宿命の起源
元々ゲームシナリオ用に考えられていたものを小説として書き直しています。
ウルダの骨子を共に考えてくれた嘗てのチームメンバーに捧ぐ。
「閣下」
息を切らした軽装な男が跪き、申し出る。
「敵は、蛮魔が200ほど、ゴーレムや機械なし。我が方は700。如何なされますか」
閣下と呼ばれた男は、豊かな口ひげを撫でながら「弓兵を出せ、雑魚どもを蹴散らせ…」
「はっ、仰せのままに」
その場の一同は、そのように言い、一人の角笛を持った男が笛を高らかに鳴らした。
小高い丘から、ラッパの音を聞いた兵士たちは、隊列を組み直す。
前列の兵士たちの後ろに居た兵士たちは、即座に弓に持ち直した。
「撃ち方よし!撃て!」
弓による一斉射が、川を挟んだ向こう岸に矢の雨を降らした。
快晴の中、その一部が一瞬、暗雲のようになる。
矢が降り注いだあと、蛮魔は後退していった。
間もなく、ラッパの音が鳴り響く。それは、殲滅の合図であった。兵士たちは、逃げる蛮魔を追い立てるように追撃に出ていった。
その頃、都においては戦地の華々しい勝利とは裏腹に、危機に陥っていた。
敵の伏兵が見張り台を占拠し、敵の不意打ちで都の城門が落ちていた。
自警団が都で、敵の猛勢に対し耐えていたが、主要な団員がこの日に限っては従軍していたので戦力がなかった。
主に若い者、年老いた退役軍人、女子供が総力を決していたのである。
「敵が城へ行った!」
混乱の中、敵の少数が城門まで攻め上った。
「まだ門が閉まらないよ!どうしよう!」
「こうなったら俺たちが何とかするしかないだろ!俺が囮になる、お前らは上から援護してくれ!」
「おじさん、無理だよ!」
「奴らにここを突破されたら、王が危ない!何とかして食い止めねば…!」
城門を制御する部屋から男は、護身用の短刀を片手に階段を下っていった。
「どうしようイザック、俺たちだけじゃあんなやつらに勝てないよ…」
「ここで俺たちが諦めていたら、町のみんなだって諦める!ドーグ、お前は門を閉めてろ、俺は武器になるものを探してくる!」
「イザック!」
少年、イザックは部屋を飛び出していった。
残されたドーグは見下ろし穴からおじさんが今、敵を迎え撃つ態勢に入ったのを見て、懸命に門を閉めた。
「さぁ来い、俺が相手だ!」
男は短刀を持ち直し、怒号を上げた。
一直線に門へ走っていた蛮魔はその場で立ち止まり、間合いを図るように散開する。
「能無しってわけじゃないのか…いいだろう、俺も落ちた入隊訓練の日々を活かせる時が来たってもんだ、どこからでもかかってきやがれ!」
蛮魔の一人は歪な剣を振りかざし、男に襲いかかった。まず、蛮魔の一投は地面に落ちた。そこから男は、蛮魔の肘を蹴り上げて、剣から手を離させた。よろめいた空きに首筋に向かい短剣を突き立てる。
そうして、男は蛮魔の剣を拾い上げ、二刀を交差するように構えた。
「はぁ…嫌な感触だ…、これが実戦か…落ちて正解だぜ…」
残りの二人も、顔を見合わせて二人がかりで足を運ばせた。
「やっぱ能無しだな!はじめっから三人がかりで来れば良いものをよ!こっちから行くぜ!」
男は駆け出した。
短刀を投げて、防御の構えを取ったところを思いっきり剣で斬り倒した。
もう片方の蛮魔は、味方であるはずの蛮魔ごと横に剣を凪いで男の左腕を斬った。すかさず男は距離をとった。
「嘘だろ…容赦ねえな…!」
蛮魔は何事もなかったように、男に迫る。
男にも味方にも斬りつけられた一人は、血が滴る腕を伸ばし男に掴みかかり、もう一人は思いっきり剣を振りかざし、男のドタマに叩きつけようとした。
これまでだと思った男。しかし、視界には少年と思しき影が、剣を振り上げた蛮魔の脇を、恐らく祭儀用の剣で貫いていた。
とっさの判断で、掴みかかった腕に刺さっていた短剣を抜き取り、蛮魔の顎下を突き上げるように刺した男。
窮地のところ、武器を探しに戻ってきたイザックが戻ってきたのである。
「馬鹿野郎…お前…助かったぜ…」
ドシンと、門は締まりきった。
門ののぞき穴からドーグが、嬉しそうに泣きながら何か言っている。
興奮状態のイザックは息を整えていた。
男の方は、蛮魔に掴まれたところを庇いながら、もう戦う余力はないとばかりに天を見て項垂れていた。
つかの間、イザックが口を開く。
「地面が揺れてる…」
天を虚ろに見ていた男は、息を呑んだ。
「まさか…」
建物を縫って、人々が走ってきた。
口を揃えて、「門を開けてくれ!」と要求してきた。
「イザック、逃げるぞ…!俺たちが立ち向かえれる相手じゃない…!!」
「おじさん、何言ってるんだ…ここから逃げたら…」
「いいから言うことを聞け!蛮魔なら相手になるがな!」
「俺は逃げ…」
建物の一部と思われる瓦礫が、大空を舞って降ってきた。
それは、見事に命中し、門の一部を壊した。
圧倒的な力をまざまざと見せつけられ、男の言うことを理解するしかなかったイザック。だが、足が竦み動くことはできなかった。
それは、その姿は建物の屋根からヌゥっと顔を出した。
「俺達みたいなのがどうこうできる相手じゃない…魔族にこの国は滅ぼされる…」
男は弱音を吐いた。それを聞いていたイザックは、一瞥し、いまちょうどその巨体を表したゴーレムを見上げる。
「は…はは…でけぇや…」男は、降伏したような顔で笑いだした。
ゴーレムは、人々を追いやるように門前まで差し迫り、足元を蟻のようにワラワラと蛮魔が走っていた。
その光景が眼前に広がり、イザックは思わず父の名を出した。
「お父さん…!」
イザックは、拳を握りしめて敵陣に走り出した。無我夢中で人々の間を遡って、敵に殴りかかろうとして蛮魔に立ち向かった。
彼の中には、恐怖を前にどうすればよいのかという思いが巡らされていた。
『イザック、男には戦わねばならぬ時がある。その一つは、愛する者を守るため。ふたつは、故郷。そして自分だ』
脳内では、父親に言われたことが思い出されていた。
その時が今であると確信して、恐怖というものに対し怒りで制御しようとした。
その怒りというものの感情の発露が、殴りかかるという暴挙。
イザック自身も無謀であると分かっていた、だが、体中に湧き上がる怒りという衝動が彼を駆り立てた。
『お前はやさしい、だから自分を守れ』
その時である。
巨斧が一陣の風のように舞い、蛮魔を斬り倒していった。
「イザック!」
怒りで興奮しきった脳、微睡みの中で誰かに声をかけられるような感覚、だがその声の主が分かった瞬間、イザックは目を覚ましたように我に返った。
「お、お父さん!!!」
幾本もの武器を背負い、スタスタと歩いてくる男がいた。
その男、名をダビドと言い、この国を影から支えるウルダ国衛隊屈指の益荒男。
蛮魔のいくつかは、門へ向かっていた足を変え、雄叫びを上げてダビドの方へ向かってくる。
ダビドは、依然としてイザックの方へと歩む。そして、襲いかかってきた蛮魔はバタバタと、倒れていった。
ダビドの拳が、それは見事に、蛮魔の急所という急所を一撃で捉えていた。
「怪我はないか、息子よ」
「うん…」
「まったく無茶をする、下がっていなさい」
後ろへ引くイザック、そしてダビドはその巨体により掛かるようにしていた大剣を紐解くと、スッとゴーレムの方へと向けた。
門に群がっていた人々には、安堵の声が漏れる。
「出陣していたはずのダビドが…」
「やはり守護神、ウルダの危機に現れてくれた…!」
中には感極まって泣き出す者も居た。
ダビドは駆け出した。
有象無象の蛮魔を相手にせず、その巨剣を振り回した遠心力で空高く飛び上がる。そして、ゴーレムの頭部へと剣を引っ掛けるように突き刺した。
ゴーレムは、それを薙ぎ払おうと前屈姿勢になり手で頭を払う。
そのときには、もうダビドはいなく、彼は背中で渾身の力を込めるように剣を構えていた。
次の瞬間、ゴーレムの頭部は切り落とされていた。
力が一気に萎えた巨体は、その場で崩れるように落ち、蛮魔を巻き込んで倒れた。
それを見た蛮魔たちは、蜘蛛の子を散らすように来た道を逃げていった。
「さすがこの国の守護神。その名のとおりだ…」
門にもたれ掛かっていた男はそうつぶやいた。
「ふむ、この蛮魔たちを倒したのは君か。こんな男を門番止まりにしておくなんて、我が国の軍は如何せん坊っちゃん集団というべきかな。どうだね、我が隊へ入隊してみないかね?」
「嬉しいお言葉です、が、私は門番の務めにあって…」
「そうかそうか、それは残念。しかし、門番という者であっても、腕が立つ…この国の守護に関してまた一つ勉強させてもらいましたぞ」
「はは…」
「さて、敵の大将を倒したので敵の攻勢の手も止むでしょうな。我が隊員が追っ払っているところでしょう。門を開けて、傷ついた者たちを運び入れれるようにしましょう」
「はい…」
ドーグが、門を開けた。
開けきるまでに、イザックは父の武勇に興奮していた。
「お父さん、俺も一人やっつけたんだよ!俺もお父さんみたいな強い男になれるかな!」
嬉しそうに語るイザックを片手にダビドは辛辣そうな面持ちである。
「息子よ…、お前は今日呪われた。私とは違い、平穏な毎日を送る者であって欲しかったが、恐らく血が騒ぐのだろう…、血は抗えぬというわけだ」
はて、と頭を傾げるイザック。
ダビドは、そんなイザックを抱き寄せ頭を撫で回したのであった。
ウルダから魔物の気配は消え去り、平穏が戻った。
襲撃を受けたのは、一番守りが堅いはずの東北部の一画であった。
丘陵地帯であり、丘に街を見渡せるほどの高台が設けられたところである。
その日は、西南の川の先で蛮魔たちの野営が確認されたことによる、防衛戦であった。
野営は、偵察部隊によると500ほどの戦力が報告された。これは、ウルダの全軍兵力と同等であった。
そこで将軍は、確固たる打撃と勝利の名のために自警団100、国衛隊100の戦力を軍の脇を固めて、野営地を叩きに行ったのである。
無論、数の誤差なれど報告に上がった500ほどの戦力はなかった。まさか、この野営地は大軍に見せかけた偽装とは見抜けず、手空きとなった本陣を背後から突くような戦術を蛮魔が行えるとは露知らずの作戦であったのだ。
予てより、ウルダの手薄に危機感を感じた国衛隊は、イザックの父ダビドを中心にした精鋭を従軍の途中で帰還させた。
こうして、ゴーレム率いる蛮魔の不意打ちから街を守ったのである。
かくして、凱旋中の将軍に一報が入った。
「これは、王に申告するべき事案だ。指揮権は我が方にあるにも関わらず、戦列から抜け出るとは…」
将軍は、お怒りになった。
時は、軍の凱旋から数時間後。ウルダの中心である城の広間。
将軍と王が厳正な空気の中、何か話し合っている。
そこへ、民衆を引き連れてくるようにダビドが城までやってきた。ダビドは、民衆たちに手を振ると息子とともに城へ入るのであった。
ダビドは、広間に入ると跪き一礼して、武器を従者に渡して中へ進んだ。それを見よう見まねでイザックも同じようにした。
「ダビドよ、近う寄れ」
「は、王よ」
「そなたの活躍、朕の耳にも聞こえ入っている。ウルダを救いたもうて感謝している」
「もったいなきお言葉…、神と王とウルダのためにしたまでです」
「しかして、将軍より軍規違反の申し出があった。そなたの意見を聞こう」
「我々は王よりウルダを守る権威を授けられた集団であります。今回の、軍の指揮下においても、守るべきものは軍規ではなくウルダです。故に我々は犯罪を犯したつもりはない。全ては神と王とウルダのご意思のままに…」
「うむ、神示を伺うまでもない。朕と民たちの心は一つのようだ。だが、風紀を乱すことになりかねん。執行猶予としてウルダの守護者として弛まぬ努力をするように。はっはっは、それでいいな将軍よ」
「はは、王の成すままに…」
将軍は、跪いて許諾した。そして、踵をかいして出入り口に立った。
「うむ、では祝福を捧げたいと思う。お前たち準備をしろ」
王は、従者たちにそう告げた。
みるみる王は儀式用の装飾を取り付け、各区の要人たちも集まり始めた。
頃合いになったとき、堰を切るように王が言葉を発した。
「ダビドよ、そなたに祝福を捧げる」
儀式用の長剣を、王は額で構え、そして、跪いているダビドの肩にソッとかざす。
その時である、天窓から黒い影が降ってきたのである。
ダビドが咄嗟に、王を庇った。
吹き飛ばされた王は、その場に転がりながらももつれ合ったそれを見て「お、おおお…不届き者じゃ、お、お前たちであえ!!!」と、金切り声を上げた。
「父さん!」
イザックは思わず声を出した。
「誰も来るな!」ダビドが大声で叫ぶ。
黒いマントに覆われ、どうなっているのかわからない。
次の瞬間、儀式用の長剣が大ぶりで空を斬り裂いた。
マントの切れ端と短槍が地面に落ちると同時に、その黒い影は宙を舞う。
「おらぁ!下の下が!!」
ダビドは、舞った影を逃さず斬り裂く。
しかし、黒い霧が飛び散り手応えがなかった。
「なに?!」
地面に落ちたマントから、ヌッと骸骨の面をつけた者が現れ、刹那、短槍が見事にダビドの心の臓を貫いていた。
「あがぁ!!」
骸骨は、足でダビドの背中を蹴り短槍を引き抜いた。
そのとき将軍は、剣を引き抜いてその者に斬りかかっていた。だが、短槍を台にして大きく飛び上がって天窓から逃げていった。
「外を固めろ!逃すな!!」
将軍は怒号を上げた。
だが、捕まえれることはできなかった。
混乱に陥った群衆の中、イザックはただただダビドの亡骸に寄り添った。
「魔族がでたそうだぞ…」
「我々の守護神が呆気なく倒されたらしいぞ…」
「魔族の手にかかれば…」
民衆の間に不安が蔓延していた。
ウルダを守った英雄が、一夜にして葬られたのだ。
街は、軍と自衛隊とで厳戒態勢が敷かれていた。
事件から3日後。ダビドの葬儀には、イザックと関係者数人が列席していた。
「ダビドの息子、イザックよ…この度は、お悔やみ申す…」
ダビドと並び称される、自衛隊の幕僚長が嘆かわしく言葉を漏らす。
イザックは、何かを堪えるようにうつむいている。そして、幕僚長はイザックを抱きしめた。
耳打ちするように…「イザックよ、この街は人間と魔族の謀略の巣窟になっている…後で、私の部屋へ来なさい、詳しくはそこで…」
そう言い終えると、幕僚長は立ち上がった。
ダビドを収めた棺は閉じられ、川に流された。イザックは、抑えていた感情が爆発し泣き崩れたのであった。
悲痛な叫びがこだまし、参列者の涙を煽る。
将軍は、彼の側により、脱帽して言った。
「私の不手際だ…許してくれ。君が良ければ、私の下へ来ると良い、ウルダを守ってくれたダビドへせめてもの罪滅ぼしで君を養いたい」
イザックは、俯いたまま言葉をつまらせていた。
「急ぐことはない、返事を待っている」
こうして、葬儀は終わった。
イザックは、自分の家への帰路についていた。
誰も居ず、誰を迎えることもない家へ。
『スズリの言うことには、俺の命を付け狙うものがこの国の中に潜んでいるらしい』
スズリ、幕僚長の名だ。父が最後に言っていた言葉の端々を思い出していたときに、その言葉も思い出した。
そこで、幕僚長の言葉を思い出して、踵を返した。
「この街は人間と魔族の謀略の巣窟になっている」とはどういうことか、父の死と、死に至らしめた魔族に関係があるのだろうか。
イザックは、その答えがあるのではないかと、スズリのもとへ歩みを進めた。
---------------------------------
イザックは、門番にスズリに用があると言った。
しばらくすると、国衛隊の紋章を首からぶら下げた男がやってきた。
スズリの直属の部下であるという。彼に付き従うように、イザックは城内へと進む。
城内の一区画に国衛隊の本部が置かれている。
そして、城の広間の入って正面奥には王が住む宮殿がつながっている。その扉の両翼には、互いを威嚇しあうように軍部と国衛隊の扉がある。
広間は、人の往来で賑わっている。もちろん、先の事件で警備の者もたくさんいるのが目につく。
王宮とあれば、特定の人間しか入れないのが常だが、初代王の頃から国民と王は共にある、という精神でこのようなことが許されている。もちろん、用もない一般人ではなく、各位関係者が出入りしているのだが、それでも王が国民を大事にしている御心が伺える。
この広間こそ、ダビドの死地。人々は先日の、蛮魔の襲来による街の復旧に急いでいるように忙しなく動き回っていて、知らない者からしたら、そこで人が殺されたとは思わないだろう。
イザックは、父の死に様を思い出してその場を横切った。
誰もがきっと心中にダビドを喪しているだろう。だが、そのことに捕らわれていては、ダビドは快く思わない。人々は、そのことを知っているからこそ、自身ができることをやっているのだ。
父が死んだところを横切るとき、イザックはそこに花束が添えてあるのを見た。
「やぁよく来てくれた」
部屋は、椅子や机が綺麗に並べられていて、中央に大きな机が構えている。そこには、乱雑に物が置かれている。モルタルが剥がれ落ちて石壁がところどころあらわになっているのが歴史を伺わせ、奥には書類の山が出来ていた。その山間に人影があった。スズリだ。
スズリはイザックを座るように促し、部下を部屋から立ち退かした。
「事は急いでいるのでね、さぁ、まず、君は将軍の養子、つまりは将軍の子になるのかを聞こうか」
急な質問にイザックは戸惑った。
「俺はダビドの子イザック…他に父は居ない」
「よし、では話を進めよう」
この国は…、とスズリが言葉を連ねる。
遠く離れたオース帝国の衛星国の一つで、貧しい国であった。
だが近年、燃える水ことヒスイが発見されると、帝国にとって遠く異郷の地という認識を改めざるを得なかった。
そのヒスイによって、ウルダ国の裏側では人心が乱れていた。
金のなる水が、そうさせたのだ。
また、貧しいといって野放しにされていたウルダ国。おかげで伝統的で自由な気質な国であったが、帝国が関与し始めてきた。
それを嫌い……
「王はウルダを魔族の手に渡そうとしている…?」
「ああ、そのとおりだ。ダビドは心底ウルダと王に忠誠を誓っていた、だが、それが彼を死に至らしめた。」
「そんな…王が…」
「イザック君、気を確かに。…恐らく、王と軍部は、程度はわからないが魔族の息がかかっている。ウルダの守護神ダビドが目障りだったのだろう。先の戦で出兵させ、内々にダビドを暗殺し戦死とさせ、手空きとなった国の守りをついて、そうだな…魔族のお出迎えを待っていたというべきか、蛮魔に落とされたように見せかけて、魔族との繋がりを太くさせようとしたかったのだろう。それが、かえって守護神の名を強固なものにした」
一間置いて、「…まさか、撃ち損じたダビドを、魔族が直々に手にかけるとは想定外だった…許してほしい…」
沈黙が続いた。イザックの視線は、ゆっくりと大机のウルダの地図へと向かった。
ことなくイザックが、この沈黙を破る。
「この国はどうなるんですか…?」
「…そこでだ、私は君にウルダを救ってもらいたいと思っている」
「俺が…?」
「イザック君。我々がこの国から魔族を追い払うことに尽力する。そして君が王となってほしい」
「……!」
まずこの国、この世界の成り立ちを話さなければならないだろう。
ウルダとは女神の名である。それが国名になっている。
嘗て、魔神と神とで闘いがあった。
魔神は蛮魔を従えて、神は人間を従えて争った。
世界は元々、魔神の従える蛮魔たちの住む世界であったが、神が人間と共に土地々々から蛮魔から追い出していった。
神の国がそうして出来て、その一つがウルダである。
そんな中、魔神に寝返った人間たちも居た。それが今日では魔族と一括りに呼ばれている。
王とは、神々より天命を受けた人の長である。
王になってほしいとスズリに言われ、戸惑うイザック。
「なんで俺が…?」
待ってましたと、スズリは不敵な笑みをこぼした。
「君は、王になる資格がある。それというのも君は自分の母親のことを知っているかね?」
母親、その言葉を聞いてイザックは首を横に振った。
「腹心だからこそお前に話すとダビドから言われ、時が来るまでイザックには黙っていて欲しい。何なら墓まで持っていってほしいといわれたのだが…その時が今だろう」
「君の母親は、ネピム人。神々の戦いが行われた黄金時代の人間の末裔…諸王よりも古き人間、地から発した人でなく、天から落ちてきた人の血を受け継ぐ民だ」
ネピム人とは、オース帝国の王でさえ畏れ敬う、流浪の民である。
彼らはどこからともなく現れ、縁起物として扱われている、一種の伝説である。彼らの通った道には金銀財宝があるという。
「ダビドはホラを吹く男ではないが…君が生まれてからというものの、ヒスイが湧いて国が繁栄していったのは事実だ、おかげで人々の心は腐ったが…。私もネピム人の血を継いでいるとは半信半疑だが、ダビドの言うことを信じれば君は、天命が下った人などでなく、存在が天命そのもの。そして魔族に魂を売った現王が現れたことは、ウルダ神がそのように図らっているとしか思えん。君はただ天命が替わったと他国に宣言し、ウルダの王の座に就けばいい。どうかね、ウルダの再建に手を貸してはくれないか?」
イザックは、ダビドに先立たれ、彼はこの世で一人になった。そう思い、虚ろな頭だったものが、母親という言葉を聞いて、その一点に考えを集中させる。
生まれてからこのかた母を知らない彼だ。 今まで疑問を持つも父の沈黙の返答で、自ずと疑問さえ持たなくなっていたが、母親がいると分かれば…
「母はどこに?」
と聞くのは当然のことだろう。
ウルダが危機に陥っているのは非常時だ、魔族が潜んでいるのも問題だ、だが自分を産んだ人がどんな人だろうかなどと思うと、そのことしか考えられなくなっていた。
「はは、確かに13歳の少年が亡国の新王になるという話は通じないか。むしろ、母に会いたいと思うのは自然なことだ。君の母はネピム人だ、流浪の民で各地を転々とするとも、空からやってくるとも言われている。だがら、どこにいるかはわからんなぁ…ダビドも知らんかったようだし」
心底落ち込んだイザック。
「母親に会いたい…」
彼は、会ったこともない母に、何か、寂しさを埋めるためだろうか、会って話しがしたいと思っていた。
「そうか…ダビドの子だ、そう思ったら否が応でも曲げないだろうて…いつか、ウルダに帰ってくれることを祈る。それまでに王道を敷く」
スズリは、立ち上がり壁にかけてあった袋を取ってイザックに手渡した。
「これを…」
袋の中身は、金であった。ふっと頭を上げてスズリを見るイザック。
「誰にも自分がネピム人の血が通っているとは言ってはいけない、信頼する人間にもだ。言えば恐らく…