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輪廻物語  作者: 恥丸
ブブドゥルク編
7/8

わたくしといふ現象は

仮定された有機交流電燈の

ひとつの青い照明です

(あらゆる透明な幽霊の複合体)

風景やみんなといつしよに

せはしくせはしく明滅しながら

いかにもたしかにともりつづける

因果交流電燈の

ひとつの青い照明です

(ひかりはたもち その電燈は失はれ)

――――宮沢賢治著『春と修羅』より




 

 こんなにも自分はちっぽけな存在とは思わなかった。


 まるで、宇宙の塵。

 

 コーヒーにミルクが混ざっていくように、精神は空間へと混ざり合いながら漏斗されていく。自然への回帰なんてものじゃない、同一であることを悟らしてくれる。

 



 戦闘で大破し、戦場に置き去りにされてから恐らく一年になる。

 八ヶ月までは、なんとか電気系統の予備電源が生きていたのだが、やがてパワードスーツはそのまま棺桶になった。

 目を開けても閉じても暗黒しかない。

 手足を動かすことも出来ず、バイオスーツによる生命維持機能だけが俺に地獄を提供し続けてくれる。


 かつて、地球では即身仏なる文化がニッポンであったようだ。

 それに比べれば、肉体的苦痛は無い。だが、死という終わりがないので精神を蝕まれていく。


 まず襲ってきたのは孤独という不安だ。

 モニタに映る赤文字のSOS信号だけが気を紛らわしてくれた。

 だが、送り続けて数ヶ月、いつまでも救助に来ないので諦めた。


 次に、生きているという実感が薄れていく恐怖。

 メインカメラから送られてくるヒビ割れた外の映像を眺め、星々の明滅に心を動かしていた。

 しかし、飽きという感覚麻痺により、無関心に陥る。

 記憶を呼び起こし、楽しかった思い出などを夢想したりもしたが、これもまた飽きる。

 プツっと予備電源に切り替わった瞬間、焦りという感情に襲われて久しく実感できなかった生きていることを確認した時は涙さえ流したが、次第にこの予備電源もなくなるということを考えると、悲壮感に襲われ、自暴自棄になった。


 予備電源がなくなった時は、それはもう筆舌に尽くしがたい。

 半狂乱になって身体を動かした。

 だが、パワードスーツはもう動かない。俺を覆う拘束型棺桶になった。



 呼吸に意識を持っていくことと、汚い話だが、バイオスーツに垂れ流す糞尿の時間だけが、まだ生きていたのかと呆れる瞬間だった。

 自己完結生命維持スーツがこの悪魔的なバイオスーツの名称だ。

 兵士が恒久的に戦闘できるように開発されたもので、その言葉通り、生まれた時から肌身離さず一緒だった。

 もはや、こんなものはいらない。

 頼む、死なせてくれ。


 そういえば、神という概念があったな。

 もし神がいるなら、そいつは悪魔だ。

 こんな生き地獄にいるというのに助けもしない。

 きっと、俺なんかどうでもいい存在なのだ。

 人間がそんな悪魔を捨て、科学を信奉するのも頷ける。

 

 だが待てよ。

 科学というものを信奉したせいでこの状況なのか?

 

 ああ、もうどちらにせよすべて悪魔だ。


 誰でも良い、助けてくれ……。




 ……。


 何も無い。


 感覚も、思考もない。


 宇宙という母胎のなか、真空の羊水に浮かぶ思念体。


 生きてるのか、死んでるのかわからない。

 そこまで来ると、心は安らかである。


 何故なら、その心さえ無いのだから。


 何も無いといっても、要素は有るようだ。

 だが、まとまりがない。


 誰か、気づいてくれ。


 ここに私はいるということを。


「……」

 私を見つけてくれ。

「……」

 あるべき姿へと観測してくれ。

「……」

 私は。

「……ッ」

 見つけてくれたことに感謝を捧げたい。

「……ッ!」


「目を開けたねぇ」


「しっかりして!」





 意識と思考が繋がるまで時間を要した。

 天井に描かれた模様が星型の印だと分かり。先程から誰かを呼んでいることにも気づく。

 いま、自分は、顔だけ出る形で水に浸されているようだ。

 

「……あ……あ……」

 おかしい、言葉が出ない。

 ここはどこだ。

 

 視線を動かすと、私の顔を覗き込む人の顔が見えた。

「こりぁ悪霊が入ってるさね。ふむ……」

 目の周りだけを白く化粧した、皺くちゃな顔をした爺さんとも婆さんともつかぬ人がそう言った。

 若い娘が血相を変え、その人に言い寄るようにしている。

「どうにかならないの?!」

 服の襟を装飾品ごと掴む。

 その手に覆いかぶせるように、木の枝のような指をした手が被さった。

「落ち着きなっせぇ、嬢ちゃん。魔族にツテがあるとね」

 顔の輪郭をさすって続ける。

「ただねぇ、この傷どうにかせにぁあかんよ。そっちのほうが悪魔祓いよりも先決だねぇ」

 その言葉に娘は襟から手を放し、私の方へと視線を送る。

「そうね……治るのかしら……?」

 白化粧から、ヌッと目が開いた。

「薬湯に浸かってればすぐ塞がるさぁ、後は、悪霊が自然に帰るか……魔界に行って森の人に知恵を貰うこったね」


 娘は、森の人という言葉に戸惑いを覚えたようだ。

「オースの奴さんらがいる手前、魔界には行きづらいとねぇ。交代時期までブブいるといい。それともカンジュナの医者に診てもらいにいくのも良い。そこは嬢ちゃんの自由とね」

 

 夢見心地の頭は、しっかりと記憶を取り戻してきた。

 俺の名は……。

「ああ、ああ……あ」

 この娘も見たこともある。確かマーリヤ。ウルダの村で盗みを働いていた小悪党だ。

「あああああ、ううううああ」

 くそ、声が思う通りに出ない。


 マーリヤが心配そうに声をかけてきた。

「大丈夫、落ち着いてイノク!私がなんとかするから安心して!」

 

 一体なんなんだ。

「はぁ……はぁ……」

 息苦しい。

「傷が癒えるまで、安静にして……」

 そうか、確かオオカミモドキに襲われて……。

 なんとか一命をとりとめたのか。

「元気じゃの。んじゃね、ワイは戻ってるよ」

 老人はそう言って、階段を登って出ていった。

 マーリヤの方は、俺の傍らに座っている。

「私のはじめての友達、絶対に失いたくない……森の人、エルフなら……」

 そう言って、力尽きるように頭を垂れた。


「……」


 どうも、この宙に浮いて手足が動かせない感覚は落ち着くようで嫌な感じだ。さっきまで見てた夢に原因があると思うのだが思い出せない。

 とりあえず、こうしていれば良いというのは分かった。


 俺は、目をつむり、湯の中の水が流転している感覚に身を委ねた。

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