12 近代的原始人
「スズカゼソウヨ……か」
紙の名刺を投げられて、目のまえのテーブルで静止した。初めて名前を確認する。世を創るとはなんて大そうな名前を持っているんだ。
しかし電脳空間とはいえ、紙の名刺とは珍しいというより原始人かこいつは。
「プロフィールを送ってくれ」
「馬鹿が。さっきも言っただろう。俺の無機AIは機能していない以上、プロフィールを送ることも叶わん」
じゃあまさしく原始人じゃねえか。
しかし、それなら更なる疑問が生まれてくる。
「ならどうやって電脳空間に潜行している? お前はただのナマモノだろ?」
「無機AIが機能していないだけでナマモノではない。ナノマシンは正常に動作しているし、首筋にはニューロコネクターもある。それに加え、俺は個人で運営しているスタンドアローンのサーバーにしか潜行しない。基本的にスタンドアローンサーバーは、脳髄と融合しているニューロコネクターとナノマシンのみで潜行できる。演算処理を行うAIはサーバー内に存在するため、自身の無機AIを必要としない。CPUはないが、接続はできる」
「なるほど。随分とAIや人間構造について詳しいんだな、涼風」
「無学が」
辛辣すぎる。まぁ大した気にすることでもないが、そういう個性なのだろう。
「無学繋がりでもう一つ聞いてやろう。ディストピアという言葉を聞いたことはあるか」
「……いや」
「当然だろう。この言葉に意味などない」
じゃあ聞くなよ。
「今は存在しない言葉だからだ」
「かつては存在したのか?」
「言葉は淘汰される。時代、流行、人種、言語……淘汰の原因は様々だ。まぁ、強いて言うなら人種による淘汰か」
「人種? 2045年の日本に外国人が大量流入した時の話か?」
「2045年は合っている。2045年、外国人が大量流入した原因は新たな人種が日本に生まれたからだ」
「有機AIか」
「まさしく新人類だ。そして、ディストピアという言葉は人間の無意識から消滅していった」
「無意識……か。なら消滅はAIによる計画されたものだったと?」
「AIのプロパガンダは迅速に行われた。『ディストピア』という言葉は一例に過ぎない。2045年以降、いくつかの言葉や概念……そして何人かの人間が人類史から消滅している。そして、無学で無知な人間は管理されたのだ」
「人間管理への布石だったんだな」
「そうだ」
普通に聞くなら、これはただの妄言だと考えてしまう。中学生が描いた妄想日記のようなものだ。
だが、この涼風創世という男。
間違いなく常人ではない、狂った男だ。そして同時に最も人間らしい人間だと思った。
さらに原始人でもある。
何よりも涼風の知識量も尋常じゃない。無機AIのライブラリを利用できないのなら、知識は脳に刻み付けているはずだ。当然、メモリは少ない。でも奴に比べて俺は無知も良いところ。
人間離れしている?
違う。
あれが本来人間の持つ力なのか? AIに依存しない人間が持つ可能性。今の人類が決して持たない能力を持っている。
そして原始人である故、AIからの干渉も受けない。
存在しないはずのスタンドアローンであり、AIは肉眼で見ない限り認知もできない。
……認知できない?
なら、さらにおかしな話がある。
「少し思ったんだが、涼風はどうやってスタビライザーから啓示を受けたんだ? 無機AIが死んでるならそれも不可能じゃ」
「その時は高校1年の7月。まだ二重思考を習得していない。かつては俺の無機AIも正常に機能していた」
「でもさっき俺がお前の瞳を見た瞬間、お互いが啓示を受けた者だと理解したはず。あれは絶対生物が持つものじゃない」
「……」
それまで饒舌に話してくれていたのに、涼風は黙り込んだ。
しかし、これと言って考える素振りなども見せず、ただ俺の方に無機質な視線を送っている。
「プライベートワイヤードだからか? いや、あの啓示は俺の無機AIに刻まれているはず……ナノマシンのメモリは長期記録されない、ならどこから……? ……脳? しかしあれは生物が持つ感覚ではない。まさか……AIが動いているとでも言うのか……?」
彼は本当に沈黙した。肘をつき、顎に手を当て、目を閉じた。一切の外界刺激を受け付けないよう、涼風はワイヤードオブジェクトと化していた。
「おい涼風」
俺の声はまるで届いていない。
何ともキテレツで自分勝手な男だ。その圧倒的個性には敬意を称するまでの気概を感じた。まぁ涼風創世にとって俺という存在はトンボ程の価値でしかないだろう。
俺はこの無の空間で、無と化した人間と共に幽閉されてしまったわけであった。
思うように書けなくて、気が付いたら前回から2か月半も経ってました(´・ω・`)




