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あの空を見るまでは  作者: 家具屋
11/13

11 AIを殺す方法

「誰だ」


 男の声で俺は目を覚ました。

 意識が虚ろなまま、ただ椅子に座っていることだけを認識した。


「死にたいか?」


 何も把握できないまま、とりあえず声の主の方に目を向けた。

 認識できたのは白銀の髪と紅の瞳。


 そして瞳を認識した瞬間、どこからともなく脳内に出現した直感的理解。これは……こいつは?


「っ!? 貴様、スタビライザーからの啓示を受けたのか!? 答えろ!!」


「ち、違う! あの暗号を雨之瀬から貰ってダウンロードしただけだ!」


 首襟を掴まれたところで、ようやく意識が覚醒した。

 激しい剣幕に圧倒され、まさに蛇に睨まれた蛙だった。しばらく動けずに何もできないでいた。


「……雨之瀬の紹介か。ならいい」


 片手で放り出され、再び椅子に座らされた。


 男は丸テーブルのちょうど対岸に着席した。腕を組み、足を組み、俺を見下すような形で首を上げる。俺を見つめる彼の冷たい紅の瞳は軽蔑や憎悪といったものではなかった。言葉に表すなら、静かなる警戒、隠しきれぬ興味、だろうか。

 

「貴様、諏訪霊次だな」


「ああ。お前もSKYのメンバーだな?」


「……」


 俺の質問には何も答えない。

 彼の高圧的な態度に変化はなかった。初対面の時の影宮より酷い。


 恐らくこいつが雨之瀬の言っていた、スタビライザーからの啓示を受けた3人目だろう。雨之瀬と影宮が経験した超自然オカルトを肌身で理解した。


「二重思考はできるか?」


「なんだって?」


「……」


 脈絡もクソもあったものじゃない。二重思考、聞いたことのない言葉だ。

 さっきもこんなことが……って色々思い出してきたぞ。雨之瀬の家へ来て、変な部屋に入れられて……。そっからの記憶がない。


 この部屋、よくよく見渡してみると扉すらない。全体が白一色で、大きな丸テーブルが1つと椅子が6つだけがある。

 質素の域を超えてまさに無の部屋だ。完全な密室で俺は一体どうやってこの部屋に入れられたんだ。


 物理的に入るのは不可能……なら、ここはもしかして電脳空間ワイヤードか? しかしあの地下空間じゃオフラインになっていたし、アクセスは無理なはず。


 と思っていたが、ホームワイヤードに接続されてる。じゃあ雨之瀬家にあるサーバー上の電脳空間? なら俺はあの部屋に入れられた後、自分の意識とは無関係に潜行ダイブしたとでもいうのか。


「ここは電脳空間なのか?」

 

「……その程度のことすらわからなければ、俺はお前をここで殺していた」


 初めてこっちの質問に反応を示した。


「諏訪霊次、24時間俺たちを監視しているスタビライザーから、思考を読まれないようにする方法を知っているか」


 突然なんだって言うんだ。


「具体的にはわからないが、偽の情報を送るとか」


「まぁいい。スタビライザーが読み込むのは無機AIからの情報。つまり、無機AIの観測ただ一つに依存している。当然、偽の思考を観測させれば欺くことができる」


「そんな簡単な話なのかねえ」


「一般的な学生の思考を無機AIが観測し続ければ、スタビライザーからは人畜無害な人物だとカテゴライズされる。無機AIが観測する思考をコントロールできれば、スタビライザーが反AI思考に気づくことはない」


 口を開いたと思ったら何とも突拍子もないことだった。

 だが確かに言われてみれば、至極単純な話だ。無機AIに気づかれなければ、どんな思考を行っても監視から逃れることができる。しかし無機AIと脳はほとんど連結していると言っても過言ではない。


 そもそも思考コントロールは意識的にできるものでもないのだ。反AI的活動をしながら、頭の中ではAI信仰なんてことは無理無理。よっぽど頭のおかしい奴に違いない。


「答えろ、諏訪霊次。これを踏まえて、最も容易にAIを欺く方法はなんだ」


 脳犯ブレインハックを仕掛けてきた時の雨之瀬みたいだった。こいつも何か殺す手段を持っているのかもしれない。ここは大人しく従うのが吉だろう。


「思考のコントロールは恐らく常人には不可能……サイコパス的人物でなければ、できるはずもない。ならコントロールするべきは『思考すること』ではなく……そう、情報?」


 頭の中のひらめきを一つずつ整理していきながら、言葉を綴る。すぐにでも切れそうな細い糸で丁寧に引っ張り出すような感覚だった。


「無機AIの観測を誤魔化すことが目的なら、思考情報を変換すればいい。脳から発せられた思考はナノマシンを通じて無機AIへと送られる。つまりナノマシンが脳の思考をAI的言語に変換コンパイルする段階が存在するはずだ。ナノマシンの変換コンパイル機能を弄れば、偽情報を無機AIに送ることができる」


「そうだ。ナノマシンの制御も当然自意識で改変できることではないが、所詮は機械。端末を通じてナノマシンの制御は可能だ。これならば、誰もが容易に習得できる」


「確かに鳳左院のような奴がいれば、可能なのかもしれない」


「貴様の答えは実に合理的で現代的なものだ。無論、質問の答えとしての問題はない。だが、それを思い付いた際にオフラインでなければ、その時点で異端分子の思考となってスタビライザーに送信される。オフラインになること自体困難であるため、そいつは最初の一人にはなれない。だが、二重思考ならオンラインであっても無機AIの観測を潜り抜けることができる。じゃあ二重思考とはなんだ」


 間違いなくこれが本題だ。さっきの質問がヒントなのかもしれない。それに、二重思考という漢字の意味からも色々推測することもできる。


「さっきも言った思考のコントロール、例に挙げたサイコパスのような思考。彼らが嘘をつく時、頭の中で嘘は真実へと変換される、嘘であることを忘れ、真実へと変換したことすら自覚せず、頭の中には真実しか残らない。そういった思考を偽る技術のこと……だろうか」


「悪くはない。が、0点だ」


 悪いじゃねえか。


「その場合、それはただのAI狂信者になる。二重思考を行うには常人であり、思考を同時に二つ持つ必要がある」


「じゃあ、そうだな。嘘であることは忘れない。単に嘘を真実に変換するだけでなく、嘘を2つに分離した後に一方が真実へと変換される。嘘という名の真実と、真実という名の真実。これら二つはどちらも真実でもあり、相反する思考でもある」


「1点だ。嘘という真実、真実という真実。これは合っている。だが変換などしない。分離などしない。相反する真実は最初から二つ同時に出現する。これが三分の一の答え」


「三分の一……? 思考を同時に持ったら……・そうか、無機AIに観測させるのか。でも二つを同時に観測させた場合、AIの処理は……両方を採用してスタビライザーに送る……ただのバグと判断されて、なかったことにされる……とか?」


 いや、自分で言っておいてなんだがこれは絶対に違うと断言できる。でも良い案がまったく思い浮かばない。


「ふん、過大評価だったな。いいか。脳内には二つの相反する思考が存在する。これらはどちらも紛いもなく真実である。ここまではいい。しかし二つの真実を思考した段階で、『相反する思考である』という思考が新たに生まれる。これは存在してはならない。無機AIがこのジレンマを観測した段階でAIに疑問を持つ異端分子とされゲームオーバーだ。だから、『相反する思考である』ことを忘れる必要がある。そして『“相反する思考である”ことを忘れたこと』という思考が新たに生まれる。そして再びそれを忘れ、さらに忘れ、無限ループだ」


「じゃあ常に忘れ続けるのか? 新しい思考すらできなくなるんじゃ」


「違う。無限に忘れ続ける、という思考を行う。これだけで思考は無限ループとしてAIに観測される。AIは無限ループを処理し続ける」


「で、どうなるんだ?」


「一から考えろ。思考というのは脳で行った直後に無機AIへと送られる。その後無機AIは思考を解析し、脳へ解析情報をフィードバックさせる。この時解析された思考がスタビライザーへと送られる。この一連の処理は客観的フィードバックによって人間の思考をより容易く、明確にするためのものでありながら、スタビライザーの情報収集兼学習手段でもある。だが解析を行った際に、無限ループが発生した場合どうなる」


「解析し続ける……?」


「そうだ。その思考は無機AI内で永遠と解析され続け、その解析が終わることはない。だからスタビライザーに解析結果が送られることもない。処理できない思考がいずれ無機AIの容量を超え、思考が無機AIへ送られることは無くなる」


「……」


「そして無機AIは機能しなくなり、AI社会から認識されない透明人間と化す」




 なんだ……それは。

 意味が分からない。理解はできるが……その発想はどうやって生まれた?

 思考を無限ループさせて自分の無機AIをパンクさせる? どうして、なんでこんな考えに至る。常識外れだとか、サイコパスだとか、そんなレベルの話じゃない。


 まるで、それは……。

 


『人間がAIに勝利している』



 わからない。何故、勝利する。人間がAIを超える要素など、どこにもない。存在するはずもない。人間は初期の段階でAIに敗北している。20世紀の時点でディープ・ブルーやロジステロがボードゲームで人間に勝利したのは今でも有名な話だ。


 人間とAIでは進化のスピードがまるで違う。技術的特異点シンギュラリティが起こったのは2045年。そこから一体どれだけの時間が経過して、どれだけの差がついたのか、想像することも叶わない天文学的な差だ。


 でも、この男は。だと言うのに、こいつは。



 これが、人間なのか?



「名前を……教えてくれ」



「俺は、涼風創世すずかぜそうよだ」


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