異世界からの洗礼 1
朝の寝起きはよい方だ。
毎日新聞配達のバイトのために4時くらいには起床しなければいけないため、時間になると体が無意識に起きる。慣習というものは恐ろしいものだな。
なんとか眠たい体を起こし、外に出て肺の空気を入れ替え、背伸びをし体を覚醒させる。
そのあと自分の記帳でバイトなどの予定を確認。朝は食べない人なのでバナナなりスープなりで済ます。それが、日課。いままでの、いつも通りの、朝であった。
どこまでも冷たい真っ暗な闇。何もないからこそ無、であるのに、それを実際にあるものとして認識できる錯覚。これは無ではなく、全てを飲み込むようにも思える。
自分を意識しないと、存在がその闇の一部となりそうだ。
ただ、不思議なのは今自分はとても心地よい感覚であること。
この溶けそうで不安定な闇の中でずっといたいほどである。だけど、そろそろ起きなければならない。いつまでもここにいられない。
そう思うと自然に意識が覚醒しはじめる。ゆっくりと、自分に差し込むまばゆい光に慣れるように目を開ける。
目の前にあったのは風で回転するようなモビール。ガラスの星、スペード、クローバーなどが散らばり、鈴がついてるのかカラカラと音がなる。また、そこに一つの手紙があった。
手に取り見てみると拙い字で「ようこそ おめでとう」とだけかかれていた。
壁紙はペンキか何かで塗られた飛行機雲を描く飛行機やいびつな線路を走る電車等がかわいらしく大きく描かれている。ベットは木製で人が落ちないようにか仕切りがついている。床には木でできた、自らが歩いて進む、子供用のおもちゃの車。
「・・・・・・意味がわからない」
冗談なのかはわからないが、親がはりきって装飾した赤ん坊の部屋である。
見渡すとおおよそ5畳程度の小さい小屋。
いろいろとものがあったが、最初に目に付いたのは、扉である。
この先に、何があるのか。ただそれが気になった。
古いガタガタなたてつけのドアを開く。すぐに外から涼しげな風が自分をつつむように動き出す。
「・・・・・・」
幻想的な風景が映し出されていた。ありきたりだが、言葉を失ってしまう、と言うのはこのことだろうか?
時刻は朝か。目の前には木が生い茂る。今まで写真などでなんどか見た美しい森の風景が霞んで見えるほどの感動。
木々はただそこに静かに佇んでいるのに、生を感じられる存在感がある。
地面に光が差し込む余地がないほど生い茂っている木々が自分を取り囲む中、上を見上げると自分だけを照らすように光が差し込んでいる。
まるで作られた綺麗な舞台にいきなりつれてかれたのか、と浮かれてしまうほど。
また、周りには淡い緑、黄、青色の光がふわふわと漂っている。蛍かなにかか。木々がカーテンとするなら、それらは照明。かといって、森の静寂を壊すものてはなく、むしろ一体となって森を作り上げている。
「俺は、すごいとこに、来たんだな」
淡い赤の光が目の前漂って来ていることに気付く。
丸い毛玉のようなものである。試しに手の平で受け皿を作り載せてみると、ちょこん、と収まる。意思かあるかはわからないが、ふるふると揺れた後、少し強めの風とともにまた舞い上がっていく。
よくみると光は似た色は互いにひかれあい色を濃くし、濃くなったものは他の濃い光とぶつかり散っていくか同じ色とぶつかり大きくなるか。珍しさにすこし魅入ってしまう。
・・・・・・しばしそれらの光景を目に焼き付けた後、自分は再び小屋に戻った。
さて、右も左もわからない自分を見返してみる。
服装は濃い茶の革をつぎはぎでとめた胸当て。そして赤の革ズボンにベルト。ポーチのようなものもついている。
素材が、とか品質が、なんぞは当然わからない。服なんて素人なのに異世界事情などしるか。
手にはグローブ。共通してるのはどれもこれも体に恐ろしいほどなじむもの。動きが制限されないよう可動部などに工夫がしこまれている。
次に、武器。ベットの横には机と棚があった。その机の上に無造作に石のような固い短剣のようなもの。日本人の大きさほどある槍。持ち手は丈夫な木でできており、刃には短剣と同じものを使用。
・・・・・・槍か。実物なんか持ったことはない。が、手にもち突きを繰り出すが、なかなかに手にしっくりとくる。
一応武術はしこまれているが、実際に対人で使うことはおろか、最近はそういった類の本格的な鍛練さえしてない身である。精々基礎体力をすこしずつ鍛えてある程度。
確実に剣をふったり槍でつくより球技でボールを捌く方が上手であるのだ。とりあえず、それらをおいておこう。持っているだけでまだ怖いから。
「・・・・・・こう、一気に身の危険が近いことを感じさせるものがあるもんだな」
考えるのは、これからの生活。生きること。
・・・・・・そう。生きること。
「死ぬのは御免だ」
そんな声が無意識に出ていた。
思い出したくもないが、考えるだけで体が硬直するあの体験。恐怖だとかいう安い言葉なんかで収まらないあの体験。
手遅れだった。すこしでも考えてしまったことで、一気に体の神経が止まる。動きが止まる。
「ふー……!ふー……!」
涙が涎が汗が、とまらない。おそらくすこしでも尿意を感じていたなら、下品ではあるがとっくに出ている。このままでは押し潰される。そう思った俺は机に頭をぶつける。ただその感覚を忘れたくて。生を感じたくて。
「俺は生きているぞ・・・・・・痛みもあるぞ・・・・・・」
落ち着いた後、力がまだはいらないからか頭からベッドにどか、っと倒れ込む。頭を触り確認する。ああ、頑丈でよかった。たんこぶはあるが、頭から血はないようだ。
「・・・・・・精神を強くもたなきゃ」
ベッドから起き上がる。決まって心が折れそうなとき、俺は目を閉じて、手を開き目に当て、ひたすら息を吐く。苦しくなるまで吐く。
「・・・・・・なんでこんなのでって思うけど、でもなんだか力が沸くんだよね」
ま、誰にでもそういうものはあるだろう。
「さしあたって。知識を得なければ」
棚を見る。そこには生活に必要最低限の技術、常識がかかれているとおもわしき本が連なっている。
「・・・・・・著者に神、と書いてあるのはなんなんだか。すっげームカつく」
おちょくってるのかあれ。
・・・・・・仕方がないので読む。ひたすら読む。そして腹が立つほど淡々と欲している事実と情報が載っている。ふざけなければここまでか。
この世界アートラについて。次に純人、獣人、魔人、そして魔物か。そしてそれらが住まうこのアートラ。純人、獣人、魔人はそれぞれ別大陸に住んでいる、と。
純人は俺と同じ普通の人間。全く同じであるかはわからないが。
獣人。
俺達がよく知るものから知らないものまでの獣と人との特徴が合わさる生物。
多種多様でそのほとんどが血の気が盛んであり、また直感的なものや天性的な能力に恵まれた種族である。
自由奔放的な種族であるらしい。曰く、本能にすこし理性がくっついた程度。ひどい言われようである。まあ、王の基準に圧倒的武力を求める時点で・・・・・・ね?
魔人。
魔力に強く影響を受ける種族。魔力的センス、知識は他の生物を凌駕している。
血族、地族的繋がりを重んじる種族でもある。魔人族の中で血族争いはあるものの、特に多種族を差別等することはないらしい。互いの料理を批評している料理人同士が感想に乗り物の批評を持ち出すくらい関係ないし意味のないことだ、というレベルらしい。
魔物。
地球でいう、野生動物。生活でも頻繁に用いられる益獣から一匹や一集団で町一つ脅かす害獣がいるし、おとなしい性格のものもいれば好戦的なものも。
すこし、いやかなり地球のとくらべて規模がオーバーかもしれないが、基本そういうものである。
個々の魔物に呼称は親しまれてなく、せいぜい学問で使われるようなくらいマイナーなものだ。
それでも一般的に名前が知られているものはよく市場で扱われるもの、驚異的なもの、よくてそのグループわけの名称くらい。狼が団体でくるとか、熊が力強いとかその程度。
・・・・・・こういった基本説明は載っているが、多種族の関係性だとか魔物の種類とか、細かいところまでは載っていない。
精々、この周辺の魔物がかいてある程度。どうせなら全部載せればいいものを。
ま、すこしそれが楽しみでもあるかな。生きる目標は多い方が精神的にもいいだろう。
・・・・・読んでて一番わくわくしたのは魔力だった。
もちろん、魔人と一部魔物を除いて普通に存在を感じることは不可能であり可視化などもってのほか。
しかし、型に則り使うことにより、魔法として具現化する。人は術式と呼び、様々な国で独自の術式体系を形成している。もちろん、魔人が抜き出て秀でているのは言うまでもない。
魔力はなんで存在するとか、そういうことはわかっていない。ただ、そう作用するだけ。重力や磁力のようにただ存在しているだけ。
しかし、そういった物理的なものとはまた違う性質を持ち、研究が進められていることも確かである。
周りに漂う魔力を、才能によっては自らに溜め込んだ魔力を適切に、精密に組み込み、使用することで具現。一歩間違えれば、目的と180度変わったものが現れるかもしれない。
見えない力か。重力なら、本でもなんでも落としたり、自分がジャンプするだけで感じることができる。磁力も、今は身近なものでは特にないが、磁石をイメージすれば、簡単に感じることができる。
「・・・・・・俺も魔法を使えるのか?」
そもそも、体内に魔力がたまる人種とはなんだ?何が違うんだ?
「見えない力を使用する?」
見えない未知の力なんて、どう扱うんだか?魔人から伝わった?別大陸にいるのに?最初、たまたま見つける?・・・・・・線は薄いと思う。
決まった動きでしか反応しないはずのに、偶然の産物を、もう一度再現する。多種多様の魔法にも、何か習性があると考えれば・・・・・・。
「詳しいことは、過去の出来事を調べるのと並行するか」
・・・・・・魔法は置いておこう。武器があるのだ。今はそっちのほうがよっぽど頼りになる。
「んー・・・・・・あと残ってる本はは簡単な槍の使用法とか、解体とかあるな」
・・・・・・ある程度しってるものだし、相違点をとりあえず覚えて、やりながら改善、ということで。
にしても情報量、少なすぎだろ。
・・・・・・とりあえず、目先の食料確保。準備運動がてら家の周りの湿っていない木々などをたき火用に集めておく。また軽く槍を構え重さに慣れてきたので周辺を歩いてみることに。
ナイフは右足にベルトがありそこに鞘があるのでそこに収納。左手には槍だ。ちょうどグローブもあったので扱いやすい。
さて、いざ探索。勇みよく森の中を歩いていった。
・・・・・・周りは高い木々、生い茂る草、そして空を舞う光。視界が遮られるものばかり。いるのは小動物、虫など。
歩いてすぐ、水の流れる音が聞こえた。そしてそちらにいくと、思った通り、水があった。
「・・・・・・近くに川もあったのは喜ぶべきだな」
幸い、小屋から歩いて7分程度の場所には綺麗な川と手元にあった本をみる限り食べられそうなりんごほどの木の実もあった。最悪、あれを食べればいいだろう。
さて、もう少し、森を歩いてみよう。
「・・・・・・ん?」
いくらか歩いていると、何かが動く音が聞こえた。足を止めて耳を澄ますと、どうやら上から聞こえてくる。そして、ほどなくしてその音も止んでしまう。
何の魔物かはわからない。
歩くのを止めてから奴らも止まったが・・・・・・。俺の後ろ、右、左にそれぞれ何体かいるようかな。どう考えても、1体や2体の動物の移動する音ではなかったし。群れに遭遇したのかも、しれない。
・・・・・・深呼吸のあと、俺は左手に持つ槍をにぎりしめながら、振り返る。
相手は全員キー!と鳴き声をあげながら、右と後ろの一体ずつが襲いかかってきていた。
「おら!」
腰をひねり回転の力を加えながら落ちて来る奴らに向かって槍を振る。右の一体は腹から切り付けられ血が飛び散る。しかし後ろの奴は片方の後ろ脚を斬っただけで、威力までは相殺できずにのしかかりを正面から喰らってしまう。
「ぐぉ!」
衝撃を受け、地面に押し倒される。
魔物を見る。姿形はチンパンジーのようだ。
しかし、風貌は一切そんな和やかなものではない。全身が殺気立っていており、爪、牙などが発達している。
そしてなにより恐ろしいのは血走っているかのように黒く濁った赤い目が印象的だ。
心の奥底から恐怖を植付けるような、目。恐怖で体が固まってしまう。
奴は脚の痛みを攻撃体制にはいったのかこちらの顔を掴み、大きく口を開けた。
そこから蛇のように長く自在にうごめく舌がでてくる。先は針のように鋭利だ。
奴の目線と舌の先の方向から、どうやら俺の目にネジ込もうとしているらしい。
冗談じゃない!きてそうそう、殺しに来られてたまるか!俺は奴を引きはがそうと抵抗する。なかなか力が強いため、頭が強く握られる。
走行している間に、他の奴らも向かって来る。
「こ、この、おらぁ!」
ようやく動きが鈍かった体に自由が戻ってきたため、俺は奴の首筋にナイフをつきたてる。そのまま力尽きて倒れる。
・・・・・・ナイフと槍をとり立ち上がり、荒い息を整える。
「・・・・・・囲まれた」
・・・・・・数はわからない。とりあえず、見える範囲で10はいる。全員、こちらを警戒している。
「・・・・・・ふー」
深呼吸。息を整えつつ、気合いを入れる。どうしようか。
威嚇から、そろそろ攻撃に移りそうだ。槍を構え中腰に。
キー!
一番前の奴の一声とともに奴らが一斉にこちらに飛び掛かってくる。その数の暴力はまさにこちらを潰しにきている。
例え防いでも、多数に囲まれるだけ。どうしても死角ができる!
そう思い、すぐさま逃げはじめる。
奴らは飛び込みを避けられても、綺麗に着地したあと、数体は再び木に上り、また数体は地面を駆けつつ追い込んでいく。
奴らの脚力はすさまじく、走っている人に追いつくのはもちろん、木をつたってきた奴らは既に俺を先回りしている。
俺は急停止する。下にいた奴らはそれをみて飛び掛かってきた。軸をずらし避けつつ流れで槍を振り回し反撃。次に来た奴は受け流す。次、次!次だ!
受け流しに成功。相手を見ると、クリーンヒットし血を流して倒れているのが2体。他は流した時に地面に倒れたり、2体ほどお互い激突したりしたものの、さしたるダメージはなし。
チャンスと思い追撃しようと槍を構える。
しかしその隙を補うためにさらに上からの飛び掛かり攻撃が襲ってくる。
咄嗟の判断でこちらも迎え撃つ形で反撃。避けながら一体一体を避け、そして余裕があれば反撃か、空中で受け流す。
しかし、その間に既に他の数体が多方向からこちらに走って来る。俺は避けることに専念しはじめる。
上から、横から、四方から襲いかかるあいつらに、何も出来なくなる。
ああ、いい連携だ。多少犠牲はあるかもしれないが、個を相手するにはこういった群の攻め方は、常套手段かもしれないな。
全体のペースを渡さず確実にこちらを仕留める気であるのがわかる。上からの突然襲ってくる上空からの攻撃と、見えてはいるがこちらも注意しなければいけない地上からの攻撃。
「くっそ!ジリ貧じゃねーか!」
体力の限界を感じる。このままでは無理だ。
でも、諦めるわけにはいかない。しかし、戻っても体制を整える場所などない。
そうやって避けつづけていると、日の光が指している広い場所を見つける。
開けた場所だ。俺はそこに向かい走る。奴らの攻撃をすこしくらうが、問題ない。
かすり傷で済む程度だ。とても痛いが、この程度ならなれている。
その広場に着く頃には、体には生傷がたくさん出来上がっていて、体力も余裕はなくなっていた。
「ふー・・・・・・ふー・・・・・・」
気付けば、猿はいなくなっていた。
跡形もなく消えていた。
「・・・・・・ひー!」
倒れ込むのはさすがに危ないので、姿勢を楽にして休む。逃げ込んだ先の広場には太陽が容赦泣く照らして来る。湿度が高いのかむし暑かったが、これだけ雲一つない空で照らしているなら仕方ない、が、体が排熱したいのに、思うように機能しない。
「・・・・・・この世界、恐すぎ、だろ」
恐怖と疲れで体がうまく動かない。今になって汗が大量に流れていることに気づく。
手で汗を拭いながら、槍とナイフを見る。
「・・・・・・魔物を、殺した・・・・・・」
どす黒くて朱い血がべっとりついている。グローブにもべっとりと。
「・・・・・・念入りに洗って、落ちるものかな。これは」
武器の血糊を軽く拭う。
・・・・・・ああ、やってしまったな。いくら死にそうだからって、相手が動物だからって・・・・・・。
「・・・・・・怖い」
心臓がとても早く鳴る。
痛い。怖い。苦しい。今まで、虫だって小動物相手に何度もしてきたことなのに。
頭がぐらぐらする。
「・・・・・・ちょっと、落ち着かないと・・・・・・」
その時、後ろから、鼓膜がやぶれるほどの、けたたましい雄叫びが聞こえてきた。