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シャンデリアがきらきら輝く。アカデミーとは言え大きな会場だ。この人混みは生徒よりも来賓の方が多いのでは、と錯覚できてしまうほどである。
「ティア、こっちよ」
「シャニア!」
扇子で口元を隠しながら、友人であるシャニアの元へ寄る。
「ティア、今日のドレスも髪型もとっても素敵よ。髪と瞳の色でそろえたのね。まるでひまわりだわ」
「ふふ。ありがとう。だって、今日のパーティで運命の人に会えるかも…!そう思うとはりきっちゃった」
「ティアのご両親はこのパーティでお知り合いになったのよね。いつ聞いても素敵な話よ。わたしも政略結婚より恋愛結婚したいわ」
ねー、っと微笑みあっていると、会場がざわつく。主賓の登場だ。
「ガートルド殿下よ」
「今日も凛々しいお姿ね」
「正装も素敵だわ」
「あら…殿下のお傍に控えていらっしゃるのは…」
「先月から国賓として隣国のミーア殿下がアカデミーに通われているでしょう」
「ガートルド殿下とお並びになられて、絵になりますわ」
扇子の向こうで、ご令嬢たちがひそひそ話している。シャニアと議論したかったことが全て解決される会話であった。
周囲の会話に耳を向けることって、とても大事だ、とアルメティアは思う。
パーティはいつになく華やかに、豪華絢爛だった。国賓が来ているからだろう。しかし、会場にいる誰もが若い二人に釘付けである。誰がどう見ようとも、ミーアがガートルドに熱をあげていることは一目瞭然だった。何せ片時もガートルドから離れないのだ。
この分では、ファーストダンスはミーアとだろうが、誰もがガートルドに手を取られ、ステップを踏みたいと思っていた。
「シャニア、これとってもおいしい」
「このデザートもよ」
しあわせ!とつかの間のごちそうタイムを満喫していたアルメティアたち。ふと、邸内のライトがひと段階暗くなり、ワルツの曲が流れた。
「あ、やっぱりガートルド殿下はミーア殿下と踊るのね」
「あら、シャニアったら殿下のこと…」
「まさか!わたしの好みと正反対よ。むしろ殿下とダンスができるってことは、少なくともこの会場で注目の的になるってことよ。ダンスのあとに、殿方からのお誘いがあると思わない?」
な、なるほど!殿下を利用するってことね、とは口が裂けても言えなかった。中央のホールに視線を向ければ、美男美女が軽やかにステップを踏んでいる。
アルメティアは、二人の世界は自分と違う、と改めて実感できた。
ファーストダンスのあと、ガートルド殿下の姿が見えなくなった。逆にミーア殿下は多くの誘いを受けて、次々とダンスを踊っていた。すごい体力だ…。
アルメティアは、ホールの熱気にあてられて、テラスへと出た。大丈夫、邸内騎士もテラスの前にいる。一人にはならないことを確認し、柵に手をついた。
「わあ。星がきれい」
「リックス嬢もそう思うか」
急に家名を呼ばれて、他にも休んでいる人がいることに気づく。
ぱっと声の主を確認すれば…
そこには夜空に溶けそうな、濃紺の髪とサファイヤの瞳。ガートルドだった。
「ガートルド殿下がいらしたとは存じ上げず、無礼をいたしました」
最上級の礼をし、アルメティアはほほ笑んだ。
「いや、いい。俺も夜風にあたりに来たんだ。騒ぎになりたくない。無礼など気にせず、そのままで」
アルメティアは思案に暮れたが、殿下の言葉を無下にするわけにもいかない。
「ありがとうございます…先ほどのお言葉ですが…ガートルド殿下も星を見るのがお好きですか?」
「ああ。執務の合間に見上げることもある」
「そんな、遅くまで…ご自愛ください」
「いや、兄上…現国王の補佐として立派になれるよう邁進しているところだ。そうだ、リックス嬢の父君は宰相であったな。そして兄君は邸内騎士として登城されている。ありがたい話だ」
「もったいないお言葉にございます」
「兄君に関しては、君にへんな虫が寄り付かないようにと、会場でもギラギラしていたぞ」
「えっ!ゼルドお兄さまったら!」
あ、と思わず素が出てしまった。口元に手をあてて、ちらとガートルド殿下を見れば、まさか、笑っていたのだった。
「はは。いいんだ、気にしないでくれ。リックス家のご令嬢と言えば、宰相である父君が縁談をかたっぱしから断りまくっていると、周囲の貴族から抗議の声が出ている。それに兄君も、あれだけ露骨に牽制していては…さぞや愛されているのだろう」
なにそれ…と、アルメティアは頬に熱が集まるのを感じた。まさかわたしの結婚事情を殿下のお耳に入れてしまうなんて…
うう…と、声にならないでいると、目の前にガートルドの手が差し伸べられた。
「どうかな。一曲」
サファイヤの瞳が、邸内からの灯りでキラキラしている。
とてもきれいだ。
アルメティアは笑顔で手をとり、窓から聞こえるワルツに合わせてステップを踏んだ。
「時間のようだ。では、リックス嬢」
優雅に別れの挨拶をして、最後に手をとられた。
流れるように、手の甲に唇の感触。
驚きの隙を与えず、ガートルドは去っていった。
その後自分がどう立ち回ったのか、記憶になかった。リックス邸へ戻った瞬間、アルメティアは気を失い倒れてしまう。騒然となるリックス邸を、静かに月が見下ろしていた。