


 この後、遥希は師の言葉の意味を早速知る事になる。



 通常より一時間程度早い時間に、比較的人も疎らな中、紗雪と遥希は一緒に登校している。

 しかし、道を先導するはずの紗雪は、遥希の背に隠れるように歩いていた。


「もう人も大分疎らになったし、そろそろ大丈夫じゃないか」

「うう……、すみません」

「まあ確かに、あれだけの視線に晒されると怖いとは思うけど」


 その原因は紗雪にあった。

 彼女の神秘ささえ感じさせる容姿が、人目を強く引いてしまっていたのだ。

 実際、彼女の楚々とした儚げな容姿に、紺を基調とした涼やかなブレザーの制服は良くマッチしていた。

 結果として、ある種暴力的とも言える程に視線を集めてしまい、その数に紗雪が耐えきれなくなり、遥希の背中に隠れる事態となっている。

 また、紗雪を背に隠す事で、遥希の方にも『朝からイチャ付きやがって!』という視線が注がれ、遥希も居心地の悪さを感じていた。


 それでも、電車を下りて通学路に入った辺りで人の数も減り、ようやく人心地がつけたので、遥希は疑問を口にした。


「しかし物凄い視線だったけど、普段からこうじゃないのか?」

「えっと……、これまでは認識阻害の魔具を付けていたので……」


 紗雪はそう、申し訳なさそうに答える。


「今日は付けていないんだ?」

「ええと、眼鏡型の魔具で、楓さんが作ってくれて、元々はわたしの霊力が暴走しないように抑える役目を果たしていたんですけど……」


 紗雪はそう前置いてから続ける。


「お祖母様から外しても問題ない旨を頂いて、それを友達に話したら、次の登校のときは外して来なさいって……」

「……もし今も持ってたら、試しに掛けて貰っても良いか?」

「はい、こんな感じですけど……」


 遥希の要求に応え、紗雪は眼鏡を出して身に着ける。

 すると、途端に紗雪の印象が薄くなり、遥希は驚く。

 確かに眼鏡は野暮ったく、紗雪の印象を目立たなくする一面はあるのだが、それでもこの効果はまさしく魔具ならではだろう。

 眼鏡を外した紗雪を見やり、遥希は心の中で嘆息する。


「いや、よく理解出来たよ。人の多い場所では、眼鏡を付けていた方がいいかもな……」


 そう言いつつも、遥希としては紗雪の友人の言い分も分かるので、内心複雑な気分だった。


 そうして歩みを進めていると、やがて二人の女子が合流してきた。

 一人は遥希より少々背が高い、すらりとした少女で、もう一人は髪の色素がやや薄い、制服を軽く着崩した少女だ。


「おはよう、ユキ」

「おはよ、紗雪」

「おはよう、灯里ちゃん、朋佳ちゃん」

「ユキ、そちらは……」

「うん、紹介するね。こちらが、伊都遥希さん。例のお祖母様のお弟子さん」


 挨拶と共に紹介され、遥希も挨拶を返す。


「伊都遥希だ。高等部に入学となるけど、二人は知っている側なのか?」

「はい。私は雨宮灯里です。勿論、そちら側になります」

「霧島朋佳です、よろしく。紗雪の事情は知ってますから、先輩もよろしくお願いしますね」

「そうか。俺もしばらくは、紗雪と行動を共にする機会が多いから、よろしく頼むよ」


 幸い、問題なく紗雪の友人に受け入れられたようで、遥希はほっと一息つく。

 一方で、紗雪達は友人が揃った事で、気の置けない会話に移っていた。


「紗雪~、やっと眼鏡外したね。これで、いつでも紗雪の素顔が見られるよ」

「朋佳ちゃん。その、ここまで視線が凄かったんだけど……」

「まあ、ユキなら当然ね。これからは、慣れていかないと駄目よ」

「灯里ちゃん、無理だよ……」


 三人の会話は微笑ましく、遥希も思わず頬を緩める。

 紗雪の雰囲気がやや幼くなった感じだが、(かんなぎ)でないときの彼女は、これが素なのだろう。


 そのまま四人で登校し、校門が見えた頃、初めて見る仙翠(せんすい)学園に遥希は驚く。

 程よく田舎なせいか、学校の敷地はかなり広く、それでいて校舎は綺麗であり、それなりに真新しくもあった。


「思ってたより凄いな……」

「そうですね。その……、学校の事情的に、そこそこ寄付なんかも集まるらしく」


 遥希の言葉に対し、紗雪が答える。

 振り向くと、灯里が頷いている事から、彼女の家が学校の運営に携わっている可能性を推察する。


 ともあれ、任務への協力体制が予想以上なのは好材料と認識し、遥希は校門をくぐり抜けた。

 途端、紗雪は十束剣神楽(とつかのけんかぐら)の応用か、音もなく気配を感じさせない動きで、遥希の隣から灯里と朋佳の陰へと移動する。

 次の瞬間、遥希を柔らかな衝撃が襲った。


「さ~ゆ~き~ちゃ~ん! 眼鏡取ったんだね! ……って、あれ?」


 気が付くと、遥希は長身の女生徒に抱き竦められていた。

 金髪紅眼の外国人かハーフを思わせる容姿の少女で、メリハリのあるスタイルをしており、二人の身長差もあって、遥希は丁度彼女の胸に顔を埋める形になっていた。

 遥希はその柔らかな感触に混乱しつつも、紗雪と間違われたのだと推測を付けたが、少女も混乱しているのか、中々抱き着く力が緩まない。


華美良(かみら)先輩……、ユキに何をする気だったんですか」

「あ、灯里ちゃん、おはよ! 紗雪ちゃんの素顔が見られると思ったら、居ても立っても居られなくて」


 呆れた様な灯里の言葉に対し、『てへっ』と聞こえてきそうな表情で、華美良は答えを返す。


「不意を突いたつもりだったんだけど、逃げられちゃった。でも、やっぱり紗雪ちゃんは超絶美少女だったね! 見ているだけで癒されるよ」


 そう言って、華美良は『眼福眼福』と遥希を抱き締めたまま、紗雪を拝むかのように見つめる。

 対して、紗雪は困った様な顔をしている。どうやら、華美良を躱すのに未来視を使ってしまい、こちらも少々混乱している様だった。

 それでも、指摘しないと、と紗雪は決意して華美良に語りかける。


「華美良先輩、おはようございます。……その、遥希先輩は放した方が良いんじゃないかと……」

「ありゃ? あ、ゴメンね! 苦しかった?」


 ようやく自分の置かれた状況を自覚したのか、華美良は遥希を手放し、軽く距離を取る。

 ようやく解放された遥希だが、女生徒四人を前に一旦は黙考する。

 下手な答えは身を滅ぼしかねず、実際に灯里からは責めるような目線が注がれていた。


「いえ、その……、大丈夫です。紗雪と間違えたんですか?」

「そう。ちゃんと目視確認したのに、いざ抱き着いたら紗雪ちゃんが消えてた感じ? 君は高等部の新入生かな? 私は宵空華美良。生徒会長として歓迎するよ!」


 これが生徒会長? と愕然とし、遥希は紗雪に目線で問い掛ける。

 一方の紗雪も、遥希の言いたい事が分かったらしく、困ったように頷いた。

 それを見て、遥希は諦めた様に華美良に向き合う。正直、先の感触はまだ残っていたが、何とか誤魔化せていると言い聞かせた。


「伊都遥希です。よろしくお願いします、会長」

「伊都君ね、よろしく! ……ところで、紗雪ちゃんとはどんな関係?」

「紗雪とは遠い親戚にあたって、今は小角神社で一緒に暮らしています」

「ええ! 紗雪ちゃんと一つ屋根の下……、紗雪ちゃんのあれやこれも見られちゃったり!?」

「しません! 同居人を何だと思っているんですか!」


 やたら疲れるやり取りに、遥希は声を張り上げて否定する。

 しかし、華美良の言葉で何を想像したのか、紗雪が顔を赤くし、それを見た灯里の目線が更に鋭さを増す。


「あはは、ゴメンね。巫の協力者ってところだよね。一応、私も生徒会長だから、少しだけ事情が分かるからさ」

「なら、からかうのは止めて下さい……」

「まあまあ、一応役得もあったでしょ?」


 華美良の言葉を否定できず、遥希は顔を逸らすと、再度灯里と目が合った。

 そして、蔑む様な視線を受け、諦めた様に華美良に向き直る。


「とりあえず、入学式はまだだから、教室で待機していて貰えるかな? 行き方は分かる? 紗雪ちゃん達はお手伝いお願いね!」

「……了解です」

「分かりました。それじゃ、行きましょう、トモ、ユキ」


 一応は、華美良の一言で事態が収束した様で、それぞれ元の目的に従い動き出す。

 ふと遥希が振り返ると、華美良が紗雪に対し『モフらせて~』と迫っており、灯里と朋佳に阻まれていた。

 どうやら、高等部の生徒会長は、かなりの変わり者らしい。


 想定外のトラブルに、遥希はため息をつきつつも、校舎へと向かった。

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