8.選べない選択肢
「悪いな、ちょっとどけてくれるか」
「っ!!!」
教室にいたクラスメート達は声を掛けた和登くんの姿に驚きの表情をしていた。
そして驚いた後、揃って凝視するんです。
「南波さんっ!?」
はい、南波 潮里です。
只今、和登くんにお姫様だっこをされ、登校中です……。
どうしてこうなった!?
途中までは計画通りだった。
朝、制服姿で現れたわたしに兄様は驚愕し、案の定 まだ学校を休むように言ってきました。
それを押し切る形で、迎えに来てくれた東峰家の車に乗り込み、学校前の駐車スペースへと到着した。
和登くんと東峰家の運転手である木之本さんにお礼を言い、いざ校舎へ! というところで、突然 体が浮かび上がりました。
先に車を降りていた和登くんに抱え上げられたのです。
「か、和登くん、降ろしてください!!」
「駄目だ。歩くって言うなら自宅に帰すぞ。休みたくない、って言うなら大人しく運ばれろ」
そ、そんな~。なんという究極な二択……。
大人しく運ばれるか、大人しく家に帰るか、なんて……。
選択できずにいる間に和登くんはすたすたと校舎に入っていました。
星篠学園は上履きというものはなく、靴を履き替える必要がないので、和登くんはそれはもう スムーズに校舎内を進んでいました。
ちなみに今のわたしは指定の革靴を履くのは無理なので、布製の室内履きのようなものを履いています。
そしてそのまま教室へ……。
「潮里、席はどこだ?」
「……4列目の前から3番目です」
クラスは全員で30名。今は出席番号順で縦6列横5列で並んでいます。
「ここだな。じゃあ潮里、わかってるな? 絶対に歩くなよ」
「………」
絶対に歩くな? 無理ですよ。そんな約束できません。
だからわたしはそぉーと、和登くんから目を逸らしました。
「潮里?」
なっ!? 和登くん!! 頭の鷲掴みはやめてー!!
和登くんはガシッ、とわたしの頭をがっちりと掴んで無理矢理視線を合わせてきました。
「約束できません!」
きゃー! 痛い! 痛いです、和登くん!
そう言った瞬間、わたしの頭を掴んでいる和登くんの手に力が入りました。
「和登くん、痛いです!」
「潮里が約束するなら離してやる」
「無理です。わたしは出来ないことは約束しません」
「ほぉー…」
うぎゃっ!
また力を込めましたねっ!?
「和登くん、下校まで何時間あると思っているんですか。わたしだってお化粧室くらい行きたくなりますわよ。それに授業によっては移動教室だってあるのですよ。だから無理です!」
わたし、人間ですよ。トイレくらい行きます。それに昼食だって持ってきていないのですから、昼休みには食堂を利用するのですよ?
どう考えても『歩かない』なんて、無理です!
「そうか」
和登くんはわたしの頭を鷲掴みにした手を離すと、くるっと横を向きました。
あっ! わかってくれました?
「瀬戸と……、須田…だったか?」
あら……? 納得してくれて教室から出ていくものだと思ったのに!
和登くんはわたしの隣の席と、斜め後ろの席に座っていた須田くんと瀬戸くんに声を掛けていました。
和登くん、何をするのぉ!?
「はっ、はい!」
「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺は東峰 和登。一学年上だな。で、潮里とはまぁ、幼馴染みだな」
突然、自己紹介ですか!?
確かに入学式の日に顔を合わせていますが、自己紹介はしていませんよ? だけど須田くんも瀬戸くんも和登くんの事は知っていますよ!? なんて言ったって、和登くんは生徒会役員なんですから。式で紹介されているんですから!
そんな事より和登くん。突然 どうしたのですかっ!?
「それで潮里だがな。お前たちも知っての通り、足に捻挫をしているわけだが、結果は全治1ヶ月。3日は絶対安静って事で、昨日までは学校を欠席していた。それが今日からはどうしても授業を受けに行くと言い出してな。もう少し休ませたかったんだが、潮里は言い出したら聞かない奴なんで、駄目なんて言ったら最後、家の者全員の目を盗んで勝手に行くだろうからこうして連れてきた」
なんて的確な説明……。
その通りです。和登くんに駄目だと言われたら、こっそりと登校しようと考えていました。バレバレだったのですね…。
ですが何故、今 それを説明しているんですか?
「なのに潮里はこのまま目を離すと、俺の忠告を無視して無理をしようとするんだ。でな? お前らに俺の言いたいことがわかるかな?」
「勿論です!」
「任せてください! 南波さんの事は責任持って運ばさせていただきます!」
怖っ! 和登くん、笑顔が怖いです!!
それに瀬戸くん、何を言っているんですかっ!? 運ぶって、何ですかっ!?
「そうか。頼むな。――潮里、これで問題はないな?」
「なっ!」
いやいやいや! 何ですかその『異論は認めないぞ』的な笑顔は!!
問題だらけですわよ!?
「か、和登くん、何を言ってるのですか! おふたりに強制させるのはいただけませんわよ!」
「潮里、何を言っているだ? 俺は強制なんてしていないぞ? 彼らは自ら協力を申し出てくれたんじゃないか」
無言で圧力を掛けていたでしょう!?
それを強制と言わずして、何と言うんですか!?
「これでも潮里は不満だと? 仕方がない。じゃあ、凪に授業が終わる度に来させるか? 潮里の教室に来るのを禁止していたが、それが解禁となれば喜んで世話しに来てくれるぞ?」
くっ……! なんという脅しでしょう……。
実は高校に入学する際に兄様には、公務以外でのわたしの教室への入室は禁止にしてあるんです。『守れなければ、わたしは家を出て一人暮らしをします!』と脅して……。
でなければ、授業1コマ毎に会いに来そうだったので。
それを解禁!? なんて事でしょう……。またしても選択肢がありません…。