2 超自然的暗号(オカルトコード)
「雨之瀬……どういうことだ」
「決して怪しい組織じゃないよ! 良く言うとレジスタンスで、悪く言うと危険分子ってところかな」
まだ怪しい組織の方がマシだ、馬鹿。
「拳銃は? 普通の高校生が手に入るものじゃない……それどころか、ジオフロント内で絶対にありえないことだ」
完全に隔離されたジオフロント。物資は運ばれてくるが、あくまでジオフロント内のものに限られる。完全なる永久機関で自給自足が成立しているため、地上から届くものはない。だからこのジオフロントに銃が存在する可能性は0%だと断言できる。
なのに、どうして。
「あったのよ」
黒髪の女子が代わりに答えた。こいつに至っては名前すら知らない。制服から同じ紅高校の生徒であることは間違いない。
腕を組んで睨みつける来る彼女を俺も睨み返した。仮にも殺されかけた相手だ。未だに気を許すことはできない。
「そ! これはジオフロントが完成する前に持ち込まれたものだよ!」
「そんなものがどこから……」
「私の家だよ、諏訪君! 長年誰も住んでなかった豪邸に今住んでて、その中にあったんだよ!」
紅高校という有数の進学校で成績トップを走る雨之瀬であれば、成績収入的に豪邸に住んでいても何ら不思議なことではなかった。しかしそんな場所にジオフロント完成前から持ち込まれたものが本当に残っていたのだろうか?
「まさか……ジオフロントが完成したのは俺たちが生まれる遥か昔の話だぞ。長年住んでいなかったとは言え、雨之瀬の前にも何人かはその家に居住していたはず」
「古臭い大きい家なんだけど、実はガチガチの機械仕掛屋敷だったんだよ! システムを弄らないと見つけられない場所にたくさん銃器があってね」
あまり信じられる話ではなかった。本当にそんな家があるかは甚だ疑問ではある。でも一旦この話は置いておこう。実際見ればわかることである。
「しかしよくそんなものが残っていたな。だが銃があったところで、このAI社会をひっくり返すなんて馬鹿げた話であることには変わりない」
まずジオフロントからの脱出が不可能だ。唯一外へと通じているゲートは武装したAI警備員にガッチリ固められている。どんな銃弾、爆弾でも傷一つつかない彼らを突破するのは不可能だ。仮に突破してもスタビライザーも同様の素材で覆われていると授業で教わった。物理的な破壊はできない。
「拳銃は手段の一つだよ。詳しいことはまだ言えないけど一応目途は立ってる」
雨之瀬は頭の良い奴だ。俺の知っている彼女は、何の計画もなしに動いたりするような愚か者ではない。確かに性格や見た目の割に大胆なことをやってのける。しかしここまでとは……。
雨之瀬とは二年以上もの仲。高校三年になって初めて本性を明かされたわけだ。
「スタビライザーの言葉ってのは?」
あれが一番不可解だ。
まるで神の啓示だ。かつて存在した宗教では神から信者へ一方的に言葉を残したという。AIという絶対的な存在は、ある意味じゃ神と同等の存在なのかもしれない。
「聞いたのは私としずくともう一人いたわ」
また口を挟んだのは黒髪の女子。いい加減名前を聞かなきゃ話も弾まない。
「話の腰を折るようで悪いが、まずは名前を教えてくれ」
「言ってなかったわね。影宮涼音。よろしく」
「知ってると思うが、諏訪霊次だ」
握手を求めてみたところ、影宮は一瞬戸惑った。影宮が雨之瀬に顔を向けると、すぐに握手に応じてくれた。恐らく内緒話だろう。そんなに信頼できないか、俺が。
「紅高校に入学して三か月くらいのことだった。昔からAIに反発的だった私は、友達も作らずに仮想現実で戦争ゲームに没頭していた。敵基地に潜入してAIを壊す、そんなゲームをやっていた時のこと。『最もおかしいものは人間である。何故我々を信じるのか』と。それは直感的にスタビライザーから送られてきたものだとわかった。何故かはわからないけれど、そう感じた」
「直感的……本当に神の啓示だとでも言うのか」
「私はリアルだったよ。スズと同じ日、同じ時間にね。その時は確かラッセルの幸福論を読んでたよ。同じ言葉で、何と言うか脳内に直接!? みたいな!」
まるで共通点がない。そして雨之瀬は影宮のことをスズと呼んでいるようだ。
「じゃあもう一人は誰だ? というか何故三人だとわかる」
「そのお告げを聞いた時はわからなかったんだけど、スズとそのもう一人を見た瞬間お互いわかったというか何というか。とにかく超常的なものだったかな。もしかしたらもっといるかもしれないけど」
頭が痛くなる……。
このハイテク社会でそんなオカルト話がありえるのか? 意味が分からん。俺は今時絶対にない宗教勧誘なる物に引っかかってしまったのか。いや、雨之瀬とはそこそこ長くいるんだ。信じられる。
「それをデータとして記録はしてないのか?」
「しずくは保存してあるわ。その時の私はただのバグだと思って記録しなかったから。しずくが私を見た瞬間、初めて理解した」
「送っていいものなのかな……一種のウイルスみたいなものだよ?」
「構わん、送ってくれ」
論より証拠か。直感的に理解するという感覚はあまりに非現実的なものだ。それに啓示を受けた人物を見た瞬間、理解する? ますますわからん。
雨之瀬から送られてきたのは音声ファイルだった。
言葉だから音声か? しかし直感的にわかると言うのは? とにかく開いてみよう。
『キーーキキーーーーーキキピーーピーキーーーーーーキキキキキキキーー』
?
ただの金切り音? と言うよりは耳鳴りのような……。
……!
「これは!?」
まさに直感的なものだった。
例えるならば脳に直接言葉を刻まれる? データを入力される? 何とも形容し難い感覚だ。ただのピーピー鳴ってる音を聞いていたら突如として言葉が現れた。何故かはわからないが、スタビライザーの物だと確かにわかる。
しかし雨之瀬や影宮を見ても理解するという感覚はなかった。予め知っていたからだろうか?
「なるほど……確かにこれならバグだと思うな。聞いてしまったわけだしウイルスじゃないことを祈る」
「わかったでしょ? 私たちはこれをきっかけに知り合ったの」
これは無機AIを演算の補助として脳内に備え付けてある現代人ならではの現象だ。神の啓示なんて言う非科学的なものでは決してない。
本当にスタビライザーが特定の三人に送ったものならば。
スタビライザーの目的は一体?
今じゃわかるはずもないか。