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ミーアのターンです
「あーあ」
ミーア・ユーリッヒは暇を持て余していた。
以前であれば、ガートルドの傍で一緒に視察に行ったり授業を共にしていたのだが、最近になってガートルドは多忙になってしまった。
アカデミーの試験も近い、という理由もあるだろうが、ガートルドはアカデミーの他にも王子として城での仕事も多い。
ミーアに時間を割き過ぎたのか、と前向きに考えてみるが、暇なものは暇であった。
ミーアのメイデン国の滞在期間もあとわずか。ガートルドにアピールしてはいるつもりだが、決め手にかけるのはどうしてだろうか。
ガートルドだってミーアが傍にいても嫌な顔はしないが、にこりともしないことには気づいていた。
そもそもガートルドは令嬢に人気である。第一王子が王位を継いでいて、第二王子は騎士団で優秀な成績を収めている。そして第三王子は兄である陛下の補佐を目指しているとは、優良物件であることには間違いない。
きっと他の令嬢からのアプローチや縁談の話だって多いはずなのに、どうして一人に決めないのか。
そしてふと思い出す。いつぞやの回廊庭園で見かけた金の色の令嬢を。
二人の間には、まだ他人のような空気しか流れていなかったのだが、ミーアはガートルドが令嬢に笑いかけたのを見逃さなかった。
彼の事務的な笑顔はよく見るが、気を許した笑顔というのはほとんど見たことがない。
だけどあの令嬢の前ではその笑顔を見せた。
なによ、
なによなによ
ツカツカと靴音がアカデミーの校舎内に響く。
あの令嬢はどこだ。
侍女に聞けば、この国のリックス宰相の娘だという。
年齢はガートルドと同じ。ならばこの階にいるはずだ。
金色の髪と金色の瞳。
ああ、いた。あの令嬢だ。と、アルメティアを見つけた。丁度昼の時間でランチタイムとなるのであろう。
アルメティアはシャニアと歩いていた。二人のあるく先には階段。
そうよ。
もしも彼女がガートルドといい関係になりそうならば、そうならないようにすればいい。
ほんの少し、あの華奢な背中に触れれば、
少しの力で、あの肩を押せば
「ミーア殿下」
突然名前を呼ばれ、パッと振り返るとガートルドがいた。
「お食事ですか」
「あ、いえ…」
何も…と、ミーアは自分の手を凝視する。
ガートルドに、一礼して、ミーアはその場を足早に去った。
自分は今、何をしようとした?
一国の王女ともあろう自分が、他国の侯爵令嬢に手を出そうとするなんて…
かたかたと震える右手を、誰にも気付かれないように隠してミーアは王城の自室へと戻った。
ミーアは、その後すぐに静かに自国へ戻って行った。
そのことを知る者は、意外と少ない。
あと1話で終わります