13 人間を用いて人間を証明せよ
俺は一体どうすれば良いのだろうか。
あたりをキョロキョロ見渡しても、銅像と大した変わりない生物が1つと白いテーブルと白い椅子と白い壁だけが存在している。
そろそろSKYからの刺客がやってきてもおかしくはない。この様子は雨之瀬たちも見ていそうなものだが。
「涼風がああなったら何を言っても無駄よ」
「っ……影宮か」
影宮は突如として出現していた。つい数秒まで部屋全体を見渡していたのに、一切気づくことはなかった。すでに着席しており、頬杖をついてマジマジと俺のことを見ていた。
このタイミングで来たってことは間違いなく監視しているんだろうな。
「どう? 涼風は」
「どうって……なんでこんなユーモアに富んだ原始人が、現代社会を闊歩していられるのやらって感じだ」
「私が言うのもなんだけど、まったくよ。彼は私以上の完璧な反AI主義者。いや、AI恐怖症、AIアレルギーと呼ぶべきかしらね」
「現代らしい病名だな」
「そのせいで彼は存在しない人間となった。紅高校に在籍していた記録も消え、底送りとなるはずだった。でも、行方不明……扱い。どうやって彼が生きていられるか知ってる?」
「高校に在籍していないってことは収入もないし、家も買えるはずがない……。実は肉体は植物状態で電脳世界の住人とか?」
「彼もちゃんとログアウトし、しっかり生きてるわよ」
そういえばプライベートワイヤードにしかログインしないって言ってたし、リアルでも普通に生活しているってことか。
「なら都市伝説と言われているホームレスって奴か?」
「そんな大そうな伝説じゃないわ。ただの居候よ、居候」
いくら奇人変人であっても、流石に一人で生きるのは無理か。
「居候って誰かの家に」
「しずくの家に決まってるじゃない」
……。
何とも言えない感情を抱いたが、これだけ広い家を持ってるなら4,5人住んでてもまぁおかしくはないか。
「妬いた?」
「いんや」
そりゃ女友達が男と同棲してると聞いたら複雑な気持ちにもなる。
「とにかく、だ。俺はどうすればいい。涼風との会話はみんな聞いていたんだろ? まるで動物園に入れられた気分だ」
「確かに趣味が良いとは言えないわね」
「まったくだ。俺は試されてるのか? ワイヤードでの出来事といい、今といい……雨之瀬や海斗は俺のことをよくわかっているだろうに」
「私よ」
「え?」
「私がやらせてるの。ワイヤードの件はしずくと琴奈が乗ってくれて、今回は涼風が乗ってくれたってこと。諏訪君がどんな思想を持って、どんな思考をするのか。私はあなたのことをよくは知らない。実際、こうやって面と向かって話すのはまだ3回目だしね」
「そんな回りくどいことせず、最初っから腹を割って来ればよかったんじゃ」
「いや……だって……私コミュ障だし……」
はぁ~っと大きくため息をついた。
確かに、雨之瀬以外の誰かと話している場面は一度たりとも見たことはない。通りで休み時間になると、影宮がうちのクラスにまで来ていたわけだ。
「まぁいい。こうやって機会ができたんだ。それで? お前に俺はどう見えたんだ?」
「そうね、今までの会話、行動、すべて見ていたけど、やっぱり私自身で話さないと何もわからなかった。何故か表層だけを掬っている感覚で、まるで実体がなくて……。あなたは、一体何者なの?」
まただった。
また、真っすぐと見据えている、あの目。身体を透かして心の底の底まで観察されているような感覚。
雨之瀬に始まり、鳳左院、そして影宮。彼女らは、どうしてこうも不気味な目をするんだ。海斗や涼風では感じなかった。女性特有の感情に従順な目。
「……お、俺はそんな……そんな特別なもんじゃないさ。SKYに入るまではただの高校生だった。別に何かを隠しているわけでもない。ただ、心の壁というかパーソナルスペースが分厚い自覚はあるくらいだよ」
目を合わしてはいられなかった。気恥ずかしいこともあるが、何もないはずなのに後ろめたいことがあるような嫌な感覚だった。
「それを言われれば私だってそう。まともに友達と呼べるのはしずくと琴奈くらいだし、普段は電脳空間に引き籠りっぱなし。人と接しようともせず、AIに対してただただ敵対心を持っていて……でも、私と諏訪君は全然似てないと思ったわ。諏訪君は色んな人と関わるけど、本当の姿が全然見えてこない。逆に私は人と関わることはないけど、しずくには心を開いている。そこにあるのは決定的に違う、心の距離。AIと話している時に似ている気がするの。まるで種族が違うみたいで」
「俺みたいな奴は別に珍しくもないと思うが……。無意識に悟られたくない、そんな人間感情は至って普通だと思うけどな。俺はそんなにも機械的で無機質な人間に見えるのか?」
「諏訪君はAIが機械的で無機質な人間に見える?」
「……いや」
「人間味溢れている非人間とでも言うのかしら。人間であることは確かであるはずなのに、それを証明することはできない、みたいな感覚。私自身、大そうなことを言える知性も自覚もないけど、なにか……本物が見えてこないの」
本物……。
「血が通っていない、ってことか。確かに思ったよ。涼風と話している時にな。涼風は間違いなく人間だ。人間過ぎる程に、人間だ。俺とは別の生き物だと本能で感じた。ああ、これが人間なのか、俺が求めている人間の姿なのか、ってね」
「じゃあ涼風が諏訪君の目標とする人間なの?」
「……そう、であるとは思う。でもそれは、俺の主観でしかない。人間と言える程の思考を持っているとは思えない俺の未熟で本質的でない思考だ。だから、わからない! わからないんだ!! 俺は……何なんだ……。人間であるはずなのに、人間とはとても思えなくなった。それは影宮言ってくれたような、実体がない、虚像のようで……」
無ではなかった。姿は確かに見えている。でもその姿は真ではなかった。なのに偽とも言えない。俺は、確かに存在しているし、俺自身、俺をよく知っているはず。なのに、どこか不確かな存在で言い表せない浮遊感があった。
それは涼風会うどころか、SKYに入る前から感じていた。昔のことは覚えている。たくさんの経験をして成長した。肉体的にも、精神的にも。俺の積み上げてきた生きた証であるはずなのに、根本から揺らいでいる気がしてならなかった。
「俺は……スタビライザーに問いただしたいんだ。無機AIにとっての人間とは何か。有機AIにとっての人間とは何か。人間は、人間を証明できない。ゲーデルの不完全性定理のように、人間を用いて人間は証明できないんだ。人間以外に証明できるとすれば、それはAIだと思った。AIから見て、俺はどう見えているのか」
「諏訪君は『人間に』じゃなくて、『AIに』答えを求めているって言うの? それってなにか……」
「ああ、可笑しくてあまりに奇天烈なことさ。でも、人間以外に答えを出せるのは、人間が理解できる言葉で表すことができるのは、AIだけなんだ。だから俺は……AIを利用して本当の人間を追い求める。それが俺の……血の通った答えだ」




