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1-2

 日が落ちた頃、遥希達は師匠の家に辿り着いた。

 こちらも三年前と変わらぬ風合いではあったが、疲労感も手伝って、今の遥希にはそれを感じる余裕は無かった。


「ただいま戻りました」

「紗雪ちゃん、お疲れ様。そちらは遥希君かしら? 大きくなったわね」


 紗雪の挨拶に対し、四十過ぎ位の女性が出迎える。

 短めの髪に眼鏡を掛けており、その雰囲気も相まって、研究者のような風貌の女性だ。

 事実、この女性は優秀な工魔師であり、遥希は幾度となく彼女の開発した魔具に助けられていた。


「お久しぶりです、楓さん」

「急な呼び出しで大変だったでしょう。さ、上がって」


 そう言って、楓は親戚の子供を迎えるかのように話し掛けてくる。


「紗雪ちゃんはお夕飯を手伝って頂戴。遥希君は道場ね。お義母様が呼んでいるわ。行き方は覚えてるかしら?」

「問題ありません」

「そう。それじゃ、()()()()


 それから遥希は紗雪達と別れ、一人道場へと向かう。

 渡り廊下を進み、離れの道場の扉を開いた瞬間、遥希を手荒い洗礼が襲った。

 紙で出来た猛禽の式神が一体、遥希を目掛け飛翔する。

 対して、師匠の行動を予期していたかのように、遥希は余裕を持って躱す。


「ちっ……。師匠、どういうつもりだ?」


 師の答えを期待せず、遥希は問い掛ける。

 その間も、遥希は高速で飛翔し続ける式神から注意を逸らさず、その攻撃を回避しつつ分析を進める。

 師は時々式神を操るような仕草を見せており、目を凝らすと、式神をコントロールしている霊力の繋がりが微かに見えた。


 遥希は目の前の式神は遠隔操作型と判断を付け、敢えて隙を晒す。

 猛禽が獲物を狩るかのように、急降下し襲い掛かる式神。

 正に式神が捉えようとした瞬間、遥希は回避と同時に師と式神の間に割り込み、張られた霊力の糸を手刀で立ち切った。

 途端、力を無くしただの紙となった式神は、ひらひらと舞い落ちる。


 師の攻撃が止んだ事で、改めて遥希は目の前の老婆に向き合う。

 睨み合うかのように対峙する二人だが、先に口を開いたのは老婆の方だった。


「ふん。辛うじて落第ではない、というところか」

「三年振りの再会だってのに、これかよ」

「お前が私の元を離れている間に、腑抜けていないかと思ってね」


 そう言って、老婆はニヤリと笑う。

 この老婆は名を安堂玉緒と言い、遥希の師であると同時に、数奇な運命に陥れた張本人でもあった。

 師の嘲るような言葉に対し、遥希は反論する。


「腑抜ける訳がないだろ。この三年間、何のために修行してきたと思ってる」

「その割には、犬っころ二匹ごときに危なかったじゃないか」

「師匠、あんた見ていたのかよ……」

「こんな状況だから、自分の庭くらいは把握するさ。まさか、不肖な弟子の情けない姿を見るとは思わなかったけどね」


 そして、玉緒は呵呵と笑う。

 遥希にとって、玉緒は恩人ではあるが、こういう人を食ったようなところは苦手としていた。

 更に玉緒は畳み掛けるかのように話を続ける。


「それで、墓参りは恙なく終えたのかい? 少しは、お前もあの事を吹っ切れたと見ていいのかね」

「っ!」


 容赦のない玉緒の言葉に、遥希は激昂しかけるも、踏みとどまる。


「婆さん、喧嘩なら買わねーよ。俺にできるのは、あの時のような悲劇をもう起こさせない様にするだけだ。過去はもう変えられない」

「やれやれ、どうも変な形で引きずっているね。今までここに寄り付きもしなかったし、やはり初恋の少女は忘れ難いか?」

「なっ! ……いや、そういうんじゃねーよ」

「私に言われたくないから、こそこそしていたのだと思ったが、違うのか?」

「どっちにしろ、あんたはある事ない事突っ込んでくるだろ。それが嫌だっただけだ!」


 師の心を抉るような質問に、遥希は何とか答えを返すが、分の悪さは否めない。

 このままでは埒が空かないと感じたのか、遥希は強引に話題を変え、主題を切り出す。


「そんな事より、呼び出した訳を聞かせて欲しい。あまりに急で、問答無用だったからには理由があるんだろ?」


 先ほど出現した魔獣とも絡む話だろうと推測を付け、遥希は問い掛ける。


「そうだね。なら結論から先に言おうか。遥希、紗雪を守れ。それがお前の任務だ」

「は……、紗雪……ってあの(かんなぎ)の子だろ? ボケたのか、婆さん」

「失礼なガキになったもんだね。まあ良いさ。三度は言わん、お前の任務はあの子を守る事だよ」

「マジなのかよ……」


 思いも寄らない玉緒の言葉に、遥希は唖然とする。

 紗雪が魔獣を圧倒した場面を見せつけられただけに、玉緒の言が信じられなかった。


「正直、あの子の巫としての完成度は[咲夜]以上だと思うけど、何か理由があるのか?」

「ふん……。確かに紗雪は巫として万能さ。十束剣神楽(とつかのけんかぐら)を収め、高度な霊術をも使いこなす。だが、経験不足も一因だろうけど、見ていて危なっかしいのさ」

「いや。大抵の相手なら、あの霊力でゴリ押し出来るだろ……」


 遥希は、玉緒の予想外な過保護さに、うんざりしたように投げやりに返す。

 しかし次の瞬間、閃いたかのように玉緒に切り返した。


「いや……。婆さん、まさか未来視で何か見えたのか?」


 未来視――強い力を持つ巫は、稀にその能力を霊視という形で発現させ、その一つに未来を一瞬垣間視るものがある。

 事実、玉緒はかつては優れた巫であり、とうに巫を引退した今でも、時折その能力を活用していた。


「ああ、そうだ。それに、僅か三年で封印が緩み始めているのは、お前も見たはずだ」

「……ああ」

「それでも、あの子を真っ向から打ち破れるものはそういないだろう。だが、あの子は素直過ぎるからね。搦め手や人の悪意なんかには特に弱い」

「そう、かもな……」

「お前には、そういったものからもあの子を守って欲しい。それが任務だ」

「過保護ってよりは、必要な時にあの子が力を振るえるよう、その障害になり得るものから守るって感じか」

「ああ。それに、この緊急時にお前を遊ばせておく訳にもいかん。使える者は使うだけさ」


 遥希は玉緒の話を一旦整理する。与えられた任務は、来るべき大事に備え、その時に紗雪が十全に力を振るえるよう、その露払いをする事になるようだ。

 何からに対して、という点がはっきりしないが、玉緒の考えは理解出来たと判断する。


「了解。で、俺は何をすれば良い?」

「そうだね。まず、基本的には紗雪から離れず一緒にいることだ。勿論、お前にもここに住んで貰う」

「分かった」

「それに、学校にも一緒に通いな。丁度明日が入学式だ。遅刻するんじゃないよ」


 そう言って、玉緒は制服などの必要な一式を遥希に渡す。


「私立仙翠(せんすい)学園……、この学校に通うってことか」

「ああ。お前は高等部で紗雪は中等部になるが、そこは仕方ないね」

「俺、入試受けてないし、学校の事も全然知らないけど、大丈夫なのか」

「問題ない。仙翠学園については紗雪に聞きな」


 任務の説明は以上だと、玉緒は話を切り上げる。

 一方で、遥希は丁度良い機会と質問を投げ掛けた。


「なあ婆さん、一つ教えてくれ。あの子は、あの時の女の子なのか?」

「ああ。そうだが、それがどうかしたのかい?」

「いや。今更だけど、何であの子を最初からあんたが引き取らなかったのか、それが分からなかった」


 遥希の疑問に対し、玉緒は悔恨の表情を見せる。


「鏑城の小倅に皆良い様に騙されていたのさ、私も含めてね。気付いた時には、鏑城の娘が亡くなって、全ては取り返しがつかなくなっていた。あの子を救えただけでも僥倖だったと思うよ」


 そして、何故そうなったのか、玉緒は説明する。

 全ては紗雪が引き継いだ神刀[龍仙]を巡る争い――

 鏑城氏は自分の娘こそがその持ち主に相応しいと考えていた。

 しかし、[龍仙]引き継ぎの儀で次の持ち主に選ばれたのは、当時は普通の少女でしかなかった紗雪だった。

 鏑城氏はその事実を許せず、能力の発現により居場所を失っていた紗雪の身柄を預かり、無茶な任務を割り振る事で亡き者にしようとしていた。

 紗雪を亡き者にさえすれば、次こそは自分の娘が選ばれると盲信しての行動だったらしい。


 しかしその企みは成就せず、逆に自分の娘が任務で殉職したことにより、企みもまた露見し自身も失脚。結果として、辛うじて紗雪の救出が間に合ったらしかった。

 これまで知らなかった話の裏に、遥希も思わず沈痛の表情を浮かべる。


「あの後、鏑城の小倅を追放し、そして紗雪は私が巫として育て上げた。まあ、あの子にとって、それが良かったかは分からないけどね」


 そう言って、今度こそ玉緒は話を切り上げた。

 それに合わせて、丁度、ご飯が出来たと紗雪の声が聞こえてくる。

 夜が少しずつ更けてゆく。

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