処刑
ウルダ国のいちばん長い一日が始まる。
城の広間、国衛隊が王と対面していた。
新たに王城へと国衛隊が突入してくる。入り口を塞ぐよう展開すると、すぐさま弓を引いた。
あろうことか、主人たる王に。
そして、国衛隊は躊躇なく矢を放つ。
軍部を象徴する式服に幾本もの矢が刺さる。ゆっくりと赤く染まっていく衣装。僅かに上る断末魔の悲鳴。それから遅れて、彼らは崩れるように倒れ伏した。
「死しても王を守れ!」
軍部の将軍が、大声をあげた。
その号令に、軍人たちは王を護衛するために陣形を組む。
陣形を組んだ軍人は、国衛隊を阻む。
ダビドの一回忌、これは非武装で参列するのが決まりである。故に軍人は帯剣していなかった。それに対して新たに突入してきた国衛隊は、武器を持っている。
王の盾である国衛隊が、剣を王に向けている。由々しき事態だ。
「王よ気を確かに!」
王と将軍、それに幾人かの軍人は、陣形を組む部下たちに守られながら、王宮に繋がる扉へ歩を進める。
王宮には、反乱に怯えた侍女たちが、部屋の片隅に固まっている。
王の私室へとたどり着く。
だが、部下たちを突破した国衛隊も一行を追っていた。
部屋の扉を閉じて、侵入を防ぐ。
王は、扉が今にも破られようとしているのを見て怯えていた。
数歩下がって、空を彷徨っていた手が窓枠に触れる。視線は窓枠、そして窓の外へ。
そこには国民の姿が見える。
「王だ!」
その姿を頭上に認めた国民は、王を指さして叫んだ。
その言葉に、一斉に顔を上げる人々。
「死ね!!」
「魔族の王を殺せ!」
「天誅だ!首を取れ!!」
王。
ウルダ神に信仰を捧げた王。敬虔深く、伝統を重んじてきた。
神聖オース帝国に対等に渡り合ってきた王。ウルダの威厳を損なわないために。
なにより国民を愛した王。民があってこその国と。
その神名をウルダドネザルと言った。
「朕は王……神の血統を途絶えさせてはッ!」
扉は壊され、国衛隊が侵入してくる。
「なんとしてでも死守せよ!」
将軍は喝を入れたが、部下は一人また一人と国衛隊の剣の露となっていく。
その間に、王は将軍に抱えられ唯一の逃げ道である窓から脱しようとしていた。
だが、振り払おうともがく王。
「待て将軍、王女を……ウルガルを……!」
「ご容赦を……ッ!!」
無理やり窓から飛び降りる将軍。およそ四階ほどの高さから群衆の中へと。
落下地点にいた群衆は、避けようと外周へと行こうとし、しかし外周からは王を捕らえようと圧をかける。
王を抱き上げている将軍が、今まさに人海に飛び込んだ。
聞いたこともない、強いていうなら小気味良い木の折れるような音と、潰れる音がした。
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ダビドの死より一ヶ月が経とうとしているか……。
国衛隊の恒例行事である、ウルダ神への奉納武芸は喪中ということで取りやめになった。
しかし、将校の数十名のみ作戦会議室に集められた。
一体何のために召集されたのかと将校たちはざわめく。
スズリは、そんなざわめきの中、淡々と語り始める。
「……諸君……
ダビドは死んだ。いや、殺された。
諸君が知っている通り、魔族に殺された……
……だが、誰がその魔族を招来させたか……ッ!」
呟くように言っていたが、段々と語尾を強めていった。一人二人と気づき、耳を傾ける者が多くなっていく。
「我が国衛隊の尽力によって突き止めた……
……そして、私も確信した……
その者は……いや、その者達は……諸君ッ!静聴せい、静聴!
ウルダドネザル王と将軍ジェリコこそ!魔族に魂を売った悪魔ッ!
オース帝国のヒスイ利権問題、それこそ王が堕天した要因……!
王は、我が国で採掘したヒスイを、各国に密輸して収益を得たため、
ヒスイの流通や使用を制限していたオース帝国との間で険悪になった。
王は、野心を抱く。
オース帝国を打倒し、世界の王に君臨するという野心を……ッ!
将軍はそれに迎合した!
先の戦における奴の不手際。我々が不審に思う所こそ奴の思惑。
そう!奴らにとっての大障壁ダビド!
ダビドを始末できぬならばと、城から遠ざける。
そこで王は、蛮魔を呼び寄せる魔術を用いて国を滅ぼすつもりであった。
だが、我々がそれを阻止する。諸君ら精鋭を帰還させたことにより、だ。
ヒスイの湧き出る一国を失った世界は、その歯車が狂うだろう。
亡国のウルドネザルは、時が来るまで魔界に隠遁するつもりであった!
諸君、我らは都市計画に関わっているが、城に関しては手出し無用は知っての通り。
神の家たる王宮は、神の手腕でのみ造られるという習わし、そう信じている。
だが、実際は、そう……。
……魔窟……。
魔術の法に則して、王は魔族から得た印を王宮に備えた。
その証拠がこれだ!
この、間取り図を見て欲しい!
我が国衛隊の粋を集めて手に入れた、8年前に王宮を立て直した時の間取り図だ。
この、広間の天窓に、印が仕掛けてあったのだ!他にもあるぞ!
だが……!
……そう!
あのダビドを暗殺した魔族が現れた天窓に、魔界に繋がる扉があったのだ!
ジェリコは茶番を演じて、皆の目を外に向けさせた。
私も一杯食わされたよ。
予てより危険を感じていたダビドは私に遺言を残していた。
俺は、ウルダ神と王と国民のためを思ってきた……そのどれもが欠けてはならない。
神が魔神になるならば、それを倒し。
王が魔王になるならば、それを倒し。
国民が魔族になるならば、それを倒し。
本来あるべき姿を取り戻す。そのために俺は居る。
そのはずだったが……だが、それは、今の俺は出来ない。
あまりにも、愛しすぎた……
スズリ、お前に託す……
……と……
ウルドネザル、神聖なる神の血筋を引く者……
だが堕天した今、我々は魔王となるやもしれぬ芽を摘み取らねばならぬ……
……世界に厄災が降りかからぬうちに……
我々が今立ち上がらなければ、この国はもとより、世界に魔族がはびこるぞ!
臆病者、信じれない者は故郷に帰っていいぞ。
私に歯向かうのもいいだろう。それは、ダビドに仇なすということになるが。
ダビドの星に弔いをあげようではないか諸君!
ダビドの無念を晴らそうではないか、諸君!
どうか、私の計画についてきてくれ。
以上だ……。
」
スズリによる演説は終わった。
その場に居た将校たちは、全員起立を維持していた。つまり、脱退を希望する者は一人も居なかったのだ。
「スズリ、そのまま計画を話してくれよ」
将校の一人が申し出た。
「俺たちはダビドの意思を継ぎたい」
「ああ、そうだ。例え失敗して神殺しの狂人と後世で罵られても構わない」
「俺たちがやらねば誰が手を汚す」
将校たちの思いは、共有されて、意思統一がなされた。
こうして、スズリは計画を話す。
それは、第一に、クーデターを起こした際に国民を味方につけるため、王が魔王になりたいという噂を流すこと。
第二に、決起日はダビドの一回忌。その当日までに、国衛隊の統率を図ること。である。
彼らは解散した。必ず計画を成功させる信念を持って。
まず、国民の疑念を煽る。
それは、またたくまに国中へと伝わっていった。
もちろんそのことは、王の耳にも入る。
王は、国民感情を慰めるために尽力していたが、ついぞ治めることは出来なかった。
そして、ダビドの一回忌を迎えた。
城と王宮の接続部に当たるところに、広間がある。
ダビドが殺された広間。
そこで、一回忌の式が執り行われた。
式には、王と各省の頭、そして式服に身を固めた軍部と国衛隊両陣が参列している。
厳格な式だ。だが、国の事情を知っているものであれば、張り詰めた空気の中に不穏な空気が流れているのが分かる。
法要を行い王による読経のあと焼香が行われる。
王の前に焼香台がある。
参列者が一人ひとり焼香台に出て、灰を落とす。
その時だ、参列者の一人が隠し短刀を取り出して、王に斬りかかった。
軍部の人間は、予てから予想されていた事態に即座に反応する。
王へと狂気が辿り着く前に、軍人たちも駆け出して、その参列者を取り押さえ暗殺を阻止する。
その時、国衛隊側から叫び声が聞こえた。
「魔王を取り囲め!!」
王を巡って、軍部と国衛隊の血で血を洗う戦いが始まる。