冬の童話祭 2017
『どうして・・・春は生きとし生けるものから愛され、喜ばれるのかしら。
どうして・・・夏は暑いのに人々を楽しませるのかしら。
どうして・・・秋はこの世界を美しく彩るのかしら。
どうして・・・冬は・・・冬は。・・・』
乾いた風に舞い落ちる木の葉を見つめながら誰に言うわけでもなく、口から言葉が出てくる不満の声。
紅葉彩り、舞い散る色鮮やかな木の葉の一枚が銀色の長い髪の横を通り抜けていく。
一瞬-。
ほんの一瞬風が強く吹き、誰もが目を瞑るほどの風が吹くと、そこには誰もいませんでした。
そこは、生物が存在しなくなった冷たい世界。
終わることのない白銀の結晶が鈍色の空から音もなく降り続けます。
陽の光が差し込まない世界には、ただ、白銀の絨毯が広がるのみでした。
「どうして、だれもいないの?」
そこには4歳くらいの女の子。
1人シンシンと降り積もる雪の中を歩き続けます。
冷たい雪は女の子を容赦なく襲い、その表情は険しくなるばかり。
不安そうな、 怯えるようなその瞳。
少女の瞳には希望がありません。
少女は1人、村で凍らなかった生き残りです。
この世界では女王様が4人。
春、夏、秋、冬。
それぞれの季節に始まりと終わりをもたらせる女王様がいます。
木枯らし吹きすさぶ日、冬の女王様は王国中が見渡せる山にある塔へきました。
無事に交代の儀式を済ませると、寒い冬が訪れます。
雲が低く、鈍色に輝く雲。
ハラハラと舞い散る雪の結晶。
それは、いつもと変わらない冬の始まりでした。
ただ、今年の冬は終わらない。
動物たちも、植物も、人間たちでさえ終わらない冬に疑問を抱き、恐怖するようになりました。
そして、その恐怖が目に現れるようになります。1人、また1人・・・。植物や動物でさえ凍りついていきました。
氷の彫刻となった人々、動物、植物たちは物言わぬオブジェとなり、そのまま動き出すことはありませんでした。
人々は冬の女王様へ会いに行ったり、他の3人の女王様にお願いしたりと、助けを求めましたが、いつまでたっても冬は終わりません。
女の子の母親も、ついに凍りつきその姿を物言わぬ彫刻へされてしまいました。
だれも、話し相手がいなくなり、絶望へと落ちる女の子は母親が向かっていた塔へと進み始めます。
そして、今ようやく塔についたのです。
「女王様!お願い!ママを助けて!」
静かな世界に、女の子の声が響き渡りました。
しかし、その声に応える者は誰ひとりといませんでした。
ザッザッザ・・・
「ママ!?」
雪が軋む足音が後ろから聞こえた女の子は急いで振り返りました。
でも、そこにいたのは見知らぬ女の人でした。
銀色の髪をした、氷のように冷たそうな白い肌。青い瞳の女の人は少女にゆっくりと近づいてきました。
「どうしたの?」
「ママが・・・ママが死んじゃうの!冬の女王様なら、助けてくれると思って」
「女王様が?無理じゃないかな・・・。」
女の子は、自分へと向かう歩みを止めて悲しそうに笑いかけてくる女の人の姿を、残る気力を振り絞りながらその両足で力強く立っていた。
母親がここへ来たかった。
母親を助けたい。
全ては母親のためだった。
「女王様に会えれば、・・・きっと大丈夫だもん!助けてくれるもん!!」
涙をためて、甲高い声で首を左右に振りながら叫ぶ女の子。
それを見ても、女の人は冷たく続けます。
「女王様はね、・・・もう疲れたんだよ。きっと、季節は廻らなくていいって。全て、安らかに眠ることができれば、だれも傷つかないで生きていける。だれも傷つかないように毎日が過ごしたい。きっと、そう思ってるんじゃないかな」
「どうして!?女王様は私たちが嫌いなの?どうして、・・・ママや、友達や、森に居いるクマさんやお魚さんたちをいじめるの?」
「いじめてなんかないよ。喧嘩もしない、意地悪もしない。悪口を言ったり、言われたりもしない。ただ、自分の中で、みんなが自分だけの世界を作ればいいんだよ。・・・だから、ね?」
ゆっくりと女の子の前に近づく女の人は、腰を落とし視線を同じ高さに合わせると、そっと、左手を女の子へと伸ばします。
冷たくて、体が縮まっちゃうくらいの冷たい風が女の人の後ろから・・・。女の人から女の子へと襲います。
少女は、唇をギュッと噛み締めて瞳をとじて、
楽しかったこと。
パパのこと。
ママのこと。
お友達のことを思い出しました。
冷たい風は優しく、少女を包み込み、次第に少女の体は震えるほどの体力すらなくなってきました。
そうして、少女もまた1人、物言わぬ彫刻へと姿を変えました。
『ゆっくりおやすみなさい。冬の女王の名のもとに、あなたに悠久の安らぎが訪れますように』
春が嫌い。
夏が嫌い。
秋が、・・・きらい。
冬以外の季節があるから、冬が嫌われてしまう。
そう感じた女王は世界を冷たい雪で埋めてしまうことにしたのです。
それが、自分の望んでいること。そう思っていたから。
でも、それは一粒の涙でかわりました。
女の子が最後にこぼした涙。
頬を伝いながらその涙が冷たい氷の結晶になる前に女の人、冬の女王はそっと指で拭いました。
「あっ・・」
少女の涙に触れた瞬間、冬の女王の心に温かい、3人の姿が浮かびました。
少女が今まで見てきた、楽しさ、温かさ、人間の温もり。
春の、夏の・・・。そして秋も。
冬以外に人間は楽しさもあり、辛い時もある。
もちろん冬にも、辛さ以外にも楽しみだってあることに気がつきました。
それに、周りの人がいなくなっていくさみしさ。冬のあいだ塔にこもりきりの自分も幼い頃に感じた寂しさ。それがいつの頃か、冬の女王の名前通り、心が冷たい雪で麻痺してしまったようでした。
『さみしさ』
を、少女は眠りにつく直前まで抱いていたようだった。
少女の涙からは、寂しさと、楽しかった頃の思い出に溢れていた。
眠った顔も、強張り、とても楽しそうとは言えない。
冬の女王は自分の行動に疑問を持ちました。本当に今目の前にいる少女は幸せなのだろうか・・・。
少女の瞳から、一粒・・・、また一粒と涙が流れ、それは静かに雪積もる大地に流れ落ちていきます。
その涙の粒一つ一つが、雪の女王の心に響くように、小さな波紋を広げていく・・・。
涙は流れ落ちると周りの雪を静かに溶かしていきます。
それに呼応するかのように雪の女王の心にも変化が生まれていきます。
本当に、雪で世界を覆ったことが正しかったのか?
どうして、ほかの季節がそこまで羨ましかったのか。
自分は、ただしいのか・・・。
世界に静寂をもたらせた白銀の結晶が、一人の少女の涙でゆっくりと浄化されていきます。
あたたかい心。
少女の気持ちが、冷たく、閉ざされた冬の女王を少しづつ癒していきます。
鈍色の空から舞い散る雪がなくなり、空に切れ間が見え始めると、長いあいだ雪に覆われた世界に終わりが訪れます。
空から光が差し込み、冬の女王はその光に春の訪れを感じているようです。
暖かな光、世界が包まれると冬の女王は少女を強く抱きしめると耳元で何かを囁き、静かにその場を立ち去っていきます。
雪が溶け、茶色く広がる大地に緑の息吹が灯る。
少女に纏う氷が溶け、再び目を覚ます頃には世界は明るい光に包まれていました。
季節は巡り、新たな季節がやってきたようです。