11 驚くべき真相
羽黒祐介は、消失の部屋にたどり着くと、三人を前にして、説明を開始した。
「まず、安西さんは犯人ではありません。なぜなら、安西さんは生首のある部屋で睡眠を取っていたからです。犯人ならば、生首を捨てる場所は山の中にあるのに、わざわざ部屋の中に隠す必要はありません。現に、凶器の斧は山の中に捨ててありました。これだけでも、犯人の行動としてはかなり不自然なのですが、さらに不自然なのは、内側から鍵をかけていた、と自ら証言している点です。犯人ならば、このようなことは言わなければいいだけの話です。鍵をかけていなければ、誰でも生首を持ち込むことができたからです。しかし、それを隠さなかったのは、安西さんが犯人ではないからです」
「なるほど、なるほど……」
尾形は納得しているようにしきりに頷いた。
「安西さんが犯人でないとすると、誰が犯人なのでしょう。関係者の中で犯行が行えるのは、伊坂さんだけです。なぜならば、食堂で食事をした人びとには、殺人を行い、離れと奇術邸を行き来するだけの時間的余裕がありませんでした。つまりアリバイの観点から犯人は、伊坂さんしかいないのです。
さらに、明日香さんや由依ちゃんが証言している通り、伊坂さんは安西さんの部屋の前で「起きてください」と発言しています。室内で彼が睡眠を取っていることを知っていたのは犯人だからです。
そして、これがもっとも重要なのですが、これから僕が話すトリックを実行できるのは、マジシャンであり、黎斎とすり替われる伊坂哲也さんしかいないのです」
「そのトリックとは……?」
尾形警部がぴくりと口を動かす。
「伊坂哲也さんがどのようなトリックを使ったのか、お話しする前に、四谷黎斎がどのようなマジックを披露するつもりだったのかをお話しするとしましょうか。黎斎は、消失の部屋から煙のように消失し、食堂に現れるつもりだったのです」
「一体、それはどんなトリックだったのですか?」
「この消失の部屋のマジックは、偽の部屋をこしらえることと、鉄仮面の怪人のすり替わりを中心にできています」
「なんですって。偽の消失の部屋? そんなもの、どこにあったというのですか?」
「こちらの図をご覧ください」
祐介は、消失の部屋と、長い廊下の図を出した。
「偽の消失の部屋があったのは、ここです!」
祐介は、消失の部屋の前の廊下を指差した。尾形は意味が分からず、祐介の顔を見る。
「どういうことですか?」
「黎斎は事件当日、消失の部屋とそっくりの空間を用意したのです。偽の消失の部屋ですね。つまり、由依ちゃんたちが八時頃、消失の部屋と思っていたものは消失の部屋ではなかったのです」
「どういうことか、たとえば、由依ちゃんにも分かるように説明してください」
と尾形は言ったので、由依は、
(なんで、わたしだけ付いてこれてないみたいになってるんだよ!)
と心の中で叫んだ。
「簡単に言うとこういうことです。由依ちゃんたちが八時に入ったのは消失の部屋ではありません。扉のセットと白い壁で仕切られた廊下の一部だったんです」
「なんだって!」
「あらためてこちらの図を見ると、消失の部屋は大変、変わった作りをしています。廊下と部屋の横幅が同じなのです。そして、壁は白いだけで装飾はなく、鉄格子のある窓は廊下にもついている。ここで、白い壁と扉で仕切りをしてしまえば、ここにもう一つ部屋ができることになります。
おそらく長い廊下は、黎斎がこのマジックを披露するために改築したもので、この廊下の長さが、距離感をあやふやにしていたのです。
また、この錯覚を実現したのは、由依ちゃんの話の中にも出てきたように、ランプのような照明と蝋燭だけの薄暗い環境のおかげでもあります。このお化け屋敷のような環境が、心理を惑わし、空間の異変を気づかせないようにしてしまったのです。
地下室の物置には木製の扉のセットと、白い壁の仕切りがありました。この扉はまず、由依ちゃんの話の中に出てきます。テレビで黎斎がマジックを披露していた時にも、この木製の扉が出てきて、尾形警部の話の中にも、地下室にこの扉が出てきたものです。そして、この扉の外見は消失の扉とそっくりでした。それでこのトリックに使用されたことを確信したんです。実は僕が、地下室の床を調べていたのは、埃の跡を調べるためです。結論から言いますと、あの木製の扉のセットは最近、動かされた形跡があります。それだけじゃなく、僕は元々、この扉のセットは、離れの物置に置かれていたのではないかと思いました。というのは、離れに同じような緑色の扉があったからです。同じ種類の大道具なら、同じところに保管されるのが普通です。そこで床の埃を調べたところ、そこに扉と壁のセットが置かれていたことが判明したんです。離れから奇術邸にこれらが移動されているという事実から、これらがマジックに使用された可能性は極めて高いと思います」
祐介は紙にトリック図解の絵をさらりと書いた。
「この偽の消失の部屋で、黎斎が、人間消失を遂げるのは簡単です。奥の本物の消失の部屋に隠れれば良いだけのことです。黎斎のマジックはこのようなトリックだったんです」
「なんということだ……」
「そこで、黎斎は、あらかじめ録音していた音声を流し、食堂に誘導します。黎斎に扮した安西さんが出迎えるというマジックなんです」
真は頷いて、図解を見つめている。
「それでは、犯人はこのマジックをどのように利用するつもりだったのでしょうか。手かがりがあります。事件当日、窓の鉄格子の留め具が緩められていて、それを黎斎と安西さんが締め直した、という出来事を思い出してください。あれは犯人が行ったことだと考えられますが、何のためだったのでしょうか。実は犯人は、窓から死体を運び出したように見せかけるために、窓の鉄格子の留め具を外しておくつもりだったのです。ところで、鉄格子を完全に外してしまうと、黎斎がマジックの前に異変に気づいてしまいます。そこで犯人は留め具を緩めた状態にしておいたわけです。つまり、犯人ははじめから人間消失や死体消失を演出するつもりはありませんでした。
犯人が想定していたのは、こういうシチュエーションです。一同が、鍵穴から覗き込むとそこに黎斎の死体があるが、部屋に入るとそこには怪人もいなければ死体もない。この段階では、窓の鉄格子は閉まっていると思われている。しばらくして離れで死体が発見される。頭部は、安西の部屋の棚の中から見つかる。あとで警察が調べると、消失の部屋の鉄格子の留め具が外されていたことが分かる。この状況だと、犯人は窓から死体を運び出し、離れに運び、そこで死体の首を切断し、頭部を安西の部屋に運び入れたことになります。その所要時間はおそらく二時間以上になるでしょう。すると、あのタイミングで現れた伊坂哲也にはアリバイがあるということになります。つまり、これはアリバイ工作だったのです。
これに対し、睡眠薬を飲まされ、自室で眠らされていた安西さんにはアリバイが生じにくい。他の人間は、安西さんは外出したと思っているので、探しにくることもありません。つまり、安西さんに濡れ衣を着せることができるわけです。玄関の靴は誤算でした。
ところでが、鉄格子の留め具の緩みに黎斎は気づき、これではマジックにならんだろ、と安西さんと締め直してしまったわけです。結果、犯人には鉄格子を外す時間的な余裕もなくなり、摩訶不思議な人間消失という状況が出来上がってしまったわけです」
由依は、へえーっと感心して頷いた。
「さて、四谷黎斎は、六時以降に犯人に離れに呼び出され、殺害されました。殺害場所は、あの離れの一室だったと思います。あの部屋は、消失の部屋と似ています。犯人は、その部屋に蝋燭を立て、消失の部屋に見せかけ、スマートフォンで死体の映像を撮影したのです。この映像はあとで使用します。その後、彼は黎斎の首を切断し、胴体を離れの玄関前へと移動しました。死体がまったく見つからないと困るので、街灯の照明をつけました。そこから生首を持って、安西の部屋の棚に入れにいきます。安西さんが部屋に戻る前のことです。
さて、伊坂さんはその後、すぐに鉄仮面をかぶり、黎斎に扮して、一同の前に現れます。そして、消失の部屋に案内し……これは実は偽の消失の部屋なのですが……ここに入ったわけです。そして、これがトリックなのですが、鍵穴の前にスマートフォンを構えて、離れの死体の映像を流し、室内に黎斎の死体がある振りをします。つまり、由依ちゃんたちが鍵穴から見た死体のある室内は、離れの映像だったのです。そして一同がざわめき、恭子さんが鍵を取りに行く間に、犯人はスマートフォンをしまい、奥の本物の消失の部屋に隠れたんです。
一同は、これをマジックと思い込んでいるために、通報することもできずにいます。そして、一同は録音された音声にしたがって、食堂にゆくはずでした。ところが、犯人にとって予想外のことが起こりました。窓から胴体が見つかってしまったのです。あそこには木が生えていて、離れは見えないはずで、したがって死体発見はもっと後になるはずだったんです。ところが台風の影響で木が倒れて、離れが一望できるようになっていた……。
胴体がすぐに発見されてしまったことで、死体が瞬間移動したように思われてしまいました。そして一同が離れに走って向かっている間、犯人はエレベーターを使い、扉と白い壁のセットを地下室に戻さなければなりませんでした。この時、走りまわっている犯人の姿を由依ちゃんが目撃したのです。と、同時に自分が被っていた仮面も、DNA鑑定などをされる恐れがありますから、どこかに隠さなくてはなりませんでした。
それらを終えた伊坂は、今到着した振りをして、玄関に現れたわけです」
「なるほど。大変なトリックですな。それで、その鉄仮面は証拠になると思うのですが、どこに隠したのですか?」
「考えられるのは、あのガラスケースの黒い台です。見た目のわりに重いですからね。あんなところに鉄仮面が入るわけがないと思いますが、そこはマジックの小道具です。持ってきてください」
祐介は、そのガラスケースの台を持ち上げ、横の蓋を開けると、そこから折りたたまれた鉄仮面を取り出した。
「鉄仮面は、こんなところに入るわけがないと思うと、この台は完全な盲点になります。しかし、鉄仮面は、このように平らに折りたたむことができたわけです」
見ると、鉄仮面は四つのパーツから出来ていて、それらは蝶番によって、動くようになっていた。それらを動かすとほとんど平らになってしまう。
「なるほど、それでは、早速、その鉄仮面はDNA鑑定にまわそう。誰が着用したか、判明するはずです。そして、離れの部屋のルミノール反応も調べましょう。あそこが殺害現場だと分かれば、指紋なども証拠になるはずです」
と尾形警部は言った。これで、事件の謎が解けたのだ、という感慨に浸りながら……。