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その後、やや遅めの夕食を、遥希達は一緒に摂っていた。
料理の方は意外にも和洋折衷であり、一応は遥希を歓迎する意もあったらしい。
もっとも、遥希の方は女性――それも、食えない師匠に、いつも妙にフレンドリーな姉弟子、そして良く知らない同年代の少女の三人――に囲まれ、少々居心地の悪さを感じている。
そんな遥希を見たのか、楓が救いの手を差し伸べる様に話し掛けた。
「遥希君、味の方はどうかな? やっぱり、久し振りだから緊張してる?」
「そういう訳じゃないですけど……。あ、でもこれ美味しいですね。楓さん、腕を上げました?」
「んふふ~。ありがとうって言いたいけど、それを作ったのは紗雪ちゃんよ。ね?」
楓の言葉に驚いたように遥希は隣を向くと、紗雪は困ったような表情を見せる。
「えっと、お、お粗末様です……」
「あ、いや、美味しいよ。料理、上手なんだな」
先ほどまでと違い、紗雪の方も緊張しているらしい。
気が付けば、紗雪は巫女装束から部屋着へと着替え済みで、先程までのある種超然とした雰囲気も失われており、今は普通の可愛らしい女子の様だった。
それが影響したのか、釣られたかのように、遥希も思わずどもってしまう。
初々しささえ感じられる光景だったが、玉緒はそれをぶち壊すかのように割り込んだ。
「お前達、イチャイチャするなら、私の居ないところでやりな」
「いきなり何だよ、婆さん。藪から棒に。初対面なら緊張くらいするだろ」
「ほう、生意気になったもんだ。全く、あの頃のお前は可愛かったのに、時の流れは残酷だね」
「ぐ……、いつの話だよ。可愛いとか言われても、男は喜ばねえっての」
険悪ささえ感じさせる二人のやり取りに、紗雪はオロオロしだす。
それを楓が宥めていると、おもむろに玉緒は切り出した。
「紗雪、遥希とは何か話したかい」
「え、はい。お名前を伺ったくらいですが……」
「ならいい。紗雪、今後はこいつと行動を共にしな。そうだね……、巫としてのお前のサポートやアシスタントだと思えばいい」
「サポートやアシスタント、ですか?」
「ああ。今日もあったように、巫の仕事は増えるよ、間違いなくね。その分はこいつに頼ればいいさ」
玉緒の言い様に、紗雪は不安げな表情で遥希を見やる。
あの程度の魔獣に苦戦していた事から、戦力になるのか疑問を持たれているのかもしれない――遥希はそう感じ、敢えて明るく語りかける。
「ああ。先ほど婆さんと話し合って、君の手伝いをする事になった。改めてだけど、よろしく」
「あ、はい……。その、伊都さんは大丈夫なんですか?」
「紗雪。確かにこいつは頼りないが、一応お前の兄弟子でもあるからね。遠慮せずこき使えば良いさ」
「婆さん、その言い方はどうなんだ……。えっと、天羽さんで良いかな? 確かに巫の様には戦えないけど、出来る範囲でサポートするよ」
「……分かりました。よろしくお願いします、伊都さん」
紗雪は少々の葛藤を見せたものの、結局は受け入れる事にしたらしい。
何とか丸く収まって、遥希がホッとしていると、玉緒が顔を顰めて話し掛けてくる。
「お前たち……、随分と他人行儀だね」
「そりゃそうだろ。婆さん、やっぱりあんたボケたんじゃねーか?」
「お前は阿呆かい。いいか、お前たちが一緒に行動するとして、関係性を他人にどう説明する気だい? 他人行儀過ぎて、怪しんで下さいと言ってるも同然だよ」
玉緒の指摘はもっともで、遥希も困ったように反論する。
「だったらどうするんだよ、師匠」
「一応、お前たちは私の遠い親戚の子供という事にしてある。一緒に暮らすからには、そのくらいの経歴合わせはするさ」
「婆さん、準備が良いのは相変わらずだな。ちょっと感心した」
「おべっかは不要だ。……そこでだ、遥希。一つ屋根の下で暮らしている親戚同士が、妙に他人行儀だったらどう思う?」
玉緒の言い分は正論であり、だからこそ遥希は答えられず固まった。
紗雪も困った表情を見せる中、楓が再度助け舟を出す。
「だからね、遥希君、紗雪ちゃん。あまり他人行儀なのは駄目。二人はもっと親しくしなくっちゃ」
「親しくって……」
「まず、遥希君は紗雪ちゃんを名前で呼ぶところからね。男子って普通、年下の親戚は呼び捨てじゃない?」
楓の言葉も正論だったが、初めて見知ったような女子を呼び捨てにするのは、中々高いハードルだった。
それでも、これも任務と自分に言い聞かせ、遥希は覚悟を決める。
「その……、天羽さん。いや、紗雪。慣れないけど、よろしく頼むよ」
「あ、はい。分かりました……」
紗雪の呼び方に決着が着いたところで、次は遥希の方へと移る。
しかし、大人しそうな外見の通り、紗雪は対処に困っているようだった。
「ええと……、伊都さん……は駄目で、……遥希さん?」
「何か疑問形ね?」
「……遥希君」
「年上に君付けは、紗雪ちゃんがしんどくない?」
「それじゃ……、ハル、くん。……やっぱり無しでお願いします」
「真っ赤な紗雪ちゃんが可愛いのに?」
「楓さん、むしろ紗雪の邪魔をしてません?」
そう言って、遥希はいちいち茶々をいれる楓を半眼で見つめる。
一方の紗雪は大分あがって一杯一杯になっており、二人の事は目に入っていない様子だが、次の一言で場が一瞬固まった。
「それなら、……お兄ちゃん?」
「………………」
遥希は、思わず無言になって目を逸らす。どうやら心の琴線に触れたものがあったようだ。
「……っ! これは駄目です! ……あの、その、……そう、先輩! これでお願いします!」
「……まあ良いか。遥希もそれで構わないね」
「あ、ああ」
色々と恥ずかしい事を口走った認識があるのか、紗雪は顔を真っ赤にしつつ、話を強引に切り上げる。
少々呆れた様子を見せつつも、一応は玉緒が認めた事で、話は終わりになったようだった。
「先が思いやられるね、全く」
この時ばかりは、玉緒の言葉に反論は無かった。