プロローグ-1
久々の投稿で、今回の話は現代ファンタジーになります。
宜しくお願いします。
逢魔時――
濃い霧が杜を隠すかの様に覆っていた。
まるで、その杜を現世から切り離すかのように。
杜の中では、一人の少女が力尽きたかの様にうずくまっていた。
白衣に緋袴の恰好をした、まだ十を僅かに過ぎた頃の少女だ。
年相応の幼さはあるものの、精巧な彫像を思わせる美しい顔立ちの娘だが、右手から離さずにいた刀が、日常と相容れない存在である事を感じさせた。
そして、少女は呆然と目の前の光景を見ていた。
それは正に死地――、無数の魔獣を前にして、ただ一人の巫が双剣を構え佇んでいた。
歳の頃は少女と同じ位と見えるが、その身に纏う静謐な雰囲気は楔となり、場を支配している。
事実、そのかんばせを伺い知る事はできないものの、巫の構えに気負いはなく、逆に魔獣の群れの方が突然の乱入者に対し警戒を露わにしていた。
そのまま幾刻かの対峙の後、先に動いたのは魔獣の方だった。
その魔獣は目の前の巫を避け、本来の獲物たる少女に向け襲い掛かろうとした。
しかし、巫の横を通り過ぎようとした瞬間、魔獣の体は二つに分かれ、そして動かなくなる。
「ここから先は、通さない」
鈴を転がすような澄んだ声で、巫は魔獣に告げた。
それが嚆矢になったのか、一斉に魔獣が駆けて来る。
しかし、どれも皆、巫に触れる事も通り過ぎる事も叶わず、物言わぬ躯と化した。
「十束剣神楽――三舞〈樋速〉」
一閃、二閃、三閃――、少女には視認出来ない疾さで、巫は舞う様に剣を振るう。
それはあたかも神に奉納する神楽の様に美しく、少女は身に迫る危険も忘れ、ただただ見入っていた。
そして、無数にいたはずの魔獣は瞬く間に数を減らし、やがてその全てが討伐された。
魔獣の討伐を終え、巫は少女に駆け寄った。
少女に近付いた事で、巫の容姿が露わになる。
声に違わぬ綺麗な顔立ちで、特に印象的な強い瞳は、巫が志す何かを感じさせた。
「大丈夫だった?」
「はい。その、ありがとうございます」
少女は礼を言いつつも、口ごもる。
魔獣の討伐は、本来は少女の任務――あれ程の群れである事は想定外であったが――であり、何も出来なかった事に責任を感じているようだった。
巫はそれに気付いたように、優しく問い掛ける。
「任務の事を心配している?」
「はい。また何も出来なくて……、わたしは巫言ちゃんの分まで頑張らないといけないのに……」
少女は頷き、そして悲壮感のある答えを返す。
対して、巫は顔を少ししかめた後、少女に告げた。
「その事だけど、素人に巫の真似事は無理だ。止めた方が良い。今回の任務も明らかに君の手に負えないものだし、何時かは命を失う事になる」
思いがけない辛辣な言葉に、少女は泣きそうに顔を歪める。
分かってはいたけれど、他人――それも無数の魔獣を難なく屠った巫――に、改めて現実を突きつけられた事がショックだったらしい。
しかし、それに構わず巫は言葉を続ける。
「今の君は素人同然だ。でも、君を預かりたいと言っている人がいる」
「……わたしを、ですか?」
「うん。今の君は、何も知らず戦場に放り出された子供同然だよ。だけど、ちゃんと鍛えれば巫として戦える様になるかもしれない」
巫は予め聞いていた事を少女に伝える。
退魔について、何も知らされぬまま戦場に立つ少女がいる――、任務を受けた時に聞いた、耳を疑うような話だが、あながち間違いではなかったらしい。
少女の素質は確かで、だからこそ今まで生き残れたのだと思われるが、このままでは遠からず命を落とすだろう。その前に保護する事が今回の巫の任務だった。
「ちょっと、……いや、かなりきつい婆さんだけどね。……立てるかな?」
そう言うと、巫は少女を助け起こし、そのまま手を引いて歩み始めた。
魔の気配の消えた夕暮れの森を、言葉もなく歩く二人。
ふと気付いたかのように、消え入る様な声で少女は問い掛ける。
「助けてくれて、ありがとうございます。……その、お名前は……」
「咲夜だよ、遥咲夜。魔を討つ退魔の巫さ」
「……遥、咲夜さん」
巫は自嘲の響きと共に自分の名を告げた。
一方で、少女は恩人の名を繰り返し口ずさむ。
それは過ぎ去りし、二人の邂逅の記憶――
本作では物語に係る語句を[]、技や術を〈〉で区切っています。
まずはこの形式で書いていこうと思いますので、宜しくお願いします。