第三週 〜後日談は登校時に回収するスタイルで〜
「おはよー勇者君っ! 毎日転移、お疲れ様っ!」
先週の体育祭も無事に終わった週明け。
毎朝通っている歪みの空間からゲートをくぐり、地上へと降り立った勇者。
すると丁度、歩き出そうとしていた勇者の後方から加奈子が声を掛けてきた。
「ああ、カナコに……シズハさんッ! きょッ今日も良い天気ですね!」
加奈子から声を掛けられ振り返った勇者は、まさかその場に静葉もいるとは思わず、声を裏返させながら動揺した。
一生懸命冷静を装ってはいるが、明らかに目が泳いでいる勇者。
それを受けて不思議そうにしている静葉と、そんな二人をニヤニヤ笑いながら見つめている加奈子。
きっと、勇者の挙動不審な理由に想像が付いているのだろう。
それでも加奈子は「あれーっ? 勇者君っ、様子がおかしいよーっ?」と、意地悪く質問をした。
「静葉がどうかっ、しったのっかなーっ?」
なんて声を弾ませながら、加奈子は勇者の反応を心待ちにしている。
一方の勇者は、そんな加奈子の策略通り、チラチラと視線を泳がせながら捉え続けていた静葉の足から、分かりやすく視線を逸らした。
「そッ! ……何でも、ないが?」
なんて言葉を落とした勇者は、明らかに静葉を意識しているかのような態度。
そんな勇者を見て、にんまりと笑った加奈子は更にわざとらしく言葉を続ける。
「あー、そっかーっ! 今日は制服だから、この間のチアガールのスカートより丈が長いもんねーっ」
そう言って加奈子は、大きく目を見開いた静葉を余所に「勇者君っ、残念―っ!」なんて、勇者を茶化す。
「この間の静葉、可愛かったねー勇者君っ!」
チアガールという単語を聞いて、加奈子が何をネタに茶化しているのか察した静葉。
顔を真っ赤にして動揺している勇者を受けて、慌てて加奈子をへなちょこパンチでポカポカと止めに入った。
「あっ……ああ。……とても、似合っていた」
勇者の予想通りな反応。
それを目にする事が出来て、隣で怒っている静葉の態度をケラケラ笑いながらも満足げに受けていた加奈子。
すると、そんな二人が視界に入っていなかったのか、勇者が大真面目に言葉を続ける。
「素晴らしい程、似合って……いた」
きっと、顔面の赤ら顔具合から察するに相当恥ずかしいのであろう。
思いきり顔を二人から背けつつ、きちんと正直に、自分の気持ちを言葉へ出した勇者。
そんな勇者を見て、同じく恥ずかしがりながらも静葉がお礼を言った。
「え……えっとね。ありがとう、勇者くん」
そう言って、互いにモジモジとしている二人。
一方の加奈子は、朝から思惑以上の物を見せてもらったからか、楽しそうに二人を見守っていた。
「それにしてもっ! この間の体育祭は本当に、楽しかったねーっ!」
ひとしきり楽しみ一段落が付いたのか、ふと話題を変えた加奈子。
「……ああ、そうだな。とても有意義な時間だった」
なんて、加奈子が落とした言葉に勇者は思い出したかのように反応する。
「この国の祭典は、聞いていた通りの盛り上がりを魅せるのだな」
そう言いながら少しずつ落ち着きを取り戻してきた勇者は、うんうんと一人頷いた。
「いやいやっ! 楽しかったのは勇者君だよーっ!」
皆が落ち着いた所で、ようやく学校へと向かって歩き出した三人。
そんな中、満足そうに頷いている勇者へ向かって、加奈子が楽しそうに突っ込みを入れる。
「まさか静葉パワーでさっ! 棒倒しの棒を蹴り砕くとは、思わなかったわーっ!」
なんて言葉を落とした加奈子。
当時の映像が脳裏に蘇ったのか、そのまま暫し思い出し笑いをした。
「あっ、あれはッ! あの闘技の掟を把握しきれていなかった、……俺の勉強不足が招いた、悲劇だ」
そんな加奈子を受けて、なにで加奈子が笑っているのかが分かった勇者。
さりげなくこの国の男子が口にしている一人称を真似しながら、申し訳なさそうに自身の非を認める。
「棒倒しとの名が付いているくらいだから、敵陣の棒はへし折っても良いのかと解釈していたんだ」
そう言って勇者は、先週の体育祭での棒倒しの行いを思い出す。
後半戦で勢いよく飛び出した後、敵陣に突っ込んだ勇者は踏み切りを付けて高く舞い上がり、相手チームの頭上を飛び越えそのまま棒に目掛けて跳び蹴りを喰らわした。
太マッチョの素晴らしき二の腕くらいはあった、棒倒しの棒。
それを見事真っ二つにした勇者は、蹴り砕いた反動で宙に放り出されていた敵陣の旗を満足げにキャッチする。
勇者の中では決まったと思い、その後の歓声を期待した。
しかし、実際は固まってしまった味方軍と、腰を抜かす敵陣の相手チーム。
とりあえず勝敗はついたものの、その後健太から受けた説明と、校長先生から呼び出しを受けたせりな先生の姿を思い出し、少しばかり肩を落とした。
そのまま「セリナ先生には、申し訳ない事をしてしまった」と、遠くを見つめながら謝罪の意を表す勇者。
しかし、そんな勇者を受けてケラケラと笑う加奈子と、見つめる静葉。
「それは大丈夫だよーっ! 教え子の為に動いてくれるのが、先生達の仕事なんだもんっ! 棒の弁償くらい、どうって事ないないっ」
なんて答えた加奈子は、勇者に笑顔を向けて言葉を続ける。
「それにっ! 勇者君のおかげで棒倒しの後半戦も勝てたんだから、プラマイゼロだよっ」
そう言って加奈子は、あっけらかんとしながら優しく勇者の肩を軽く叩いた。
「プラっ……? なんだそれは?」
そんな加奈子のフォローに、なんと意味が通じなかった勇者。
首を傾げている勇者を受けて、静葉も優しく声を掛ける。
「えっとね。素敵な活躍を見せてくれた勇者君の頑張りが、格好良かったから、大丈夫……だよ」
そう言って、自身の落とした最後の言葉で恥ずかしくなってしまった静葉。
そのまま静葉は、頬を染めながら僅かに俯く。
一方、それを受けて勇者は驚くと共に目を見開き、再び声を裏返えらせた。
「ほっ、本当ですか! シズハさんッ!!」
とんでもなく嬉しそうに声を発した勇者は、視線が合わないものの静かに頷いた静葉を受けて、思わず素直にガッツポーズを繰り出した。
次回の更新は3月27日(月)の0時〜1時の間になります!