4 困った時は仮想現実
「霊次ィ~飯食わせてくれ~」
「お前はいつも金欠だな海斗」
桜海斗はズカズカと俺の家へ上がり込み、図々しくも大の字で倒れ込んだ。
「女の子と遊ぶためにはお金がいるんだよ~」
「まずは生きるために金を使え」
「女の子と遊ぶことが生きることなんだい!」
紅高校で最下位の成績を収めている海斗であっても、平均より高いの金額が貰えてるはずだ。だと言うのに彼が行き倒れるのは悪い女に捕まっているか、何人もの女の子に手を出しているか、あるいはその両方であることを俺は知っている。
居座られても邪魔なので、冷蔵庫からプリンを取り出して海斗の元へと持って行く。うつ伏せになっている海斗の目の前にプリンを置いた。
「待て」
「待とう」
海斗はまるで教科書で見たスフィンクスのような姿勢となり、俺を上目遣いで見ていた。
やめろ。
実に気持ち悪い男だ。だが顔の作りに関してはすべての男の中で最高傑作とも言える程整っているのが、何とも憎らしい。それに女遊びをし続けたことで養われた男の色気を、無意識に俺へと発信するのはやめてくれ。お前は良い奴だが、そっちの気はお互いないだろ。
ペットのように待つ海斗があまりに惨め過ぎたので、俺は耐えきれなくなり許可を出した。
「食え」
「食う!」
スプーンすら要求せずにそのまま食い散らかす姿は何とも見るに堪えない。いや俺がやったことなんだけれども。
「うめえ! うめえ!」
まさに本能に忠実すぎる犬。
「そうだ、海斗。一つ聞きたいことがある」
「いいだろう。言ってみろ」
どうしてひれ伏してプリンを貪るお前が上から目線なんだ。
「影宮涼音って知ってるか?」
あの衝撃的な放課後の出来事から約24時間経とうとしていた。あの後は特に何をされるわけでもなく、普通に開放されたのである。あの後やったことと言えば、影宮涼音が撃った弾丸と割ったタイルを回収する証拠隠滅作業くらいのものだった。
今日雨之瀬と教室で話したことはいつも通り他愛のないことばかり。彼女はSKYのことも、影宮のことも話してくれずいつもと変わらない一日となっていた。俺は俺なりに情報収集するくらいしかやることがない。
とりあえず影宮涼音について、このイケメンに聞こうじゃないか。
「あーC組のだろ? エロい身体してる」
決して間違ってはいないが、お前の女子を見る目はどうかしてる。
「俺もなぁ話しかけてみたんだけど、回し蹴り食らって一発K.O.よ。ちなみにその時見えた下着は黒な」
海斗が影宮に蹴られている姿は容易に想像できた。
あの足の長さを活かした回し蹴りは相当痛かっただろう。仮想現実で養われた格闘技であっても、彼女の実力は本物ってことだ。
「C組の奴らにも聞いてみたけど、みんなよく知らなかったんだよなー。俺が知っているのは不登校気味ってことくらいだ」
女子のことなら何でも知っている海斗ですら、影宮に関しては謎か。
「ま、あれにゃ関わらないこった。見た目はいいが、性格に難ありだ」
「そりゃお前のことだろ」
「はっはー。何を言う。こんな優良物件そうはないぞ」
海斗物件は常に満室どころか収容率1000%以上で溢れ出しているはずだ。とっかえひっかえ手を出して、本能の赴くまま動く獣であることは誰もが知っている。
それでもモテるのだから、罪な男である。
「一体何人泣かされたのやら……」
プリンを食べ終わった海斗はすぐに立ち上がって、冷蔵庫から再びプリンを取り出した。
うちの冷蔵庫を漁る習慣が身についた海斗を止めることは若干諦めつつある。対処法は冷蔵庫に何も入れないってことくらいだ。
「まぁいい。そのプリンを食べ終わったら帰るこったな。これ以上食材を漁られちゃたまらん」
「え~そんなこと言わず遊びに行こうぜ~」
「家から出るのも億劫だ。まぁ仮想現実でなら付き合おう」
「しゃーねえな。じゃあ潜るか」
そういうと海斗はすぐにトイレへと駆け込んだ。潜っている間は寝ている時と同じ状態なので、排泄と脱水症状防止の水分摂取は基本である。まぁよっぽど危険な状態になれば強制ログアウトになって現実へと戻ってこれるが、長時間潜っていない限り心配することはない。
入れ違いで排泄を済ませて、据置端末を起動した。
海斗は首筋のニューロコネクターからケーブルを取り出して、まるで自宅のような手つきでうちの回線へと有線接続した。
一方、俺はニューロコネクターのケーブルを据置端末に接続してから、端末と家の回線を有線接続する。
「用心に越したことはないが、普段からICE(攻性防壁)を経由するのは霊次くらいのもんだ。無線で潜ってる奴だっていくらでもいるのに」
「仮想現実と言ってもリアルと然程変わらん。氷(ICE)で自衛するのは当然だ」
「誰も犯脳なんてしてこねーよ!」
「ま、保険だよ」
完全に意識をワイヤードへ預けるわけだから、クラッキングによって精神を乗っ取られることもある。最もクラッカーの被害に遭うことなんて滅多にないからICEを貼っている方が珍しい。
何事でも保険は大切にするのが俺のモットーでもある。
俺は据置端末の近くの椅子で、海斗はLANポートの近くで、それぞれ身体を落ち着けた。
『潜行』
意識が身体から抜け出してケーブルを伝い、ワイヤードへと飛んでいく。ワイヤードから仮想世界へとアクセス。IDからアバターを再現して意識を憑依させる。
二次元的なワイヤード、三次元的な仮想現実で構成されたそれは、現実にも干渉しうるもう一つのリアル。人も、物も、AIも、システムも、何もかもが繋がる唯一の場所。すべてがワイヤードを通して成立すると言っても過言ではない。
つまり、それが意味することはたった一つ。
この世にスタンドアローンが存在しないことである。