プロローグ-3
プロローグは、場面毎に三つに分けて同時刻で投稿しています。
桜咲く校舎の中、二人の少女が歩いている。
時刻の頃は昼下がりだが、他に生徒の姿は見えず、学校はまだ始まっていない様子を伺わせる。
事実、二人は始業式の後、明日の入学式の準備に追われていた。
一人は非常に目立つ外見をしていた。
外国人かハーフを思わせる金髪紅眼の少女だ。綺麗に伸ばされた金色の髪に、白い肌。そして、すらりとした長身に、大人びた彫りの深い顔立ちは、日本人離れした美しさを感じさせる。
その一方で、人懐こい表情が、気安く親しみ易い雰囲気を醸し出していた。
「紗雪ちゃんもありがとね。高等部の入学式を手伝って貰っちゃって」
金髪紅眼の少女は、傍らの少女にそう話し掛ける。
紗雪と呼ばれた少女は、金髪紅眼の少女を見上げ、曖昧に微笑んだ。
こちらは、艶やかな黒髪を背の中ほどまで伸ばし、金髪紅眼の少女にも負けない位、綺麗な白い肌をしている。
しかし、彼女のかんばせは分厚い眼鏡に阻まれ、窺い知る事が出来ない。
「紗雪ちゃんのその眼鏡って、確か魔具だよね? 霊力制御とかそんな感じの」
「宵空先輩、知っているんですか!?」
「あ、うん。一応、私も高等部の生徒会長だし? それと、華美良ちゃんって呼んで欲しいかな。親しみを込めて、名前でね」
華美良の無茶振りに対し、紗雪は困った様に微笑む。
中等部の紗雪としては、華美良は頼りになる優しい先輩だが、その一方でぐいぐいと踏み込んで来るところは苦手としていた。
「時に紗雪ちゃん。お願いがあるんだけど良いかな?」
「何でしょう? 宵空……、華美良先輩」
「うんうん。眼鏡を外した紗雪ちゃんを見てみたいな~って。すっごい美少女だって噂は私にも届いているよ」
そして、一部の女子しか知らないみたいだけど、と華美良は付け加える。
事実、紗雪の顔立ちの全容は眼鏡に阻まれているものの、見える部分だけでも、非常に端正なつくりをしていた。
「その……、これはわたしの霊力が暴発しないよう抑えるものなので、外す訳には……」
「でも、もうほとんど制御出来ているって聞いたよ。だからね、ちょっとだけ」
何故こんな流れになったのか分からないまま、思いの他強引な華美良を前に、紗雪は進退窮まりつつあった。
そんな彼女を救ったのは、二人の女生徒だった。
「華美良先輩……、ユキに何をしているんですか」
「あ、灯里ちゃん。紗雪ちゃんの素顔を見せて貰おうと思ってね」
「まだ駄目です。外せるまでもう少しなんですから、強引に迫るのは辞めて下さい」
そう言って、灯里は紗雪を背に隠す。
少々きつい雰囲気はあるものの、大和撫子を思わせる黒髪黒目の美しい少女で、華美良とも大差ない長身が、紗雪を庇うのに一役買っていた。
「灯里、その辺にしとこ。華美良先輩も。こちらも終わりましたし、早く講堂に行きましょう」
一方で、髪や目の色素がやや薄く、制服を軽く着崩した華やかな雰囲気の少女がフォローを入れる。
少女の制服のリボンは紗雪や灯里と同学年である事を示しており、事実、この三人は同じクラスの友人同士だった。
「あはは……。了解、朋佳ちゃん。楽しみは後にして、まずは仕事をちゃきちゃき終わらせよっか」
華美良も少々羽目を外し過ぎたと感じたのか、気を取り直して仕事に戻り、その後は恙なく入学式の準備を終える。
「これで終わりかな? ありがとう、三人とも。お陰で入学式の準備が無事に終わったよ」
「お疲れ様です、華美良先輩。そして今更ですが、高等部の入学式の準備を、中等部の生徒に手伝わせるのは如何かと思います」
「わ~、灯里ちゃん。その話を蒸し返すの禁止! 私だって潤いが欲しいんだよ! 良いじゃない、可愛い年下の女の子と一緒の機会なんて早々無いんだし」
子供の様に駄々をこねる華美良に、三人は思わず苦笑する。
一見すると近寄り難い先輩だが、こんな一面が親しみ易さを感じさせるのかもしれなかった。
その後、華美良と別れの挨拶を交わし、三人はお喋りに興じながら帰りの途につく。
「ごめんなさいね、トモ、ユキ。断り切れなくて」
「ま、あの人が相手だし? 灯里のせいじゃないっしょ」
「ユキは大丈夫? 巫の修行の邪魔にならなかったかしら」
「うん、大丈夫。お祖母様にも伝えてあるし、これからお迎えもあるから、修行は休みになるかも」
二人の言葉を聞いて、灯里は胸をなでおろす。
一方で、朋佳は紗雪の言葉に気になるところがあったらしく、オウ厶返しに尋ねる。
「お迎え?」
「うん。お祖母様のお弟子さんが来るから迎えに行きなさいって……、どうしたの?」
「……紗雪、その眼鏡を掛けて行く気?」
「え……、うん。これ、霊力制御だけじゃなくて認識阻害の術式も入っているし、必要だと思うけど……」
「ええと……。ユキ、まだ眼鏡を外す許可は下りてないのよね?」
「……その、お祖母様からは『もう大丈夫』だって……」
思わぬ紗雪の告白に、二人は唖然とする。
紗雪の外見への頓着の薄さは知っていたが、流石にこれはないと思ったらしい。
「紗雪、それは外しなさい。今すぐに」
「ユキ、こればかりはトモに賛同するわ」
「ええっ? 朋佳ちゃん、灯里ちゃん、落ち着いて……」
そして、紗雪の眼鏡を巡る三人の攻防は、スマートフォンに一通のメッセージが届いた事で終わりを告げる。
今日のお迎えは不要との内容で、それにより眼鏡を外す意義が有耶無耶になったようだった。
それでも、灯里と朋佳は、紗雪に明日から眼鏡を外す事を約束させ、一応の満足を得て帰路につく。
いつもの日常が穏やかに過ぎていく――