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ひまわりの憂鬱  作者: ゆずこ
7/9

文章の切りどころが難しく、視点が3転します。


 この国の宰相である、ノーマン・リックスは領地に住まう母からの手紙を読んで愕然とする。



「やはりティアか」


 リックス家には、隔世遺伝として稀に「未来視の力」を受け継ぐ子が生まれるとされてきた。

文献では、建国王の王妃がその能力を持っていた、とされているが、一説では王妃は妖精の愛し子として、その能力を賜ったとされている。その王妃の出身がリックス家である。

それから過去数百年という長い歴史のなかで、能力に目覚めたリックス家の子がいた。王家はその力の存在を秘匿し、悪用されないように王家で守ることに。守る代わりに先見の力で国の安寧と安定を約束した。


 その話は家長に代々継がれていたが、母がアルメティアに話したところを見ると、アルメティアに能力の予兆があったのかと思う。母に尋ねても確証はないが話すべきと思った。とのことで。

ここ何代か力のある子は産まれていなかった。だからアルメティアが未来視をした、と聞いてもどこかで納得してしまっている。


 アルメティアは今年17歳だ。婚約者がいても、嫁いでもおかしくない年齢である。

本人が恋愛結婚をしたいと話していたのもあるし、宰相職に就いているノーマンと比較して家柄や人間性の良い人を吟味していて、めぼしい相手はまだいない。


 しかしここでアルメティアの能力のことを陛下に進言すれば、アルメティアは必然的に王家に嫁ぐことになる。歳が近いのはガートルドだが…。

 

果たしてアルメティアはどう思うか。



 だが、この国の繁栄のため…と王家に忠誠を誓った身としてはそうせざるを得ないのだ。侯爵家に生まれたアルメティアも理解はしてくれるだろう。


 最近まともに顔を見られていないな…父らしいことをしてやりたいが、それが婚約の話になるとは。ノーマンは目頭を押さえたまま自嘲した。




**






「陛下、ガートルド・メイデン参りました」

「ああ、ガートルド。人払いしてある。楽にして良い」

「はい…兄上。重要な話と伺いましたが」


 メイデン国の国王であるエドワードは、自分によく似た夜色の髪の少年を見る。歳が離れた弟故、可愛がってやりたいのだがそれも難しい年頃になってしまった。多感な時期なので、あまり遊んでやるな、と、騎士団に所属しているもう一人の弟に言われているのだが。



「リックス侯爵が令嬢、アルメティアに未来視の能力が出現したと聞いた」

「アルメティアに、ですか」

「ガートルドとは年齢が一緒であったか。早い話、お前と婚姻を結んでもらうことになるが、拒否権はないぞ」

「え、あ、兄上ではないのですか?」



 明らかに動揺している姿も、また面白い。

いつぞやのガートルドの家庭教師から、ガートルドの様子を聞いたことがある。回廊庭園をよく見降ろしており、どうやらリックス家の令嬢を見ている、と。侍従の報告でもここ最近アルメティアと接触することが増えたと聞くではないか。

 

 では優しい兄が一肌脱いでやろう。



「私は今正妃を選んでいるところだからな。リックス嬢はまだ17歳と聞く。圧迫した国事情でもないしそんな若くして正妃になれというのも酷だろう。それにカイルは騎士団で辺境地へ遠征している。どうやら身分を隠して辺境伯令嬢とよろしくやっているようだ」

「…兄上、よくご存じですね」

「はは。消去法だ。リックス家の令嬢とはガートルドが婚姻を結ぶ。令嬢の未来視の能力で何を見たかは未確認ではあるが、確認を急がせている。この能力は悪にもなる能力だ。ガートルドが守らねばならない」

「はい」

「宰相には話をしてある。だが、ゼルドがなあ。あいつは重度の妹贔屓だ。気をつけろ」




 ガートルドはアルメティアによく似た明るい髪の青年を思い出す。夜会でいつもアルメティアに付きっ切りの青年だ。



「気をつけろ、と。もう一件。留学しているミーア殿下だが、どこからどう見てもお前の婚約者の座を狙っている。母にも相談したようだが、女の嫉妬ほど恐ろしいものはない。自分の身とリックス令嬢の身を守ることを優先せよ」

「承知しました」



 ガートルドを下がらせ、侍従を呼ぶ。ミーアの滞在日数はあと2週間ほど。それまでに何も起きなければいいが、とエドワードはガートルドとアルメティアに護衛をつけるよう指示した。





***






「ガートルド殿下の、婚約者、ですか」



 あれだけ、婚約者になることを回避しよう、と心に決めた矢先の話だ。

アルメティアは唖然とした表情で、父を見つめる。



「ああ。申しわけないが、領地の母から教えてもらったよ。先見の能力が開花したようだが…」


 アルメティアはぐっと声が喉につまった。


 そうか、よかった。この能力のことは父も知っていて、一人で抱えなくてもよかったのか。


 久しぶりにまとも会った父は、仕事で疲れているようだったが、心からアルメティアを心配していることがよく伝わった。

 

そしてアルメティアは、婚約者の立場になればこそミーアの嫉妬により命の危険に晒される可能性があることを話した。



「そうか。そんな恐ろしい先見をしてしまったのか。だけどティア、未来視の能力があるということは、王家に守ってもらう必要がある。リックス家と王家の昔からの誓約なんだ。リックス家が能力を使って国に貢献するかわり、王家はリックス家の能力を秘匿し、守る、と。能力を継いでいくにも結婚という形しか取れないのは、許してほしい」




ノーマンはアルメティアの手をそっと握った。

 



「だけど、ティアの命は奪わせない。家族と王家で守って見せよう。だから安心して過ごすんだ」

「お父さま…」





 一人で思い悩み解決口もなく出口のない深い闇に飲まれたままだったが、少し光が見えたような気がした。







 そしてその日のうちに、アルメティアは父と兄と共に登城し、内々でガートルドとの婚約が正式に決まったことをエドワードから直々に告げられた。

エドワードの隣にはガートルドが立っており、アルメティアと視線が交わる。

あんなにも婚約を回避しなければ、と躍起になっていたが、今は周囲が助けてくれる、それだけで安心できた。





「ええと、アルメティア。少し話せないか」


 父はこのまま仕事をしに執務室へ戻り、ゼルドと共にリックス邸へ戻ろうとしたが、ガートルドに引き留められる。断るつもりもなく、承知の旨を伝えようとしたら、隣のゼルドが何とも言えない顔でガートルドを見ていた。



「お、お兄さま…殿下に失礼では」

「いや、良いんだアルメティア。ゼルド殿は昔からカイル兄さんと一緒になってよく遊んでくれていたし…まあ婚約者になった俺をよく思ってないのは手に取るようにわかるよ」

「あー、大人げないのは十分承知だけど、可愛いティアを泣かせたり傷つけるようなことは許さないからね。とりあえず今はティアを守ることが優先だ。年長者として野暮なことはしないよ。二人で話してくるといい。ここはまだ人払いされているし、僕は部屋の外にいるよ。」

「ありがとう、お兄さま」

「ティアに触ったら切り落とす」

「善処します」




 不穏な会話が聞こえたが、ゼルドが部屋から出て行って静寂が訪れる。

アルメティアは遠慮がちにガートルドを見た。




「兄が失礼を…」

「いや、さっきも言ったけど、ゼルド殿とカイル兄さんは歳が一緒でね。幼い頃から騎士団養成所で切磋琢磨していたからか、随分仲が良くなってさ。暇を見つけては俺をよく構ってくれたよ。いい意味でも悪い意味でも」

「まあ…兄はそんなこと一言も話してくれませんでした」

「おかげで俺は体力も剣技もそれなりに鍛えられたけど」



 はは、と笑うガートルドに、アルメティアは心臓がはねた。


部屋の外にゼルドが控えているし、護衛が近くにいるとは言え、ここではガートルドと二人きりである。心臓の音が聞こえやしないか、緊張する。

 すると、ガートルドが遠慮がちにアルメティアの手をそっと握った。




「ティア、と呼んでも?」




これは…



「あ──…君にしてみると、喜ばしい婚約ではないかもしれないが…正直、俺は喜んでいる」





これは、つい先日「見た」。






 ぞくり、と心臓が冷えあがるような。

嬉しいはずの言葉であるが、先見の能力が実証された瞬間だ。

頬は火照って赤みがさしているのは明白である。


しかし、能力が本当のものになったことも大きい。






ああ、嬉しいけれどこわい。



こわい。




ぐい、っと握られていた手を引かれる。アルメティアはそのままガートルドの腕のなかに収まった。


「すまない。君は…俺と婚約をしたばかりに危険な目にあうかもしれない…いや、そんなことは絶対にさせないが」

「で、でん、か…」


ふわりとガートルドの夜色の髪がアルメティアの視線に入る。

知らない香り。

ガートルドが近い。

抱きしめられている。



「ガートルド、と」

「でででですが…」


 抱きしめられて身動きがとれないまま、ガートルドは続けた。



「ティアとの婚約の正式発表は、ミーア殿下の留学が修了してからにする。その方が危険はないだろう」

「ご配慮ありがとうございます」

「二人の時はもっと気軽にしてほしい」

「…わかりました」


 抱きしめられる腕が少し緩み、アルメティアは思った以上に近かったガートルドを前に、視線をさまよわせてしまう。



「先見の能力は、予兆として見えると聞く。だから必ずしもティアが見た結果にならない。君を守らせてくれ」

「ガートルド、さま」

「ティア、俺は君を───」




初めて見たときからずっと好きだったんだ。


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