ぼくは『御子』!?
――した!――とーにいーーーーか!
ガヤガヤと男の人の声がする。
「…ぅんー??なぁにー?……だれぇー?」
無理やり深い眠りから引き上げられたから頭が完全に起ききってない。ぼやぼやするぅー…。
「リオくん。リオくん、こんなところにいたんですか?寒かったでしょうに…。ほら、こんなに体も冷え切って…」
「…んんみゅぅー……」
体がふわりと浮いて、ほっぺに固い制服のような感触がする。なんとなく居心地が悪くてもそもそと動いていると、制服の上着を脱いだのか、今度はワイシャツのようなサラサラした感触になった。その布越しにじんわりと伝わる熱が心地よくてスリスリと顔を擦り付ける。さらに脱いだ上着で包んで抱っこしてくれているようで、前も後ろも暖かい。この人は誰なのかとか、逃げなくちゃ、とか全部どうでもよくなって、今はこの安心できる温もりの中で眠りたい。
とろとろと意識が沈んでいくー。きっと次に起きたときにはどうにかなる。そんな根拠もない考えは水と混ざるように溶けていったーー。
*******
「………ん、んー?」
すごぉくよく寝た気がする…。寝すぎのせいか頭はぼんやりするものの、眠気はすっかりなくなっていた。
「ここ、どこ…?」
なんか同じような状況にさっきも遭ったような…。周りをキョロキョロしてみると、最初に落ちた部屋とは違うらしい。さっきよりも部屋が広いし、家具が深みのあるモノトーンで統一されていた。ひ、ひとまず起きよう…!
…………で。なんでこうなるのかな…。起きようと決意してから5分。ただ掛け物から出とうとしただけなのに、気づけばシーツに絡まっている…。最初はちょっとずつ頑張っていたけど、だんだん疲れてきて闇雲にシーツの中で暴れてみる。
「っうぅにゃあぁぁぁぁっぁぁぁっっっっっっ!!!」
だめだ…全然出られない。というかむしろ悪化しているような…。
――くすくす
絡まるシーツを蹴飛ばしたり引っ張ったりしていると小さな笑い声が聞こえてきた。
「ふぇ…?」
「あぁ、笑ったりしてごめんなさい。頑張ってシーツを剥がそうとしている姿があまりにも可愛らしくて。…ふふ」
眠りに落ちる前、どこか夢うつつで聞いた柔らかなテノールボイス。驚いて硬直しているとシーツをかき分けて目の前からにゅっと腕が伸びてきた。おとなしくしているとそのままシーツから助け出してくれる。
「はふぅ…」
新鮮な空気が美味しいぜ……。
「おはようございます。まあ、おはよう、というような時間でもないんですが…よく眠れましたか?」
額に張り付いた前髪を優しく指で掻き上げてくれる。
「あい…ありがとごじゃいましゅ」
「はい、お礼が言えるなんてとってもいい子ですね」
――なでなで
気持ちよさについ目を細めてその手に擦りよる。カーテンがひかれ、薄暗い部屋の中では、その声の持ち主なんてほとんど見えていないのに、なぜか怖くなかった。そのまますりすりしていると、
「――――――――」
その人が口の中で何かを唱え、薄暗かった室内が急に明るくなる。
「っ!?」
な、なんだ!?眩しいっ!
「おや、すみません。いきなりでびっくりしましたね」
「だ、だいじょうぶでしゅ…」
いきなりの明るさに驚いてベッドの上で丸くなっていた僕の脇の下に手が入れられ、そっと抱きかかえられ、ベッドに腰掛けたその人の膝に座らされた。
「さて、自己紹介が遅くなりましたが、私はこの国の宰相をしております、ユーノ・ケルツヴァインと申します。ユーノ、とお呼びください。」
「あい。ゆーのしゃん」
「いい子ですね。さて、いろいろとお聞きしたいことがあるのですが、その前に1つだけ。リオくんの獣性はなんですか?」
「じゅうせい?」
「えぇ。獣性とは生まれ落ちた瞬間からその者の身体に現れる動物の特徴です。例えば私なら、見えるところで言いますと、このウサギの耳ですね。必ず皆、見えるところにこの獣性が現れるはずなのですが、リオくんにはどうも見当たらず…。」
「……ゆーのしゃん、ぼく、じゅうせいわからないでしゅ……」
「わからないない…とは?」
「ぼく、きじゅいたらこのおしろにいまちた」
「なるほど……。そういうことですか。」
「え?」
「実は最初に城の廊下でリオくんを見かけたときから、普通ではないと思っていたのです。あの場所は王の執務室がある第五区。決して子どもが入り込めるような場所ではありません。強力な転移魔法の阻害結界も張り巡らされていますから、転移魔法での侵入は不可。さらに、この国では子どもは貴重で、ある程度大きくなるまで外に出すことはほとんどありません。誘拐でもされたら大変ですからね。極め付けは獣性です。本来獣性が見られないということはあり得ないことなのです。…考えられるのは、リオくんが世界から呼ばれた『御子』という可能性のみです。」
「みこ…?」
「えぇ。先ほども子どもが貴重と言いましたが、出生率は年々低下しており、5組の夫婦に一人の子が望めるか否かくらいなのです。もちろん、それでは全人口も減少の一途を辿り、国や世界が回らなくなってしまう。そこで世界は、百年に一度、『御子』をこの世界に送り込むのです。『御子』は言うなれば世界の意思の代理人。『御子』は世界がうまく回るように、特殊な力を持っています。例えば、先代の『御子』は天候に影響力を持っており、日照りを解消したり、大雨を止めることで川の氾濫を防いだりといったご活躍をされておりました。」
「で、でも、ぼくがほんとうにその『みこ』かはわからないんじゃ…?」
「いいえ、リオくんは間違いなく『御子』であらせられます。なぜなら、獣性がない、ということが『御子』の特徴の1つだからです。そして、足にある紋。これは『御子』の証として世界が刻む特殊なものなのです」
「もん?」
「ほら、ここにーーー」
「ひゃっ」
ユーノさんが白いワンピースの裾をちょこっとめくって内腿にある入れ墨のような紋をなぞってきた。びび、びっくりして変な声出ちゃった…。
「さあ、ここまでで何かわからないところはありますか?」
「ないでしゅ…。」
「そうですか。それは良かった。これから、リオくんは『御子』として保護されることになります。と言っても、お城に住んでもらうだけで基本的には自由ですから、何も心配することはありませんよ。何かあったら遠慮なくいってくださいね」
「あい」
「それでh「きゅるるる〜」………」
お腹の虫よっ!なぜ今鳴るのだ…。は、恥ずかしい…。咄嗟にお腹を抑えるものの、なってしまったものはどうしようもない。膝の上に座っているのだから、ユーノさんにも聞こえてしまっただろう。
「ふふ。お腹が空きましたね。丁度いいので部屋付きのメイドの紹介がてら、夕食にしましょうか。」
「…あい。ごめんなしゃい…。」
ぽんぽんと軽くぼくの頭を撫でてユーノさんは部屋から出て行った。