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御子の出現  ※ユーノ視点

ーーーピチチッ、チチュン


外でチルマーの鳴く声が聞こえる。もう朝か……。そっと目を開けるとカーテンから漏れ出る光が部屋の中を明るく照らしていた。


(今日はオースティン王国の使者の謁見と国境の警備に関する会議、それから……)


今日の予定を頭の中で組み立てながら身支度を整える。他国の王族貴族とは違ってジルヴェスター王国では身の回りのことは自分でするのが一般的だ。侍女がすることは掃除や配膳といった家事のみ。ただでさえ鼻のきく獣人はパーソナルスペースが広く、生理的に気に食わない相手というのは一定数いる。自分で出来るなら自分で。それが獣人の常識だ。



ーーコンコン、

「おはようございます。ユーノ様。朝食をお持ちしました。入室してもよろしいでしょうか?」

「えぇ、どうぞ」

「失礼します」


侍女が朝食を載せたカートを引いてきた。朝食だけはゆっくりと食べたいために、部屋に運んでもらっている。


「本日のメニューはブロット、ザラーテ、シウのコンフィ~ラズソース添え~、カルトのブターのせ、キルシェでございます」

「ご苦労さまです。」


給仕が終わった侍女は黙礼して退室する。時間をかけながらゆっくりと食事を楽しむと、ちょうど食べ終わった頃合に侍女が食器を下げに来たので彼女に任せ、執務室へ向かうことにした。



「おはようございます。ユーリ様。本日のご予定は−−−となっております」

「あぁ、分かった。」

「他にも以前あった外交関係の書類や意見書など早々に処理すべき事案が溜まっております」

「はぁ……やれやれ。なぜこうも問題ばかり起こるのか…………ユーノ、代わるか?」

「変わりませんよ、兄上。私はとうに王位継承権を放棄していますので」

「…………仕方がない、やるか」

「ええ、是非ともその心意気でお願いしますよ、ユーリ様。」

「ときに、ユーノ。例の件はどうなっている?」

「現在、五大アデールを含む調査団を発足し、解明に当たらせていますが、未だ究明には及ばず……」

「そうか……致し方ないな。なにせ過去に前例がないのだ。引き続き調査に当たらせろ」

「かしこまりました」


近年、獣人の出生率が大幅に減少している。原因は分かっていない。結婚率が下がった訳では無いのに出生率だけがガクンと落ちたのだ。このままいけば、種の存続に関わる。一刻も早く原因を突き止め、解決せねば。



*****


オースティン王国からの使者との謁見は、恙無く終わった。両国の友好関係の確認のようなものだ。交渉事ではなかったため、予定通り進んだ。


(さて、次は国境の警備に関する会議、か……。兵力も備品も充分に回っているはずだが、何を要請されるのやら……)


そんなことを思いながら会議に使う資料を片手に王の執務室へ向かっていた時だった。


「ん?」


子どもが、居た。このフロアのこの区域は護衛のための兵と給仕の侍女・執事を除いて、トップしか入ることを許されていない。勿論、子どもが入り込めるような甘い警備ではない。明らかに異様な存在だった。


ーーてちてちてち……


裸足のせいか、気の抜ける足音を立てながらキョロキョロと周りを見渡している。

(可愛らしいな……まだ幼いから歩幅も小さく、短い足を必死に動かして歩く様はミルペのようだ……)

どう見ても害を成せるような存在ではないだろうが、それでも放置するわけにはいかない。後ろから近づくと影がかかったのに気づき、子どもが振り返った。


(っ!!獣性が……ない?そんなまさか……)



振り返った子どもは薄紫色の髪に大きな蜂蜜色の瞳。ノースリーブの白いワンピースから覗く腕はむちむちとしていて柔らかそうだ。一見女の子に見えるが、アンクレットを付けていないことから、どうやら男の子らしい、と推測した。



「こんにちは」

「あ、あの……。」

 

獣性を探して顔をまじまじと見てみるが、鱗などもない。

(そんなことがあり得るのか?いや、思い当たるのが1つ…)


「あぁ、すみません。こんなところで一体どうしたのですか?」


遠慮のない視線に子どもが不安そうな顔色を浮かべたので慌ててしゃがみ目線を合わせる。


「ぼく、迷子で……。」

「なるほど。では、一緒にお父上を探しましょうか。あなたのお名前は?」

「り、りお、でしゅ…」

「リオくんですか。可愛い名前ですね。お父様上のお名前は分かりますか?」

「…え、えっと……」


1人称からして男の子という推測は当たっていたらしい。限りなくゼロに近いが、襲撃者という可能性を考えて、万が一の時すぐに防御結界を張れるよう詠唱をいくつか頭に思い浮かべながら会話していると、


「ごめんなしゃいぃっ!」

「あ!リオくん!?」


リオくんがクルリと背中を向け一目散に駆け出した。とっさに結界を張り逃げられないよう囲った。……つもりだった。リオくんは結界をすり抜けて走って行ってしまった。

(そんなまさか…!結界が張れていなかった?)


確認してみるが、いつも通りきちんと張れている。ということは…。

(なるほど、『御子』、ですか。この国に遣わされるのはいつ振りでしょうかね…)

御子に魔法は一切効かない。本人がそれを受け入れた場合は別だが、それ以外の場合は無効になる。

(長年この国は大きな問題も起こらず、世界も手を出してこなかった。しかし、『御子』が遣わされたということは、やはり例の件か…はたまたこれから何か起こるのか…)

しばらく考え込んでいたが、答えは出そうにない。それよりも逃げてしまった『御子』を保護することが先決だ。

急いでユーノ様に事情を話し近衛騎士団の1部隊を動かす許可を乞う。

「ユーノ様。『御子』が現れました。」

「何?」

「しかし話していたところ、逃げてられてしまいまして。近衛の一部を動かす許可を頂きたいのです」

「…いいだろう。許可する。……お前が怖い顔で詰め寄ったから逃げたのではないのか?」

「ご冗談を。……そのような大人気ないことは致しません。近衛をお貸しいただき感謝致します。早急に保護できるよう最善を尽くします」

「あぁ、今度は逃げられないようにな」

「はい」


「――という経緯がありまして、『御子』の保護に協力していただきたいのです。おそらく、このフロアからは出ていないでしょう。『御子』はおよそ3歳くらいのお年で白いワンピースをお召しになった薄紫の髪の方です。…なお、御子に関する一切のことは口外致しませんよう、くれぐれもよろしくお願い申し上げます…それでは解散」


 さて、私にできることはもうない。近衛たちの報告を待つのみだ。報告を待つ間に自分の仕事をこなしていく。議会にかけるもの、私の権限で許可を出せるもの、奏上する報告書に不備はないか、近隣の国の時事など次々に書類に目を通していく。近衛から『御子』が見つかったと報告を受けたのは机の上の書類を3分の2ほど片付けた時だった。

(随分と時間がかかったな…。まあ魔法に頼らず人力で探したのだから仕方ないか…)

 至急来て欲しいという報告を受けて向かったのは、侍女ですら滅多に入らない予備の備品や使われなくなった家財を置いておく部屋。

(どうりでなかなか見つからないわけだ…)

入室してすぐに数人の近衛の背中が見えた。どうやら座り込んでいる『御子』を囲んでいるらしい。もしや怪我でもして動けないのかと慌てて近づくと、『御子』は寝息を立てていた。


「…ぅんー??なぁにー?……だれぇー?」


  完全に目が開ききっておらず、半分夢の世界にいるらしい。


「リオくん。リオくん、こんなところにいたんですか?寒かったでしょうに…。ほら、こんなに体も冷え切って…」

「…んんみゅぅー……」


 いつまでもこんなところにいさせるわけにはいかない。客室まで運ぶために抱き上げると、触れ合った肌がひんやりしていた。少しでもマシになればと、自分の上着を脱いで『御子』を包む。シャツ越しの体温を感じたのか擦り寄ってきたその様子がとても愛らしかった。

近衛兵を解散させ、1等級の客室まで運ぶ。『御子』はベッドに寝かせたときにはすでに夢の世界に旅立っていて、少し頭を撫でた後、名残惜しく思いつつも残りの仕事を片付けるべく、執務室に戻った。


チルマー=すずめ

料理名「あれ?」と思われた方、その通りです(笑)



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