第二週 ~現実はそんなに甘くはない~
長らくこっちの方を放置していて、申し訳御座いません。
メインで投稿していた小説の方が無事に完結まで辿り着きましたので!
今度はこの小説をメインに更新していこうと思います!
「という訳で、当日まであと一ヶ月を切りました」
勇者が転入してきて一ヶ月。
少しずつ暑さも和らいできたとはいえ、勇者は未だこの国の気候には慣れていない様子。
なんとか背筋は伸ばして冷静を装っているものの、窓から流れてくる自然の風だけでは、快適さを感じることは出来ずにいる。
「あー、あっちー」
「言うなって、それを」
「なあ健太~。校長室に行って、冷房付けてもらうよう言ってくれよ~」
「十月に入ったからって、いきなり付けなくなるの、おかしいだろー」
そう言って、目で見て分かるくらいにだらけているのはクラスの男子達。
教室の教壇に立ち、皆へ語り掛けた乙音はその光景ももちろん全て見渡すことが出来る。
「暑いのは分かりますが、話はちゃんと聞いて下さい」
なんて、あまりにやる気のないクラスメイト達を見て、呆れ返りながら次の言葉を発した。
「先ほど言った通り、文化祭当日まで一ヶ月を切りました。が、……残念ながら私たちのクラスは、未だに何をするのか決まっていません!」
なんて再度説明をした乙音の横で、同じ様に立っているクラス委員の健太は、他人事の様に欠伸をする。
途端に乙音の平手が、見事に健太の後頭部へとヒットした。
「ぃいって! 何すんだよー!」
予期せぬ事態に、勢いよく前のめりとなった健太。
身体を戻しながら乙音に抗議をしたが、一方の乙音は知らん顔。
「大体あんたもクラス委員なのだから、真面目に考えなさいよ」
あきれたように冷めた目で見られ、健太はバツが悪そうに「う゛っ……」と言葉を詰まらせる。
そんな健太の様子と、クラスメイトの空気にため息を付きそうになりながらも、なんとか話を進めようとした乙音。
言葉を発しようと背筋を伸ばしたが、それをせりな先生が食い止めた。
「……は~いはい。だ~れが、みんなの前で夫婦漫才をしろって言ったのよ」
皆の話し合いの様子を、パイプ椅子に座りながら窓際で聞いていたせりな先生。
このままでは今日も話が進まないと悟ったのか、はたまた話し合い事態が面倒くさくなったのか。
クラス全体に聞こえるように声を上げながら、せりな先生は軽く数回両手を叩いて立ち上がる。
「でも本当に。早くやる事を決めないと、大変な思いをするのはあんた達よ~?」
なんて事を言いながら、教壇へと近付いたせりな先生は席に着いている他人行儀な生徒達をぐるりと見回した。
「誰かがやってくれるでしょう。だから、別に自分がやらなくても良いや。……なんて考えが通用する程、世の中はそんなに甘くはない!」
珍しくまともな事を言って、自身の教え子達に真剣な眼差しを向けるせりな先生。
その姿はまるで、皆の目を覚ましてあげるかのような、正真正銘、真っ当な教師のよう。
手にしている出席簿を、教卓上に音を立てながら置くと「どうだ!」とでも言わんばかりに短く息を鼻から出した。
そのまませりな先生は、象徴でもある眼鏡の位置を人差し指で軽く直し、肩に付く程度の艶やかな髪を耳にかけて腕組みをする。
「うわーっ。珍しくせりなっちが、まともな事を言ってるよっ」
あまりに普段の、遅刻ギリギリ駄目教師である担任から出た発言とは思えない程の、まともなアドバイス。
それを受けて、勇者の前で座っている加奈子が茶化すかのように言葉を発した。
「当たり前よ~、私はみ~んなの担任。教え子達の為なら、鬼にだってなれるんだから~」
きっと今、せりな先生の頭の中では出来る女教師として、自身の発言を褒め称えているのであろう。
目を閉じてはいるが、腕を組んで鼻高々なせりな先生。
そこへすかさず、加奈子が突っ込みを入れてみる。
「でっ? 本当は一体、何を賭けているんですかっ?」
そう言って、ニヤリと笑った加奈子。
まるで、せりな先生の素性は既に見破っているとでも取れるような口ぶり。
表情を崩さず、せりな先生へ向けて「どうぞっ!」なんて声を上げ、真実を暴こうとしている。
一方、それを受けてゆっくりと片目を開けたせりな先生。
暫しの間を開けてから再び目を閉じたかと思うと、両目を開いて加奈子と同じようにニヤリと笑った。
「……三万」
そう言って、せりな先生は静かに三本指を生徒達へ突き出す。
その直後、眼鏡の奥の瞳から一気にキラキラ光線を放つと、解き放たれたように腰へ手を当て、自慢げに声を上げた。
「未だにな~んにも、出し物が決まっていない私のクラスが! 万が一優勝出来たら、主任が三万、出してくれるって~!」
なんて嬉しそうに声を荒げたせりな先生は、続けて「これで今月の家賃が払える~!」と、生徒達が見ている前で本音をダダ漏れにした。
そのまま意気揚々と教卓へ両手を付き、声高らかにこんな事を言い放ったせりな先生。
「だからみんな! 死ぬ気でアイッディア~ッを出して、私を優勝へと導きなさ~い!」
仮にもせりな先生は数学の教師ではあるが、あまりに興奮しているからなのか、やたらと横文字単語の発音が良い。
堂々と教え子に向かって賭け金がある事を暴露した担任に、教卓の前という場所を譲っていた乙音は、思わず額を押さえてしまった。
・・・・・
「ケンタよ……。結局、今日の話し合いはなんだったのだ?」
ホームルームの間、ずっと背筋を伸ばして話し合いへと挑んでいた勇者。
さよならの挨拶が終わった教室で固まった身体を軽くほぐすと、そう言って健太の席までやってくる。
「あー……そっか! 勇者は文化祭の事を、知らないもんなー」
鞄の中の荷物を確認しつつ、そう言って勇者に反応した健太。
帰り支度も済んだのか「よし、帰るか!」なんて嬉しそうに声を発して立ち上がる。
「さっき決めようとしていたのは、今度ある文化祭ってものの話し合いだったんだ」
笑顔でそう話す健太は、勇者と一緒に教室を出て昇降口へと向かって歩いて行く。
「結構盛り上がるんだよ、うちの学校の文化祭。なんせ優秀クラスには、学校側から賞品がもらえるからなー!」
なんて楽しそうに話している健太は、隣を歩く勇者へ語る。
「この国の全部の学校が同じやり方とは限らないけど。大体の所が、文化祭は各クラスがそれぞれに出し物を考えて、見に来るお客達へ提供するんだ」
そう言って、勇者の反応を見る為に視線を向けた健太。
「その出し物の出来が良ければ良い程、評価も上がる。それで学校内で一位になれば、それだけ良い賞品が貰えるって訳!」
楽しそうに笑顔で説明してくれる健太を受けて、文化祭というものが一大行事なのだと想像した勇者。
納得したように大きく頷くと、こんな事を口にした。
「ほう。つまり、セリナ先生が気合を入れていたのは、皆を優勝へ導きたかったからなのだな」
先程のせりな先生の発言。
その意味が分からなかった勇者は、思いきり捉え違えている事にも気が付かず、素直に担任を尊敬する。
一方、せりな先生が燃えている意味をしっかり理解している健太。
隣で素晴らしいまでに見当違いな捉え方をしている勇者を受けて、思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「あー……うん。それよりも、まずはあれだ! 今週末の体育祭の方が先だよ先!」
あまりにいたたまれなくて、曖昧な返事をしながら健太は話題を逸らしていく。
「うちの学校は、体育祭もめちゃくちゃ盛り上がるんだ! きっと勇者は、桁外れだし大活躍出来ると思う!」
なんて前置きをした健太。
勇者から「何が桁外れなのだ?」と投げかけられ、笑いながらそれについて答えつつ、体育祭とはどういうものなのかを下校しながら説明してあげた。