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街の女探偵シリーズ

作者: 春嵐

 月。

綺麗だ。

「なに見てんの」

「いや、月が綺麗だなと思って」

「あ、本当だ」

「黙っていろ」

 烈火に、どやされる。

 ビルの屋上。爆弾解体の途中だった。

 新規で駅前に事業を展開した企業が、露骨な嫌がらせに遭っている。それを何とかしてくれと、歓楽街の顔役が泣きついてきた。見返りは、新式の対人制圧銃を横流しすることだという。どうやら軍関係の下部組織、かつ、天下り先らしい。

「よし、とりあえず爆発はしない」

 烈火が、額の汗を拭った。興奮してる。この女は、なぜか爆弾を解除できる。銃一般の取り扱いもできる。ただ、詳しいことは分からなかった。

 記憶がないのだ。浜辺に打ち上がっている所を、十六夜と紅蓮で介抱した。それまでの記憶を失っている。

 十六夜にとっては、数少ない手軽な話相手だった。自分の体質上、気軽に軽口を叩ける人間は多くない。

 十六夜は、人の気配、雰囲気が読める。会話相手が何を考えているか、分かってしまう。体質のせいだった。自分の母親も、同じだ。普通の人間では、ほとんど喋る必要がないぐらいに、感情を把握できる。そして、把握した感情を逆撫することで、情報が手に入る。探偵業には向いていた。

 そうやって人探しや内偵調査で小金を稼いでいたら、紅蓮に会った。不思議な女だった。個々の感情が独立している。普通の人間で、いくつかの人格が独立しているのは見たことがある。一般には多重人格者と呼ばれる者だが、ひとりがふたりになっただけで十六夜にとっては同じことだった。

 紅蓮は違う。感情が切り替われば、人格が新しくなる。感情が変化するたびに、新しい紅蓮が創造されていく。いくら喋っても飽きない上に、その変化は際限がなく、同じものが出てきにくい。探せば同じものは出てくるが、それは紅蓮の大事なものであり、滅多に表出することはなかった。

 それに、十六夜と紅蓮は仕事上の割り振りが上手くできた。十六夜は情報収集が専門で、格闘やカーチェイスなんかはせいぜい上手い人間程度にしかできない。紅蓮の体術とハンドル捌きは、およそ人の出せる限界を凌駕している。常に新しく、機敏であればよいと紅蓮は言っていた。自分を常に新しく更新し続ける。紅蓮は、過去を保持したまま、それが出来る。だから、瞬間の判断を間違わない。そして、普通の人間が出す答えよりもはるかに優れた答えに、簡単にたどり着く。

 しかし、紅蓮には相手の人心を掌握する洞察力がない。自分の才覚だけで状況を打破できるから、他人の顔色をうかがう必要がなかった。だから、尋問と人心掌握は十六夜が行っていた。いつか紅蓮は自分の技も覚えるだろうが、おそらく、そのとき十六夜の喋りと人心掌握は、もっと優れたものになっているだろう。自分の過剰共感体質も、更新され強くなっていくものらしい。

 烈火は、記憶を失っていて、喋っても何も出てこない。それはそれで、面白かった。中身がない頭なのに、強い意志と戦略を組み立てる脳髄を持っている。それに、素手ならば、たぶん私より強い。紅蓮の瞬間的な動きを生み出す体術とは違い、鋭角に、急所を突く鋭さを持っていた。十六夜や紅蓮のように制圧する体術ではなく、殺す体術。きっと失われた記憶には、相応の何かが詰まっているのだろう。

「いいぞ」

 声。

 十六夜は、ロープを下ろした。

「周囲に敵影無し」

「爆破」

「ほいっ」

 ビルの壁が、吹っ飛ぶ。

 侵入。

 すぐに、対象を見つけた。企業の社長。

「はいどうも」

 十六夜が、目を向ける。

「烈火、口と両腕を縛れ」

縛られた社長が、無様に椅子から転げ落ちる。

「自作自演だったとは」

「今回は私たちの仕業だし、一応の格好は付くんじゃないの?」

「そうだな。新式の銃だけ貰って帰ろう」

月。

やはり、綺麗だ。

「上ばかり見てると、転ぶぞ」

「おりゃ」

「おっ、とと」

足を掛けてきた紅蓮を追い払いつつ、帽子を目深に被った。

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