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勇者は楽しく高校生!  作者: 井吹 雫
三年生・六月 その二
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第一週 〜今日が本来の目的だ〜


「……、ぬん」


 まだ薄暗い部屋の中、いつもの癖で一人目覚めた勇者。

 鼻息と共に勢いを付けて上半身を起こすと、勇者は首を左右に傾けて首を鳴らす。


「……皆はまだ、夢の中か」


 なんて呟きながら、勇者はぐるりと室内を見渡す。

 そこには、ベッドのみならず床に布団を敷き詰めて寝ている、クラスメイト数人。

 宿屋の各部屋に備え付けられているベッドだけでは寝床が足りず、クラスの皆が泊まっているそれぞれの部屋には、ベッド以外に人数分の布団が用意されていた。


「しかし……ケンタ達は本当に、何でも楽しみと変えてしまうから、素晴らしいな」


 そんな言葉を落とした勇者は、ゆっくりベッドから降りて、大きく一回伸びをする。


「ふんっぬ~ッ! っ。ふん、ふん、ふん」


 そのまま伸びの姿勢から、勢いを付けて手足の屈伸をした勇者。

 まるでその姿は、健太達の国で代々行われている、朝の準備運動の某部分を行なっているかのよう。


「っ……勇者―……?」


 勇者が屈伸運動をする度に、僅かながら床が軋む音がする。

 その為、昨夜この部屋のメンバーで開催されていた枕投げで、見事に負けて床の布団で寝る羽目となった健太が目を覚ました。


「なーに、こんな時間から……張り切ってんのー……」


 そう言いながら健太は、寝返りを打って目を擦る。


「ふんッ! ……ああ、すまぬケンタよ。今日は、国王とのとある計画当日であるからな。少しばかり、気合いを入れようと思って」


 なんて言葉を落とした勇者は、自分の行動に寄って健太を起こしてしまった事を謝るが、それでも身体のほぐしを止めようとはしない。

 今度は腕の遠心力を使って、腰を回し始めた勇者。


「……ふーん。……そう、なんだ」


 一方、まだ完璧に目が覚めていない健太は、返事をしながらも話の内容は頭に入っていない様子。


「ああ、今日は大事な日なんだ。……宜しく頼むぞ、ケンタ」


 なんて言葉を発した勇者の声は、既に健太の耳には届いていない。

 再び寝息を立て始め、スヤスヤと夢の中に入ってしまった健太。

 その規則正しい呼吸を聞いて、勇者はようやく、準備運動を止める。


「……ああ、そうなんだ。健太は知らぬかもしれないが、今日は大事な……日なのだ」


 ゆっくりと視線を動かして、部屋の中をぐるりと見回した勇者。

 そこには健太と、床で寝ているクラスメイトがあと二人。

 皆呑気に、それぞれ特有の眠り方で寝相という名の芸術を魅せている。

 そんな微笑ましいクラスメイト達を見据えた後、勇者はゆっくり視線を動かし、そして止めた。

 勇者が眠っていたベッドと、対になるように置かれているもう一つのベッド。

 丁度その上で、背中を向ける形で寝ている慎之介の姿。


「……頼むぞ、ケンタ。……どうか国王様に、気に入ってもらってくれ」


 そう呟いた勇者の言葉へ、同じ部屋で寝ているクラスメイト達は皆、静かな寝息を返しただけだった。




・・・・・・





「それでは勇者様、お手本を宜しくお願い致します」


 修学旅行三日目。

 今日は一日、城の中を見学する日となっている。


「ああ、分かった」


 そう言って勇者が手にしたのは、愛用のレイピア……ではなく、超大型の岩が乗っている台車の持ち手。


「行くぞ! ッ! ふぅうゔゔんぬうう〜!」


 なんて、今にも身体の中の諸々が色々と出て来てしまいそうな力み声。

 城内にある専用訓練場の中心で勇者は、顔を真っ赤にしながら台車を動かし始めた。


「おおーっ! 頑張れ勇者君っ!」


 ゆっくりではあるが少しずつ動き出した台車を見て、加奈子が楽しそうに拳を上げて応援する。


「すっげー! やっぱり勇者は、半端ないなー!」


 そう言って、加奈子の隣にいた健太も同様に盛り上がる。


「えー! 我が国の訓練である一つとして! こうして筋力をつける為! 兵士達は日々! 身体を鍛えています!」


 一方、慣れない説明を任されてしまったからなのか、変に抑揚を付けながら喋っている兵士。

 しかし、その説明をまともに聞いている者は誰もいない。


「やべ〜! まじやっべ〜!」



「俺、あんなの動かせねーよ」



「だいたい、まずどうやってあの岩を台車に乗せたのかな?」



「いいぞ〜勇者! いっけ〜!」


 なんて、好き勝手に応援しているクラスメイト達。

 そんな声援をまともに受けた勇者は嬉しくなり、更に力を漲らせた。


「まッ、かせッろおおおおおおッ!!」


 今にも血管が切れてしまいそうな程、顔を真っ赤にして進んでいく勇者。

 見事ゴール地点まで台車を運ぶと、勇者はとんでもなくドヤ顔で皆の方へと振り返った。


「ありがとう御座います勇者様! という訳で本日は皆さんにも! 我々が常日頃から行なっている! 様々な訓練を見学して頂こうと思います!」


 しかし、ゴールまで辿り着いた勇者へ拍手を送ろうとしていたクラスメイト達を掻き消すようにして、先程から説明をしていた兵士が声を張り上げる。


「まずは各グループに分かれて頂き! 本日御用意している、剣術・体術・舞術の中から! 興味のある物をお選び下さい! では、どうぞ!」


 きっと、ようやく終盤が見えてきたからであろう。

 慣れない説明からやっと解放される事もあり、どんどん早口になっていく兵士。

 最後の言葉を言い終えると、こちらもドヤ顔で勇者の方へと顔を向け、キラキラした眼差しで勇者の反応を待った。


「……あっ、ああ。……うむ、御苦労であった」


 一方、クラスメイトからのいつもの楽しい声援と、本来のこの世界での尊敬されている自分の立場がごちゃ混ぜになってしまい、どう振る舞えば良いのかが分からなくなってしまった勇者。

 とりあえず言葉だけを落として兵士を一度労うと、何とも言えぬ表情で皆の所へと戻っていく。


「おかえりー勇者君っ。本当に、勇者君のはパワーがすごいねっ」


 なんて言って、既にグループ毎に分かれていた皆の中から、勇者へ手招きした加奈子。

 それを見つけて勇者もサッと近付くと、グループの輪の中へと入り会話に参加する。


「おかえり勇者! それで、何を選ぶかは、グループ毎なんだと。何にする?」


 そう言って健太は勇者に一回笑い掛けると、そのまま皆に向かって会話をスタートさせた。

 

「異世界出身の勇者としては、この三つの中だったら、どれがおすすめ?」


 なんて、皆の顔を一人一人確認しながら、何気なく勇者に問い掛けた健太。


「……ああ。やはり、此処は剣術を選択して頂きたい」


 一方、皆の元へと戻った勇者は、健太の言葉を受けて素直に意見を言う。

 すると、男子陣が言葉を発する前に女子の加奈子と乙音が反論した。


「ええーっ! 折角異世界まで来たのに、剣術をやるのーっ!?」


 そう言って、思いっきり目を見開いた加奈子。


「だって剣術なら変な話、体育の授業でも剣道で習えるじゃんっ!」


 なんて言葉を発して、加奈子は残りのメンバーの顔を見回す。

 一方、勇者の申し出に乗り「良いじゃん!」と嬉しそうに言葉を落とそうとしていた健太。

 危うく出かかった言葉を飲み込んで、隣にいる乙音の事をちらりと見た。


「確かに。女子としては、やっぱり体格差のある男子と剣術を交えるのは……、少し怖いかもしれないわ」


 そう言って乙音は、隣からの視線を感じた事で、静かに勇者へ投げ掛ける。


「勇者君は、何か意図があって『剣術』を勧めたの? それともただ単に、健太の意見を汲み取っただけ?」


 特に健太が剣術をやりたいと発した訳では無かったが、それでも視線だけで、健太の思いを読み取った乙音。

 なるべく皆が楽しめるようにと、皆の意見を聞き出す。


「……いや、そういう訳では……ない」


 一方、乙音の言葉を受けて珍しく目を泳がせた勇者。

 乙音は別に、剣術を勧めた勇者を責めるような言い方をした訳でもなかったが、それでも何故か勇者は明らかに動揺した。


「……?」


 いつもは常に自分の意見をはっきりと持っている勇者。

 それが今は、明らかに何かを隠しているような動揺っぷり。

 しかし、乙音には何故勇者が動揺しているのかが分からない。

 真意が分からない為、乙音はそのまま言葉を続けるのをやめてしまった。


「……ねえねえっ! やっぱり私は、舞術を習ってみたいかなーっ!」


 そう言って、いつものあっけらかんとした声を上げた加奈子。


「やっぱり男子は剣術をー……って思うのも分かるけどっ! でもやっぱり、可憐な女子としてはねーっ」


 なんてケラケラ笑い声を上げながら、加奈子は残りのグループメンバーの様子を伺う。


「……ええ、そうね。私も個人だったら、別に剣術でも良いと言えるのだけど……」


 そんな加奈子の問い掛けを受けて、落ち着いた声で言葉を落とした乙音。

 そんな中、一人キョトンとしていた静葉へ視線を向けて、次の言葉を発する。


「静葉はどう? 剣術では、少し怖い?」


 まるで、結論を出すのは静葉の回答次第だとでも言いたげな乙音の声掛け。

 乙音が静葉の様子を伺うと、当の本人はまるで予想もしていなかったとでも言うように、次の言葉を発した。


「……えっ? わたし? えっとね、別に剣術でも大丈夫だよ?」


 そう言葉を落として、不思議そうに首を傾げる静葉。

 一方残りのメンバーは、まさか静葉がそう答えるとは思っておらず、豆鉄砲を食らったかのような顔をして互いの顔を見合わせてしまった。


次回の更新は、7月27日(木)0時〜1時の間です!

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