ポジション親友
気になる人いる? と聞かれた時、本当に好きな人の名を答えたことは今までに一度もない。
私の好きな人は親友だ。誰にも言ったことがない大好きな人。
私の恋の始まりは中学生の時だった。好きになったきっかけなんていうのは、覚えてはいない。たぶんしょうのないことだったと思う。
仲の良い男子だったから自然に好きになってしまったのかもしれない。
中学生になると、女の子の話にはよく恋の話が混ざった。誰が好きなのと聞かれ頬を赤らめながら、好きな男の子の名前をいう。
そして皆で盛り上がって応援したり、くっつけようとしたりなんてことはよくあった。
実際その恋が実ることも多くて、おめでとうという言葉を私は何回も送った。
でもおめでとうと言った何ヶ月後かに別れたという報告も、その数だけ聞いた。
私が親友を好きだ、と自覚した時、誰かにそれを伝えたら私の恋はすぐに終わってしまうものなのだとひどく悲しくなってしまった。
別れたカップルは、その後1言も喋らなくなるなんてことはざらにあった。
私はそれが怖かった。親友と関わることがなくなることが怖かった。
だったら誰にも伝えなければいい。私は親友と友達で居続けることを選んだ。好きな人である親友にも他の友達にも伝えなければこの関係は続くものなのだと。
「あーうちの部署まじブラック」
ビールをゴクリと喉に流し込み机に突っ伏す男。20半ばの働きざかりのその男のおでこに、デコピンをぶちかます。
「いってぇ!」
「あぁ、ごめんそこにおでこがあったからつい」
「つい、じゃねぇよ!」
私の中学生の時の決心は、正しかったのかは分からないけれど私とその親友の関係は今も続いていた。そして私の恋心も。
「働け馬車馬のように!」
「慰めとかさー、激励の言葉とかが欲しいわけですよ俺は」
「激励してるじゃん」
「してねぇよ!」
「そういうのはぁ、彼女とかつくって言ってもらえばいいと思うんですよぉ」
「ムカつく! その言い方からなにから!」
彼氏、彼女がいた時期はお互いにある。といっても私は学生の頃が最後だけど。
彼女が欲しい人を彼氏にした。瞳に熱が篭っていない人を、ただのステータスが欲しい人を。私も同じだったから。
男女の友情というのは疑われやすいもので、ずっと彼氏がいないというのは、親友がすきなんじゃないかと勘ぐられる。それが嫌だったからだから彼氏という存在が欲しかった。
中学生の時から私は変わっていない。関係がなくなってしまうことを、あの時も今も恐れている。
そして私はそれを変える勇気はない。親友が彼女をつくるたびにきりきりと痛む胸は慣れないけれど、それでいい。
私は特に好きでもない人と、きっと結婚して家庭をつくる。誰にも言わない恋を抱えたまま。上手に好きなふりができていたら、誰も何も言わないだろう。結婚する人を好きになれたら幸せだ。そして彼を好きじゃなくなれたら、幸せだ。
そんな日がくるのだろうか。
「大体こんな忙しいのに彼女とかできるわけねーだろ」
「忙しくないのに彼氏ができない私にいうことではないな!」
「自慢げにいうのやめろ」
私は知っている。彼は彼女ができないんじゃなくて作らないだけだということを。
彼に最後の彼女と別れたのは2年前のことだっただろうか。私に会うたびに、可愛いと惚気を漏らしていた彼女を忘れていないのだと思う。本人はちっともそんなこと漏らさないけれど。
彼女と別れてからため息をつくことが多くなった。私と会っている時もぼぅっとしている時が増えた。今では大分少なくなったけど、まだ忘れることができていないんじゃないかって。
「まぁ、彼氏ができなくとも結婚はできるからいいのだよ。裕大くん」
「相手もいないのに?」
「と、思うでしょ? この間お見合いパーティに参加しまして、そのうちの1人と今度の日曜デートの予定でっすぅ」
「は? まじで言ってんの?」
まじまじ大マジと返す。
ふぁっと欠伸を1つして、何気なく居酒屋を見渡す。すると、見覚えのある人物が目に入った。あれは……
「裕大、君にも春が再びきたかもしれないよ?」
「は?」
目に入ったのは裕大の元カノだった。裕大が引きずっているあの元カノだ。その人は裕大に気がついたみたいでこちらへと近づいてくる。
私はすっと席を立った。
「どーぞどーぞ! 私はそろそろ帰りますんで」
近づいてきた元カノを私の座っていたところへと案内し、うまくやれよ、と親友へ目で合図をおくる。なんだよ、そのポカン顔は。しゃきんとせんかい。
がやがやとした居酒屋を出る。外は暑かった。アイスでも買って帰ろうか。
――家について、乱暴にカバンをベットになげ、ぼふんと自分も飛び込む。
目からはポロポロとぬるいものが流れた。
親友よりも早く結婚できたらなって思ってたんだけど、無理かな。
今頃元さやだろう。あんだけ引きずっていたんだ、上手くやっているはず。
お風呂入ろ。立ち上がりお風呂場へと向かう。ちゃちゃっと掃除をして、お湯を出そうとしたその時。
――ピンポーンとチャイムの音が鳴った。
誰だよこんな遅くに、と確認するとそこには親友の顔があった。びっくりして、衝動的に扉を開ける。
「何してんの!?」
「待て、とりあえず中に入れろ」
「う、うん」
ぶすっとした顔の男は私の手を引きずんずんと部屋に進む。振られてしまったのだろうか、可哀想に。
「そんな目で見んな。そして、そこに座れ」
彼は机を挟んで私と向き合う。
「まず言いたいのは、お前の考えは間違っている。別に俺はあいつのことはもう好きじゃない」
何それ初耳なんですが。
「妙なお膳立てをされて、俺もあいつも非常に困ったんだけど? 世間話ちょっとしてすぐに別れたよ」
おまえ、ほんと馬鹿とその後に無駄な一言を添える。
「そして、お見合いパーティの男とデートなんてするな」
「いやなんで――」
「いいからすんな。必要ない」
とばっさり私の意見は切られる。なんなんだ一体。
「俺はあいつに結婚したいって言われた事がある」
いきなりなんの話だよ。なんで昔の惚気とか話出すんだよ。別に聞きたくないわ!
「料理も作れるし、俺が忙しいのも理解してるし、こんなに裕大のこと理解してるの、私しかいないよ? って言われた事があるんだよ昔」
いい彼女じゃないか何が不満なんだ、と思う。
「でもさぁ、俺はプリンは好きだけど、とろとろより、固めの方が好きなの。そういう細かいところ分かってないわけよ。でそれ言って喧嘩になったことがあるんだけどさ」
なんていうしょうのない喧嘩なんだ。子どもか。
「言われなきゃ分かるわけ無いじゃんって言われたんだよね」
そりゃそうよ。と思いながらも話を聞く。
「でも私、裕大が好きって言ったもの全部覚えてるよ。裕大が好きだから全部覚えてるんだよって」
健気ないいこじゃないか。
「お前も全部知ってるじゃん、俺の好きなものも嫌いなものも」
「そりゃこんだけずっといれば嫌でも覚えるわ」
どきり、としながらも平然を装い、呆れた顔でそう返す。
「他の中学からの奴らはさ、俺の好きなものものとかちょっとしか覚えてないの。せいぜい嫌いだっけ? くらい」
「私の記憶力が神がかってるだけじゃん?」
「敦の嫌いなものは?」
敦も中学からずっと仲の良い友達の1人だ。少し悩んだ後、パフェと答えた。
「ぶぅー。むしろあいつはパフェ大好きです。恥ずかしくて嫌いって言ってだけだって、この間言ってた」
「なんだそれ。いやでも嫌いって言ってたもの覚えてるんだから私の記憶力やっぱりいいでしょ」
「じゃあさ」
そう言って親友は私を見た。
「俺辛いの全然平気っていつも言ってんだけど、なんで本当は嫌いなの知ってんの?」
「それは……分かりやすいから」
「だったら、敦の方が分かりやすいはずなんだよ。あいつ、昔から目キラキラさせながら、パフェ食べて嫌いって言ってんだから。その場にはお前大体いるからな?」
何か言い返そうとして、でも言葉は出てこなくてばくぱくと口を閉じたり開いたりを繰り返す。
「別に伝えたことないことでも、お前は俺のこと誰よりも理解してんだよ。俺を好きだって言ってる彼女とかよりも。あとさ、亜希得意料理なんだっけ?」
「餃子」
「それ。敦がお前の作った餃子食べたら糞まずかったって言ってた」
あいつめ。今度くすぐりの刑に処す。
「俺の嫌いなもので1番にあげる餃子な。敦がさ、あいつ料理下手だよなーって言ってたんだけどさ」
その後に続く言葉が予想ができて。
「でも俺が食べる亜希の料理まずかったことない。というかめっちゃ旨い。全部俺の好物だけどな」
何か言わないと……でも出てこない。親友はどんどん私が言い訳できないように言葉を紡いでいく。
「元カノの好きな人のことだから全部覚えてるって言葉を聞くまで意識したことなかったんだよ。元カノとはプリンの件で別れた」
ここは笑うところなんだろう。今じゃなかったらきっと馬鹿じゃんって言って笑ってた。
「別れてからずっと考えててさ、亜希のこと。観察してた。今まで考えたこともなかったのに、とある仮定をして見てたらさ、可愛いんだよお前。なんで俺に分からない努力ばっかりしてんの。俺がアイドルにハマってるって言ったらキモいって言うくせに、次あった時にはそのアイドルについて詳しくなってるしさ。俺が酒飲んで記憶ない時、世話してくれてんのいつも亜希だって皆言うし」
バレてる……誤魔化せそうにない。彼は確信している。
「気づかなかった俺も馬鹿だけどさ、お前も馬鹿だよ。なんで言わねぇの。いつからよ」
「関係が切れるのが怖くて。中学からずっと」
そう答えると、ポカンと親友は間抜け面を私に晒した。言わないほうが良かったかも、引かれたか? さすがにもう10年も経っているもんなぁ、引かれて当然か。
「だから、中学の周りから冷やかされた時、こいつと付き合うとか一生ないって言ったの? 怖かったから? 俺あの時好きだったんだよ亜希のこと。でもそれで砕けた。亜希何回もそう言うんだもん脈ないって思うんじゃん普通」
あの時、私が彼を好きになった時、彼も私を好きだった? あの時、私が勇気を出していれば……いや、もう終わったことだ。
「言えよ、もうバレバレだから」
「……好き」
「なぁ亜希、結婚しようか。俺と付き合うのは一生無理なんだろ? じゃあ関係が切りにくいものをつくっていこう。届け出だして子ども出来たら流石に怖くなくなるだろ」
「は?」
「嫌なの?」
気持ち悪いとか思ってないんだろうか。
「嫌なわけ無いじゃん。いやでも、お情けは無用と言いますか――」
あのさぁ、と親友の声がそれに被さる。
「10年以上も好きでいてくれる女の子がいてさ、それに気づいて好きにならないとかある? しかも昔好きで失恋した人なわけ」
じぃっとこちらを見つめる瞳を見つめ返すのは恥ずかしい。
「あー返事いいわ。もうお前の気持ち分かってるし。亜希が俺のこと知ってるように俺も知ってる」
昔の私の選択は正しかったのだろうかってたびたび考えていたけれど、どうやらあれでよかったんだと思う。
だって私、好きな人に抱きしめられて今すごく幸せだ。




