逃避行と出会い
昼も間近。
市場の通りは、昼前ということもあって人で賑わっていた。
「俺は糧を買ってくる…お前は、武器屋に行って身の丈に合うものを買ってくるんだな。済んだら宿に戻れ」
そう言い残して、クルは食料が並ぶ店の人混みに消えていった。
クルのぶっきらぼうさに困り果てるイザック。自身の護衛という任務の手前、その護衛対象から目を離すものかと我が目を疑った。
イザックは、流石に不安だったのでクルの後を遅れて追いかけたが、もう姿を消していた。
「はぁ、どうしようかな…」
ため息混じりに、見知らぬ土地でどうしようかと立ち尽くすのであった。
考えてもしょうがない、とりあえずは市場を散策してあわよくば武器屋に立ち寄るか、とイザックは人の波の中に入っていった。
スズリの新王の座につかないかという提案の後、イザックはその申し出を断り母親探しを選んだ。
イザックがネピム人の末裔であること、王が魔族の手にかかっていることを口外しないよう護衛は名ばかりの口止め役のクルが付いた。
そうして、二人はウルダを出て、村に身を潜めていた。
ウルダに比べ田舎の村だが、昼時ということも相まって腹を満たすために食材を買いに来る者が多いのだろう。
中には、『ギルド』も目立つ。
それは、動物を狩ったりして生計を立ててる者が集まる集会所である。そして、何より蛮魔を倒して得たものを納め、それが市場へと出回るのだ。
街では、卸されたものが出回ってくるため、そんな光景はないのだが、イザックの前には確かに蛮魔の死体が店先にぶら下げられ、今まさに解体されている光景があった。
その周辺だけ人はより一層多い。人々は、その光景を目の当たりにして興奮しているようだ。
「はい!オオカミモドキの頭、1から!はい!2、3の5…ないかねないかね!では3ピース5マス!では!」
どうも、競りをしている。
では、という掛け声とともにその蛮魔の頭にノコギリの刃が当たった。
あまりの光景に、目を背けるイザックであった。
だが、その視線の先に、気になるものがあった。
頭部切り取りショーで観客が賑わっている中、チラッと青果店のリンゴを一瞥した少女が居た。
次の瞬間、慣れた手付きでリンゴを掠め取るのをイザックは見逃さなかった。
その場を離れる少女を追いかけて呼び止めると、何用かと振り返る少女。
「何か?急いでるんだけど」
歳は、イザックよりも上だろう。身長も少し少女のほうが高い。
正義心で呼び止めたものの、少女の勢いにたじろうイザック。
「あ、いや…さっき盗んだよね」
「で?」
悪びれもなく、まさかの回答に驚く。
「いいから…!お金は俺が出すからちゃんと買えよ…!」
「へー、盗人にナンパなんていい趣味してんじゃん」
笑いながらそう言われたイザック。
少女は続けて、「どうせだったら、何かおごってよ。見ての通りお金がなくてさ、今日の飯もありつけないんだよ~」
盗人猛々しい有様に、イザックは憤りを覚えた。
とにかく、手持ちはたくさんある。盗みを働いただけでは魔族とは扱われないが…この少女、素質はあるかもしれない。昼代をやって早々に縁を切ろうと思った。
「分かった、とりあえずリンゴのお金分だけでも渡すよ」
イザックは、腰巾着からお金の入った袋を出して、リンゴ代を渡した。
「へぇ、立派な財布だね!いくら入ってんのさ~」
袋の中身を見られてはカモられる、そう思い頑なには見せなかった。
リンゴをちゃんと買って、それを堂々と頬張る少女。
「久々に買い物したわ。あんたいい子ね。名前は?」
名前を聞かれて咄嗟に嘘をついた。それというのも、ダビドの息子だと分かればどうなることかと思ったからだ。
「イノクだ…」
「あらあら、嘘ついちゃって」
何故一瞬で見抜かれたのかわからずに居たイザック、手に汗を握った。
「じゃあわたしも、嘘ついて…そうね…マーリヤとでも名乗っておきましょうか」
嘘の名前を言ったのは自分だが、その返しに嘘の名前を言うなんて、と思ったイザックであった。
なんだが、見透かされているようで不愉快であったイザックは、手切れ金を払う。
「マーリヤ、これで何か腹を満たすと良いよ」
金3つ、6ピースほどの値段だ。それを手渡すと、「じゃあな」と言って彼女から離れた。
しかし、ニヤニヤと表情を浮かばせたマーリヤが行く先先で先回りされているのか、姿を表してはイザックを悩ました。
「なんでついてくるのさ!」
イザックは耐えきれず、マーリヤに怒鳴りつけた。
「そんなに怒らなくていいじゃん。嘘付きイノク君の本当の名前が知りたくてさ、本当よ?」
変わらず、ケタケタと笑うマーリヤ。
イザックは調子を崩され、もう好きにしろと言わんばかりに歩き始めた。
もはや、武器を揃えるどころじゃないので、宿に入れば巻けると思い宿へと進んだ。
その道中、「村の人じゃないね、どこから来たの?行商?」「6ピースもくれるなんて優しいね、お金持ちなの?」と色々と質問されたが口を閉ざしたイザックに諦めが付いたようで彼女は黙った。
そして、宿の前に彼女を置いて宿に入ったのであった。
「それで、お前のことは話したのか?」
先に帰っていたクルが、眉間にシワを寄せて言ってきた。
「いや…嘘ついたよ。でも嘘ってこと見抜かれた…」
「そうか、お前のことを話していないならそれで良い」
クルは、鞄に買った干し肉などを詰め込むと、「お前用の武器を調達してくる、待ってろ」と言って部屋を出ていった。
しばらくは部屋で待っていたが、用を足しに行きたくなり厠へ向かった。
厠は共同のもので、廊下にある。
用を足し終わって、部屋へ戻る道すがら、見知った女性が立っていた。
「ふふん、宿に泊まるなんていつぶりかしら」
そこには、マーリヤがいた。
思わず声を漏らす。
「なんでここに…?」
「あんたから貰ったピースでね。それはそうと、あんた一人じゃないんだ、連れのあいつは誰?」
ムッと口を歪めてイザックは、「残念だけど、色々と訳あって言えないんだ」と言った。
「それは本当のことのようね…」
残念そうにするマーリヤ、続けて「私も本当の事を言うよ。友達になりたかった…嬉しかったんだ。罪を犯した私を人として扱ってくれた事……」
イザックは疑いの目を向けていたが、その素振りからすると本当のことように思えた。
だが、自分の身の上は誰にも話せない立場にある。
「ごめん、友達になってあげたいけど…なれないんだ」
「そっか…」
マーリヤがそう言ったとき、クルが側に立っていた。足音一つも立てずに近くに居たことに、二人は驚く。
「お嬢ちゃん、何も聞かないでくれ……」
クルは穏やかにも、言葉に覇気があるように言った。そして、イザックとクルは黙って立ちすくむマーリヤを置いてその場を後にした。
部屋の鍵を宿屋の主人に返し、宿から出る一行。
クルは、イザックに向かって言った。
「あの小娘に俺らのことを話したら殺すところだった」
その一言に凍りつくイザック。魔族の回し者に対する用心とはいえ、無関係かもしれない少女をためらいもなく殺すと言うこの男に恐怖すら覚えた。
足早に、市場の方へと向かうクルに、一歩遅れて付いていくイザック。
いくつもの武器防具が壁一面に飾ってある道具屋、黙って剣を見るクル。
イザックに見合ったものがあったのだろう、目についた剣を一振りして、イザックに手渡した。
「どうだ」
刃物と言えばナイフが主で、剣なんて滅多に持ったことがない。ずっしりとした重さが腕にかかる。
父ダビドは剣豪であった。だが、父のように剣を振りたいと言えば、父にはもっぱら「剣を持つなら、クルークを持て」と言われた。クルークとは、羊飼いが持っている湾曲した杖のことである。
その父の意向で、門番の手伝いなどしていたのであった。
しかし今、少しづつ父の背中を追っている、そう思うとイザックには物言えぬ気持ちが湧いてきた。
「うん、いいね。少し重いけど…」
「軽い部類の方だ」
剣は、簡素な造りをしていて、両刃。長さは柄を除き60センチ程になる。イザックに扱いやすいだろうと思って選んでくれたようだ。
早速、一振り。クルのようにはいかなかったが、まぁまぁの手応えを感じた。
「いいだろう、いくぞ」
クルはその剣を手に入れた。
こうして、旅の支度は整った。
日が斜めに差し込む。
これから国境へ向かうとなると、到着は早くて二日後の明け方だろう。