~登校前の稽古は当たり前~
初めましての方も、そうでない方も! こんにちは!
この小説を開いて下さり、ありがとうございます。
あらすじにも記載してある通り、この小説は作者の完全息抜き小説です。どうぞお気楽に読んで下さればと思います!
「ッせぇええい!」
朝日が差し込む、とある城の敷地内。
剣技の稽古で爽やかに汗を流している男が、踏み込んだ足と共にとどめの一手を繰り出した。
「まっ、参りましたー!」
一方そんな男にレイピアを突き出された為、弾みで尻餅をついてしまったもう一人の男。
思わず手に持っていた、自前の剣も落としてしまう。
「いや、今のは中々に良かったぞ」
そんな男へ、愛用のレイピアを一振りしてから腰に収め、凛々しく立っている男は声を上げる。
「今の一手をかわせるようになれば、きっと竜の討伐隊へ入隊する事も、可能になってくるだろう」
そう言って、尻餅をついたままの男へ手を差し伸べ立たせつつ、相手に労いの言葉を掛けた。
「そんな、恐れ多い……」
なんて言葉を漏らしながら、照れるように恐縮する男。
きっと、目の前の男は憧れの相手なのだろう。
相手が謙遜しつつ「貴重なお時間を割いて頂き、感謝致します!」なんて頭を下げたところへ、城内から勢いよく女の子が走ってきた。
「お兄ちゃ〜ん!」
身に纏っているドレスが汚れる事を気にもせず、弾みを付けて勢い良く飛び上がった一人の女の子。
収めた腰のレイピアに片手を添えていた男へ向かって、両手を広げてダイブした。
「姫、そんなに勢いを付けたら危険です」
なんて言葉を掛けつつ、まだあどけなさの残る少女の全力ダイブを男は軽々と受け止める。
「だ~いじょうぶ! だってお兄ちゃんが、絶対に受け止めてくれるもん」
あっさりと男の腕の中へ収まり、満足顔を浮かべながら男を見上げる、王の娘であるサラサ。
それを、お兄ちゃんと呼ばれた男は笑顔で爽やかに受け流す。
「こら、サラサ! お稽古の邪魔をしてはダメでしょう!」
そんな二人のやりとり……というよりは、サラサに向かって声を上げながら近付いてきたこの国の王妃。
サラサが元気よく走ってきた道順を、同じく大きなパニエを華麗に操りながら颯爽とやってきた。
「いえ、丁度一段落が着いた所ですので」
視界に入ってきた王妃へ向けて、爽やかにそう答えた男。
抱き止めていたサラサを降ろすと、男はすっとお辞儀をして、王妃へ敬意を表する。
「ふっ、毎朝精が出ますわね」
なんて男に、にこりと笑って男の忠誠を受け止めた王妃。
そのまま視線を娘であるサラサに移すと、そこには不本意に地面へ降ろされたサラサが、分かりやすくぶつくさ文句を言っていた。
「はっはっは! 相変わらずサラサは、勇者が大好きだのう」
そんなやり取りをしているところへ、恰幅の良いお腹を揺らしながら豪快に笑って登場した、この国の国王。
「国王様ッ! おはよう御座います!」
王妃様に続いて、まさかの国王までの登場。
いつもの日常の場であった、朝の稽古場での突然の出来事。
瞬時に場の空気が引き締まり、国王に勇者と呼ばれたその男と、稽古中だった周りの兵士達は跪いて国王へ敬意を示した。
「良い良い、気にするでない」
なんて、上機嫌な声を出して笑ってみせた国王。
そのまま笑顔を絶やさず、勇者とその他大勢を優しく立たせる。
「しかし、相変わらずの腕っぷしだのう、勇者よ」
未だ一礼している兵士達に向かって、国王は稽古へ戻るよう片手を挙げながら声を掛け、勇者と呼ばれる男へと歩み寄っていく。
「やはり、其方の剣術は素晴らしい!」
なんて絶賛しながら勇者の側までやって来ると、嬉しそうにバシバシと勇者の肩を叩いた。
「国王様、イタイです」
そんな寛大な様子の国王へ向けて、笑顔を崩さないまま、やんわりと言っているつもりの勇者。
「おお! すまんすまん」
勇者のなんともストレートな言葉を平然と受け取った国王は、やはり気にも留めない様子で、叩いていた自分の手を笑いながら下ろした。
「それで、どうだ調子は? 随分と慣れてきてはいると、聞いているが」
なんて、突如何かを話し出した国王と、それについて答える勇者。
「そうですね。随分、馴染めてきてはいると思います」
一体何を話しているのかは分からないが、そのまま他愛のない話を交わし始めた二人。
すると、王妃と姫に向かって「王妃様〜! サラサ様〜!!」と、この城へ仕えているメイド達が探している声が聞こえた。
「あ〜! いっけな~い! 今日は舞踏会のドレス合わせがあるんだった!!」
メイド達の声を聞いて本日の予定を思い出し、慌てて城内へと戻っていくサラサ。
一方、そんなサラサとは対照的に、大人の余裕を魅せる王妃。
「サラサ、貴女が走ったところでやる事は変わらないのだから、可憐になりなさい」
なんて言葉を投げかけつつ、勇者と国王に一礼をして城内へと歩き出す。
長い髪を、見事なまでのヤドカリヘアーにまとめて去っていく王妃の背中。
遠くでは王妃に向かって「お母様! はやくはやく!」と、サラサが叫んでいる。
「……あやつが可憐な大人になる日は、来るのだろうか」
そんな二人を笑顔で見送りながら、呆れたように言葉を落とした国王。
すると、微妙にフォローとなっていない言葉を国王に掛けた勇者。
「大丈夫ですよ。世の中には何万と男がいますので、きっと姫君を好いてくれる方が、何処かに居るはずです」
それでも国王は、そんな少しズレている勇者の真っ直ぐな言葉も、やはり大した事ではないとでも言うように笑顔を向ける。
すると、何かを言い忘れたのか、城内へと入っていったサラサが慌てて顔を出し、勇者に向かって大きな声を上げる。
「そうだ、お兄ちゃ〜ん! 遅刻しちゃうよ!」
サラサの良く通った可愛らしい声。
その声にハッと何かを思い出し、慌てて着ていた鎧を脱ぎ出す勇者。
普段は動じる事を中々見せない、勇者の意外なまでの慌てっぷり。
そんな勇者の面白い一面を発見し、国王は思わず「ほぉ」と顎を撫でながら傍観した。
「すまぬな。我の我が儘の為に、こっそりとあんな事を頼んでしまって」
着ていた鎧も転がり落ち、この国では見慣れない服をわたわたと着ていく勇者。
そんな勇者を眺めながら、優しく声を掛けた国王。
すると、やっと着替え終わった勇者が国王へ振り返り、そして楽しそうに笑ってこう言った。
「いえッ! とっても、楽しいですよ! こんなに面白い依頼を受けたのは、本当に久しぶりです」
言っている言葉は、今まで頼んできた歴代の依頼時に返ってきた言葉と同じ筈。
それでも、明らかに今までの引き締まった顔の勇者とは違う表情。
とんでもなく緩みっぱなしの笑顔を、国王へ見せた勇者。
脱いだ鎧や自身の愛用レイピアをそのままにして、さっと持ち替えたとある鞄の中から、転移結晶を取り出した。
「では、国王様。願い通りに私が、姫君に相応しい婚約者を見つけ、最高の者を連れて来たいと思います。必ずや!」
滅多に動じない国王が思わず引いてしまう程、満面の笑みを見せてそう言った勇者。
そのまま手にしている結晶を天へ掲げ「転移!」と叫ぶと、青い光と共に空間の中へと消えていく。
綺麗に姿が飲み込まれた勇者のいた場所。
そこには寂しげに残された、勇者の道具一式。
それを見ながら、国王はぽつりと呟く。
「……あやつに、任せて大丈夫だったのだろうか」
笑いながらも心配している国王の思い。
そんな心配は空を切り、国王の落とした言葉は、誰の耳にも届かなかった。
・・・・・・
「フンフンフフーン」
国王が心配している事は露知らず、淡いピンク色の雲が行き交う歪みの空間を、楽しそうに浮きながら泳いでいく勇者。
今日もとてもご機嫌で、鼻歌なんぞも歌ってしまう。
「よし、今日も素晴らしい一日を、満喫するぞ!」
両手を使って掻き分けながら到達した目的場所。
歪みの最終地点では、いつものゲートで入国審査をしている、見慣れた女性が立っている。
「あら、勇者様。今日も一日、頑張って下さいね」
異世界に入国する為、国から支給された真新しい定期を見せてゲートを潜り抜けた勇者。
流石に緩んでいた笑顔を引き締めると、無心で「ああ、行ってくる」と返し、歪みの外へと出て行った。