5 生首の出現
明日香の叫び声を上がり、それが引き金になって、現場は混乱に陥った。彼女は、ぐらりとよろめいて、地面にしゃがみ込むと、
「お父さんが……!」
と言って、呻き声を漏らしながら、頭を抱え込んだ。すぐに真が助け起こそうとする。
「すぐに洋館に戻って、警察に通報しよう!」
という葛城の一言により、由依たちは明日香を起こし、歩いてきた坂道を駆け上ることになった。この場で、携帯電話を使って、通報することもできたが、付近にまだ犯人がうろついているのでは、という恐怖心があったので、とにかく洋館に戻ることにした。
由依は、坂道を登りながら、ちらりと洋館を見上げた。洋館の螺旋階段がある窓の中を誰かが走っているように見えた。しかし、それが何かはっきりとわかる前に、視界から消えてしまった。
(気のせいかな……)
恐怖が幻を見せているのだと、由依は思った。
洋館の玄関に戻ると、もう午後九時を過ぎていた。由依があることに気づいて頓狂な声を上げる。
「おかしい……。ここに安西さんの靴が残っているよ。あの人は出かけたんじゃないの?」
先ほどは気づかなかったが、確かに安西の靴が靴箱に置かれている。恭子夫人は、その言葉に青ざめる。
「まさか……」
「ねえ、安西さんの部屋に行ってみようよ!」
と明日香が叫ぶ。すると真がさも恐ろしげに首を横に振った。
「まさか、安西さんの身に何かが?」
(あるいは……)
安西さんが犯人なのでは、とは由依もさすがに口にできなかった。
その時だった。洋館の玄関のチャイムが鳴った。由依ははっとして振り返る。目の前には玄関のドアがある。同時にまた恐怖心が込み上げてくる。誰かが到着したのだ。
「誰?」
「なんだね。誰か警察にでも通報したのかね」
と冷や汗をかいた葛城がなんだか白々しいことを言う。その場違いな感じから、推理小説だったら間違いなくこいつが犯人だ、と由依は思った。
恭子夫人が怯えた表情で、ドアののぞき穴を覗き込み、ほっとした様子で、ドアを開いた。そこにはさらさらと流れるような黒髪の長身の男性の姿があった。昔の映画俳優のようで、とても二枚目な男性だった。
「哲也君!」
その人物こそ、恭子夫人の不倫相手の伊坂哲也だった。
「すいません。遅れてしまって、先生のマジックはもう終わってしまいましたか?」
「終わってなどいないよ……。まさに今、起こっているところだ」
と葛城が震えた声で、またしても白々しいことを言いはじめる。
「それも史上最悪の奇術がね……」
伊坂は、そんなことを言っている葛城を呆れた表情でちらりと見ると、返事せず、視線を逸らし、恭子夫人の顔を見た。
「今、どういう状況なの?」
「ねえ、哲也くん、落ち着いて聞いて。主人が、あの消失の部屋で殺されたの……。そして、死体が離れの近くで……」
「なんだって。先生が? それで、警察には?」
「まだ知らせていないわ」
「早く知らせるんだ」
伊坂哲也は、じろりと周囲を睨んだ。
「死んじまったものは、急いだって変わりゃしないさ」
と葛城が熱でもあるのか、また白々しいことを語り出した。彼は混乱している様子で、ふらふらと揺れながら、伊坂の顔をじろりと睨んだ。
「四谷黎斎は呪い殺されたんだ……。そうでもなけりゃ、あんな不思議なことが起こるはずがない……」
「ちょっと黙っていてください!」
恭子夫人が怒鳴ると、今度は明日香が狂ったように笑い出し、それは次第にわっと泣き声に変わった。
このままではまずい、と由依は思った。そして、一歩前に出る。
「みんな落ち着いて。安西さんの靴がここにある、ということは、彼はまだ館内にいるはずでしょ?」
由依は、この混乱の状況をまとめられるのは自分しかいないと思って、自信ありげに言った。
「警察への通報は恭子さんに任せて、わたしたちは安西さんの部屋に行ってみようよ」
その提案に葛城が震える。そして、ふははっと笑い出す。
「また死体が転がっているかもしれんぞぉ」
「馬鹿なことを言うな!」
と伊坂が怒鳴る。
ここで、恭子と明日香の二人が警察に通報することにして、残りの人間は、安西の部屋へと向かった。
安西の部屋のドアは内側から鍵がかかっていて開かなかった。内側から閂がささっているのに違いない。ということは、誰かがこの部屋の中にいるということだ。
伊坂が激しくノックする。
「安西さん。起きてください!」
すると、しばらくして室内から、ゴトっと物が落ちる音がして、少しして男性の悲鳴が聞こえた。そして、ドタドタと慌てている嫌な物音がして、ドアが開かれた。
そこには蒼白の表情を浮かべた安西がいた。由依は、一体、どうしたのだろう、と思って、安西の背後を覗くと、そこに男性の生首が転がっていた。先ほど消失の部屋の鍵穴から見た、苦悶を浮かべた四谷黎斎の顔なのだった。
*
恭子夫人の通報により、八王子署の警察官たちが到着したのは、この直後のことであった。遅れて、警視庁の尾形警部たちが到着し、由依たちは、警察による執拗な事情聴取を受けることになった。由依のアリバイははっきりとしていた。ここで一旦、由依の回想を終えることにする。