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勇者は楽しく高校生!  作者: 井吹 雫
二年生・十一月
9/72

第一週末 〜コカトリス揚げとノンアルコールエール〜


「すみませーん! コカトリス揚げと、ノンアルコールエールを二つ追加でー」


 今日は文化祭当日。

 沢山の客が賑わう校内で、一際混雑しているとある教室。

 勇者のクラスが運営している『異世界喫茶』は、廊下に行列が出来てしまう程の大盛況。


「はい! 少々お待ちをー!」


 そう言って、白いシャツに緑のベストを合わせた村人扮する健太が返事をしる。

 そのままカーテンで仕切った 教室の一角へと顔を覗かせた健太。


「二番テーブル、注文追加!」


 なんて声を掛けると、中で扇風機に煽られながら調理をしていたクラスメイト達が顔を向け威勢の良い返事をした。


「いや~、実に盛り上がっていますな」


 そんな、目まぐるしい程忙しく動いている勇者の教室へ、楽しそうな声を上げながら入ってきた二人のスーツ姿の男。


「校長。此処が留学生である、あの勇者がいるクラスです」


 入り口で受け付けをしているクラスメイトの女子二人が慌てているのにも関わらず、その内の一人の長身眼鏡男は、恰幅が良い八の字型の髭が特徴のもう一人の男へ声を掛けた。


「おおっ、そうかそうか。此処があの、勇者君のいるクラスですな」


 一方、そんな長身で若い眼鏡男の声を聞いて、校長と呼ばれた男もお腹が思わずぽよんっと波打ってしまいそうな程、大きく頷いて納得する。


「それで此処のクラスは皆、物語にでも出てきそうな服装をしているのですな」


 なんて納得しながら、校長は楽しそうに笑って賑わっている教室内を見て回り始めた。


「ちょっ! せりな先生! お客お客!」


 突如登場したこの学校の校長と、若くして主任をしている社会科の教師、総司先生。

 二人の来客に、ただでさえ忙しい教室内は大慌て。

 接客中であった健太が、食べ物をテーブルに運びながらもどうにかカーテンの中で陣取っているせりな先生を呼んだ。


「も~う、なによ……って、あんらっ、校長せんせ~! お見えになるのでしたら、言って下さいよ~!」


 そんな大盛況の教室の奥で、カーテンの仕切りに隠れて生徒が作る『コカトリス揚げ』という名の唐揚げを摘み食いしていたせりな先生。

 健太の声に反応して、渋々カーテンから顔を覗かせると、校長を見て途端に声色を上げる。


「おや、せりな先生。此処で何をしているんです?」


 一方、そんなことは全く知らない校長。

 カーテンから顔だけ出したせりな先生へ振り返ると、そう言って仕切りの所までやってきた。


「あっ。せりな先生は今摘み食いをー、ゥイッつ!!」


 丁度そこへ、校長と同じように仕切りの側まで戻ってきた健太。

 ナチュラルに校長の問い掛けへ答えようとしたところ、カーテンの中から顔以外を出していないせりな先生に、校長からは死角で見えない身体の一部を握られた。


「うふふ、いや~ねぇ。このクラスを受け持っている身として、生徒が提供している食べ物に間違いがないか、チェックをしているのですよ~」


 健太がこれ以上余計な事を言わないよう、依然死角となっている部分で健太の身体の一部を握り続けているせりな先生。

 凄まじい握力を使い、ふんだんに健太の一部へ圧をかける。


「そうですか。いや~、せりな先生はやはり、優秀で生徒思いな教師ですな」


 そんなせりな先生と健太の無言の戦いに気が付いていない校長。

 大きく頷きながら感心している校長を受けて、健太は痛みに耐えつつも苦笑いをするしかない。


「どれ。折角ですので、そのカーテンの中も、覗かせてもらっても良いですかな?」


 なんて言って校長は仕切りの中を見学する為、ヒラヒラしているカーテンへと手を掛けた。


「どれどれ……。おおっ、此処は調理スペースでしたか」


 そう言って、カーテンをめくって中を覗いた校長。

 カーテンの中では、汗を掻きながらも活気あふれた状態で調理をしているクラスの生徒達。


「あっ、校長先生」


 すると、一番手前で調理をしていた、サキュバスの格好をしている乙音が声に反応し顔を上げた。


「こんにちはー!」



「校長先生っ、いらっしゃーい!」



「先生もコカトリス揚げ、食べていかない?」



「俺らの看板メニューだぜ!」


 突然の校長の来襲に、調理をしていたクラスメイト達は笑顔で対応しながら次々に言葉を発する。

 その中で誰かがついでに「ノンアルコールだけど、エールもありますよ!」と声を上げると、途端に校長の後ろで同じように中を覗いていた総司先生が睨みを効かせた。


「なんだって? せりな先生、アルコールとはどういう事だ?」


 すぐ様近くにいる、このクラスの担任であるせりな先生を問い詰める総司先生。

 しかしせりな先生は、分かりやすく両手で耳を塞ぎ、自身の声を出しながらあからさまに聞こえないフリをした。


「いや~、結構結構。皆さん楽しんでいますな」


 そんな教師二人のやり取りは気にもせず、校長はどーんと構えながらそう言うと、生徒の様子を楽しそうに見渡す。

 すると、丁度その横を、猫耳と尻尾をプラスしたメイド服姿の静葉がすり抜けていった。


「ごめんなさい、校長先生。四番テーブル、果肉入りパウンドケーキ・木苺ジャム付きが三つと、野菜ジュース二つ。あと、蜂蜜ジュースが一つ、注文です」


 メイド服と言っても重みもなく、軽やかに動けそうなふわりとした格好。

 後ろに付いている尻尾も上手く操り、まるで本物のケモミミ娘ではないかと疑ってしまいそうな程、その服装が似合っている静葉。

 そんな静葉の注文を聞き、調理担当の女子数人が返事をして作業にかかる。


「うん。頑張っていますな」


 カーテンの中の狭い空間。

 きっと本当は、仕切りの中に入って見学をしたかったのだろう。

 しかし、自身の腹ではつっかえ邪魔になってしまうと判断した校長。

 仕切ってある調理場のカーテンから中には入らず、後ろにいる総司先生へと振り返った。


「そうですね~。生徒達はみんな、よく頑張っていますよ」


 なんて答えたのは、せりな先生。

 いつの間にカーテンの仕切りから出てきたのだろう。

 微笑みながら教室内を眺めている校長へ返事をするかのように、ゆっくり近付きながらそう答える。

 すかさず健太が、ボソッと「家賃がかかっているもんな」なんて呟いたが、それを笑顔でねじ伏せた。


「おおっ、そうかそうか。窓を開けて、其処に扇風機を向けて、無理矢理空気の流れを作っているのですな」


 一方、そんな健太の呟きも聞こえていなかったのか。

 未だ自身の手でめくっているカーテンの中を再び覗き、感心しながら構図を読み解く校長。

 自慢の八の字髭をゆっくり撫でながら、一番近くにいる乙音へと話し掛ける。


「そうですね。教室内での調理なので、これが一応換気扇代わりなんです」


 そう言って、先程から揚げている唐揚げを確認しながら返事をした乙音。

 サキュバスの格好とはミスマッチな家庭的エプロンを着けながら巻いたバンダナ頭を頷かせる。


「なるほどなるほど。それで火元はカセットコンロで代用して……うん。実に素晴らしいですな」


 きっと他の男性客が乙音や静葉の格好を見たら、鼻血を出してしまうかもしれない。

 しかし、そこは流石歳を重ねているだけはある。

 乙音の格好を見ても全く動じない校長は、出来る範囲で考え実践させた異世界喫茶の方法に、満足そうに頷いた。


「ところで、せりな先生。肝心の勇者君は、何処にいるのです?」


 勇者のクラスの催している異世界喫茶。

 その運営方法に、とてもご満悦な校長。

 にっこりと微笑みながら調理スペースであるカーテンを閉じると、思い出したかのようにせりな先生へと話し掛けた。


「っ、……。確かに、勇者の姿が見当たりませんね」


 すると、先程の健太の呟きが総司先生は聞こえていたのか、せりな先生と無言のジェスチャー喧嘩をしていた一人の男。

 総司先生は校長の言葉でハッと我に返ると、慌てて体勢を戻した。

 しかし、一方のせりな先生は校長から死角なのを良いことに、相変わらず総司先生へ向かって変顔をし更に挑発をする。


「校長先生、勇者なら今は、他の皆と一緒に校庭のステージで、このお店の宣伝をしていますよ」


 そんな担任の姿を呆れながら見ていた健太。

 駄目教師せりな先生の事は放っておいて、代わりに校長の質問へと答えた。


「ほら、丁度あのステージに立っている生徒。あれが勇者です」


 そう言って健太は指差しをして、校長を窓際へと案内する。

 健太に釣られるように、ゆっくりと窓際へ歩いていった校長。

 窓の外を眺める為立ち止まると、そのまま校長は自身の腰へと手を回し、校庭に設置されているステージへ視線を送った。


次回の更新は、4月5日(水)の0時〜1時の間になります!

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