1-3 『チートなくても、生き延びたい』
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あれから何分経ったのだろうか。
気合いを入れれば、腕時計に目をやることも出来るが、それでもし、わずか数分程度しか経ってないことを突きつけられたら、と思うと、耐え切れなくなってくる。
ただでさえ、薄氷の上でスキップしているような心持ちなのだ。それが歩くかタップダンスに変わるかのような、リスキーな選択肢なんて、考えたくもない。
第一、仮に成功したとしても、状況への変化は何もないことがやるせない。
それでも、一縷の希望に縋り、先程からあちこちに力を入れまくっているが、秘められたパワーが出てくる気配すら感じられない。
異世界転移直後に、上空でドラゴンが待ち構えているとかいう、これ以上ないほどに危機的でストレスのかかる状況下に置かれているのにもかかわらず、だ。
「努力系チートも、知識系チートも、こんな状況じゃあ、なんの意味もねーよ。」
異世界モノを読みふけって来たつもりだったが、こんな状況を己の肉体のみで切り抜けた小説なんて無かった。
まあ、あったとしても、そんなことができるのは、主人公補正が盛りに盛られた、通常時からチート系主人公くらいのものだろう。
「異世界転移させるなら、チーレム系のテンプレくらい踏ませろよ。…踏ませてください。」
十七年の知識や経験を総動員しても、動かないことが最適としか出てこない。
自分から状況を動かせないということが、こんなにも辛いことだとは思いもしなかった。
独り言を言えるほど、距離が開いているのがせめてもの救いだった。
これで何も言えなかったのなら、あまりのストレスで気が狂ってしまうところだった。
「けど、狂ってしまいたいなんて思い始めてもいる…。ぁ゛ーーー、好きな異世界ものは、チーレムものなんだよ僕は…。なんで異世界来てまでストレスで苦しめられるんだよ。異世界ものって、ストレスからの逃避だろ!?なんでこんなに苦しんでんだよ!」
小声で喚くなんて、小器用なことをしつつも、意識は空から逸らせない。
どれくらいの時間が過ぎたのだろうか。呼吸をするたびに体力が回復しなければ、軽く10回は死んでる。それほどのプレッシャーの中、僕は未だに死にぞこなっていた。
燦々と煌めく太陽が憎らしい。
どこか呑気な雰囲気のある陽光を浴びていると、こっちはそんな状況じゃねーんだよ!と、怒鳴りつけたくなってくる。
ドラゴンは未だに旋回し続けている。
本当に、いつまでここにいるのだろうか。
「そんな暇を持て余しているのなら、さっさとどっかに行って欲しい。」
………。
「………ん?」
おかしい。
ドラゴンの知性の有無は別にしても、ちょっときになる小さな生物程度なら、僕以外にもここには沢山いるはずだ。
食料的に考えても、もっと大きくて食いでがあるのを放っておく理由なんてない。
ずっと同じところを旋回するのだって、楽しいとは思えない。
「…まさか。」
体の震えが抑えられない。
「獲物じゃなくて、敵と見定めている?」
ドラゴン。
それは、魔法と並ぶファンタジーの代名詞であるとともに、最強の名をほしいままにしている最強種である。
作品によっては強さの表現にバラつきはあるが、特別な力を持たない唯人では、到底敵わない存在として描かれている。
長命種故の知識量や、その巨体を支えるパワー、上空からの一方的な攻撃に、生半な攻撃を通さぬ鱗、枚挙に暇がないほどだ。
そして僕はそんな、ぼくのかんがえたさいきょうのいきものである、ドラゴンに、警戒すべき対象として見られているのであった…。
「…。」
・・・。
いや巫山戯んなよお前?!こちとら少し前まで一般的男子高校生していた青少年だぞ!?
一般的男子大学生になる寸前だったんだぞ!?
謎の異世界転移のせいで、人生設計メタクソにされたけどなぁ!
夢にまで見ましたよ?そりゃあ、超常パワーなんて、男の子の夢だもの。浪漫だもの!
けどね、夢に見ることと、実際に体験することは大きく違うワケなんですよ。
今時、小学生だって分かることじゃないですかぁ!
しかも、転移直後にドラゴンに遭遇だぁ?
冗談も休み休みにしろよ!
なに?僕を殺したいの?なら元の世界で殺せよ手前ぇ!
魂の慟哭を衝動のままに吐き出す寸前でなんとか心中に留める。
「————ハァ。」
大きく深呼吸をひとつ。
「落ち着け。奴がこっちを警戒しているからって何なんだ。僕に出来ることに変わりはないだろう?」
そう。何も変わらない。ドラゴンがどんな状態であれ、この如何ともしがたい格差を埋める手立てにはなり得ない。精々、精一杯見栄を張り、根比べをする。それぐらいしか、今の僕には出来ないのだから。
「っ。」
その時、事態は動いた。
旋回をし続けていたドラゴンが、急に動きを止めたのだ。
来る。
目をつぶり、襲いかかってくる大きな顎門に砕かれる覚悟を固めた。
「…ん?」
しかし、いつまで経っても、予想していた痛みが来ない。
恐る恐る目を開ける。目の前には、前と変わらぬ風景が広がるだけだった。
「え?」
空を見上げると、遥か彼方へドラゴンが飛び去っていく後姿が見えた。
…生きてる。
勝ったんだ。あのドラゴンに対面して、生き延びたんだ!
「っし!」
それまでの緊張もあり、思わず天高く拳を突き上げた。
戦って勝ったわけではないが、生きてるだけで大金星だ。
「…っとと。」
思った以上に疲労が蓄積されていたのか、体が木の上から落ちそうになった。
「一度地面に降りた方が良さそうだな。」
獣対策としては、木の上の方が安心なのだが、上にドラゴンがいる以上、そんなのはなんの気休めにもならないことが今分かった。
なら、地面の上で体を休ませた方が幾分かマシだろう。
「よっ、と、はっ。」
体を捻りながら、着実に一歩一歩降りてゆく。
人間、実に現金なもので、地面が近づいてくるにつれ、力がどこからともなく湧いてきた。
異なる世界といえども、地に足の立った生活でないと生きていけないということなのだろう。
そのおかげで、思っていたよりも楽に木の上から地面に降り立つことができた。
「今更テンプレもクソもないけど、いっちょやってみるか。」
呟きながら、改めて自分が何を持っているのかを確認する。
サバイバルでは、装備品が何よりも重要だ。
異世界ファンタジーであることが推察される以上、今持っている装備品によって、今後の展望が開けるか否かが掛かってくる。
まずは、学ラン(冬服)に使い古した革靴。
風邪予防のマスクに、男子の嗜みとして常用しているハンカチティッシュ。1週間の食費が入った財布に、入学祝いの時計。親のお古のスマホにそれの充電器、あとはボールペンと手帳か。
…。
……。
………。
「うん。これじゃあ何もできないな!森の中で役に立ちそうな物が一つも無い!」
先ほどとは別の意味で絶望的な状況に、目も当てられない。
水も食料もない状態で、どーしろと言うんだ。
異世界転移はいいから、せめて街スタートさせてくれよ…。
はい終わったな。僕の異世界生活は、餓死で幕が閉ざされることが決まりました。
…はぁ。
「川を探すしかねーな。」
人類は、川と共に発展してきた。なんて言葉をどっかのTVで聞いたことがある。なら、川沿いに歩いてゆけば、どこかで文明に当たるはずだ。
とはいえ、こんな所の地理なんて僕が知るわけがない。
となると、できることはただ一つ。
「獣道獣道。獣道はどこだー?」
獣道を探すことだ。
生物は、水がないと生きてはいけない。
獣道をたどっていけば、水場にいつかたどり着けるはず。
大穴のある推論だが、やってみる価値はある。
「原始人しかいない異世界への転移とか、シャレにならないからな。せめてそこくらいはテンプレであってくれよ。」
着ていた学ランをホックまできちりと締め、勘を頼りに歩き始める。
森の中はとても冷える。
大地を照らし、大気を暖める陽光は、木々に遮られその本来のポテンシャルを十分に発揮されない。太陽が出ている時でこれなのだから、出ていない夜の寒さは、想像に難くない。
異世界にも四季があるのかは不明だが、日本の初夏並みの暖かさであったのは幸運だった。もし、現時点で雪が積もっていたのなら、間違い無く、幻想的な異世界の森の中で、そのまま幻想の国へと旅立っていたことだろう。
まあ、生活基盤をなんとか得られなければ、遅いか早いかの違いになってしまうわけなのだが。
「そういえば、異世界にはあの世ってあるんだろうか。旅立っても異世界のままなんて、不孝者を超越した何かになっちまいそうだ。」
ふと、予てからの疑問が過った。
「死んだ記憶もなければ、女神サマに世界を救ってくれなんて頼まれた覚えも無い。寝て起きたら異世界にいた訳だけど、夢に何か見たような記憶も無い。」
嫌だな。此処で何をすればいいのか分からない。神様案件とかだったなら、それをクリアすれば帰れるかもしれないって前向きになれるのに。
兎にも角にも、情報が必要だ。
元の世界に戻るための情報は勿論、この世界での常識とか、超常の力(めっちゃ気になる)について知らないと、怪しすぎるので処刑なんて目に逢いかねない。
出来れば家に帰りたいが、それ以上に死にたくない。
「ひゃっほい!水だ!!」
あれから小一時間ほど歩いただろうか、澄んだ小川を見つけた僕は、脇目も振らずに駆け寄り、勢いそのままに水面に口付けた。
「っあ゛ーー!生き返る!」
空腹は最高のスパイスと言うのも頷ける。
今までに飲んだどんな水も、これの前には霞んでしまう。
これが異世界の水か…!
心なしか喉が潤う以外に、全身に活力がみなぎってきているような気さえしてくる。
「なんか生きる希望が湧いて…。」
…あれ?
なんか世界が傾いて見えるぞ?
クソ、一体ど う い ぅ