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「なによ!侯爵令嬢の分際でわたしに意見するの?」
「ガートルド、早くこんな侯爵令嬢となんて婚約破棄しましょう。別にこんな家の後ろ盾がなくても、ガートルドなら大丈夫よ」
「きゃあ!いやだわ、この侯爵令嬢ったらわたしのドレスにぶどう水をかけたわ。せっかくガートルドが贈ってくれたのに…」
「まさか嫉妬?信じられない。ガートルドの気持ちは貴女に向いてすらいないわ」
「ああ、可哀想なアルメティア嬢。あなたはここで命を落とすことになるわ。でも安心して。侯爵令嬢が事件に巻き込まれたら、王都は大騒ぎになってしまうわ。わたしとガートルドの婚約も遅れてしまう可能性もある。だからあなたには事故にあってもらうことにするわね」
「そうね、失意の令嬢、橋から身投げとか?婚約者は真実の愛に気づいて令嬢との別れを切り出そうとする。それに気づいた令嬢は、自ら身を引いた…ってところかしら。文才もあるのね、わたし」
「さようなら。アルメティア」
どん、と体を突き飛ばされて、冷たい水の感触。
息が続かない。
苦しい…
くるしい…
「ティア!!!」
はっ、と呼吸を思い出したように、アルメティアは乱れた呼吸を繰り返す。
ここはどこだ…自室だ。
ゆるりと視線を動かせば、心配そうな兄の顔。
「ゼルドお兄さま…」
「ティア…よかった。心配したよ。パーティのあと、倒れてしまったんだ。丸1日は眠っていたよ」
「1日?」
「父も心配して帰ってきたよ。でも仕事もあるからと登城してもらった。今日は領地から母が来る。もう少しゆっくりするといい」
ゼルドは、アルメティアの目覚めを父に知らせると言い、部屋から出ていく。侍女のガーベラも医者を呼びに行った。
部屋には一人だ。
アルメティアは、ばくばく音を鳴らす心臓に、深呼吸をひとつする。
その瞬間、どばっと汗が出た。
あれは一体何だ?
夢か?
夢にしてはすべてが現実的だった。
あの女性は確実にミーア殿下であり、彼女の言い分では自分はガートルド殿下の婚約者となっているようだ。
まさか。
だけどガートルドにミーアが好意を寄せていることは誰が見てもわかるはず。
なのになぜ自分が婚約者になっていた?それよりもそれがきっかけで悪意を向けられ殺害された。
これは未来の話?
考えろ考えろ…
アルメティアはこの夢のような出来事につながるような事案を思い浮かべる。どんな些細なことでもいい。
すると、数年前に領地へ隠居した祖母が話していたことを思い出した。
リックス家の令嬢は、ごく稀に未来視の力を受け継ぐことがある。
建国王の正妃が未来を見るという不思議な力を使うことができ、王を支えたという。王妃はリックス家に縁がある人だが、もう何百年も前の話だ。その受け継がれる血も随分薄くなったであろう。
しかしそれは公にしてはいけない力。未来視の能力を悪用して富を得ようとするものが現れるから。
なので、代々秘密裏に、語り継がれてきたのだ。
むしろその話をどうして今まで忘れていたのか。覚えていられなかったのか。
まさか自分には関係ない話だと思い、記憶に沈めてしまったのか…。
荒れた呼吸が落ち着いてきたころ、思考もクリアになっていく。
先ほどのビジョンが未来視のものだとしたら、アルメティアはガートルドの婚約者となるのか。
なぜそうなる。そこに疑問が浮かぶが、父が他家からくる縁談を断っている話もあり、そこにつながるとしたら納得いく部分がある。
では、婚約者になったという仮定で、アルメティアはミーアに害され命を落とした、ということになるだろう。
それなら答えはひとつだ。
「絶対に婚約者には、ならないわ」