決着 英雄たちの宴
次話で完結となります。
【グワァーンッ!!】
半身を覆うほどの大盾が空中高く舞い上がり、地面に落下すると低く大きな音を広間に響かせる。
傍らにはすでにこと切れた重装歩兵のあらぬ方向に捻じ曲がった体が無残に転がっている。
「怯むなっ! ここで退いては王国近衛の名が泣くぞ! 今守らずしていつ守る! 重装歩兵の意地をみせろ! 決して、決して退くな!」
「「「オオッ」」」
部隊長の塩辛声に、吼えるように応える兵士たち。
重装歩兵は今やその数を半分以下に減らしていた。
将たるシベニクさんを欠いてなお、襲い来る怪物たちを前に彼らは勇敢に戦う。
シベニクが深手を負わせた怪物はどうにか始末した。
だがそのころには広間に集結した兵を蹴散らした怪物たちが王めがけて迫り、最後の砦として守る重装歩兵たちの壁は刻一刻と削られていた。
戦いながら這いずるようにジリジリと王宮に向けて退避を続けるが、いまだその距離は遠い。
それでも、王の命と自らの矜持と名誉にかけて、彼らは絶望的な戦いを続けていた。
兵士たちに突然、場違いに陽気とも聞こえる声が響いてきた。
「おう! よく頑張ったな! お前らも立派な武士の魂持ってんじゃねぇか!」
「おぬし・・・それを言うなら騎士道精神というのだ。」
二人の人影があった、襟の詰まった黒服を着て、長靴を履き、腰に巻いた襷に、大小の異形の剣を挿した不敵な笑みの男。
そしてもう一人は同じような拵えの剣を挿した、アリーナという最近王宮に出入りしていた怪しげな女剣士。
だが、どうにも言葉遣いも雰囲気も普段とは違う。何か重みのような、死線を潜り抜けた戦士の持つような凄みが二人にはあった。
「ジネェエエエエエエッッ!!」
いきなり現れた二人の平然とした様子が気に障ったのか、怪物の一体が土方さんに向かって拳を振り下ろす。
しかし、拳は虚しく石畳を飛散させたのみで、土方さんの姿は消えていた。
起こった出来事を理解できず石畳を叩いた拳を見つめていたが、
「 オイ、どこ見てんだ? 肉ダルマ? 手でも擦りむいたか? 」
土方さんは空中にいた、怪物の頭上に・・・。
【チィンッ!】
剣が一閃されると、音もなく地上に着地する。
そして、
『ゴプッ!』
怪物の口からどす黒い血が音とも声ともつかないものと共に漏れ出す。
ゆっくりと首が前に落ち、一拍遅れて上半身が後ろにずり落ちるように下半身から離れて、鈍い音を立てて落下すると幾度かの痙攣ののち動かなくなる。
「さすがに胴と首を切り離しておけば、もはや動くまいよ。」
傍らには振り抜いた剣を拭いながら鞘に収める、アリーナの体を借りた伊庭八朗の姿があった。
「さあ! 次だ次っ!」
「お主血に飢えとるな・・・。」
走り出した二人の強さは圧倒的だった。
マクスウェル王めがけて猛進してくる怪物の群れを次々と屠っていく。
瞬く間に10体ほどを赤黒い血の海に沈めたが、襲撃者の矢によって怪物化した化け物はまだ20対以上残っている。
ようやく怪物たちも各個に撃破される愚かさに気づいたのか、大盾や馬上槍などを軽々と構え、密集してジリジリと二人のもとに迫ってくる。
一体が攻撃する間を埋めるように時間差で他の一体が攻撃を繰り出し、さらに大盾や槍を使って二人の攻撃を怪力を頼みに捌きはじめ、二人に攻撃の隙を与えないように動き始めたのだ。
「おうおう、怪物も知恵があると見える。」
「これは少々厄介だぞ、気を抜くな。」
若干の緊張を滲ませていう二人の背後に音が響く
【ジャキンッ!】
それに続いて静かな声、
「おやおや、散っていては面倒だと思ったが。 わざわざ集まってくれているとは、案外赤軍より行儀の良い連中じゃないか。」
「ほう、あんたは?」
半ばその正体に見当をつけつつも、面白そうに尋ねる土方さん。
「シモ・ヘイへだ。 マルク殿の召喚に応じてキミと同じように、一時この世界でかつてのように腕をふるっているというわけさ。」
自己紹介しながら現れた男。
石畳に紛れるような独特な柄の装束に身を包み、小柄だが鼻から下の骨が砕かれたように大きく歪んだ顔に浮かべられた微笑には凄みがある。
「先ほどの刺客達を狙撃したのもお主であろう。 大した腕だ。」
伊庭八郎がいうと、シモヘイヘさんは軽く今手に抱えた銃を掲げながら応じる。
「残念ながらモシン・ナガンは少々威力不足だったようなのでな。今度はこちらを持ってきた。」
言うなり、二人の前に踏み出すと腰だめに銃を構える。
「おい?! 抜け駆けか!」
叫ぶ土方さんを横目で見ながら安全装置を解除し、シモ・ヘイヘさんは言った。
「君はずいぶん楽しんだじゃないか。 仕上げは私に任せてくれ。赤軍と怪物はスオミの鉛弾で歓迎するに限る。」
そう言い終えるや引き金を弾き、先ほどまでとは違う耳を覆いたくなるほどの間断ない破裂音が広間に反響する。
【タタタタタタタタタタタッ!!!】
密集していた怪物たちを次々と薙ぎ倒していった。
肉が弾け、顔の半分が消し飛び、怪物は瞬く間に動かぬ肉塊へと変わっていく。
「こりゃあ・・・随分とまぁ小型のガトリンク砲だな!」
「そのようだな、風情も何もないが、時代は変わる。 こういう化け物にはちょうど良いだろうて。」
いいつつ、もはや刀を納め、見物に興じる二人。
異空間から次々と弾倉を取り出し取替えながら、その数が5つ目を数えた頃、蹂躙は終わった。
こうして、マルクたちは辛くもマクスウェル国王の暗殺を回避したのだった。
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襲撃ののち、ヘイヘさん、土方さん達召喚組と伊庭八朗さんはマルクとシベニクさんも交えて、それぞれの武勇伝を語りながら酒盛りをして大いに盛り上がった。
土方さんは『コッラーの戦い』についてヘイへさんに何度も聞きたがり、逆にヘイヘさんは土方さんの『テラダヤウチイリ」について興味深げに聞いていた。
それぞれ同じ軍人でも時代や国が違えば全く未知の戦いであるようだった。
伊庭さんは自分が腕を失った『ハコネヤマザキ』の戦いの様子を芝居がかった独特な演技で再現して見せて、大いに場を沸かせていた。
ヘイヘさんと土方さんは、二人仲良く還っていき、伊庭さんもアリーナに体を明け渡してただの『カタナ』へと戻っていった。
残った僕と、アリーナ、シベニクさんはマクスウェル王の感謝と、懇請を受けて暫く王宮で歓待を受けた。
その間にも少しずつ事件のことが明らかになっていった。
まず襲撃者は全員エルフだったそうだ。
残された死体の耳や骨格の特徴がそれを語っていた。
彼らが持ち込んだ矢には、かなり高度な死霊魔法が込められている事がわかった。
死霊魔法はエルフがもっとも不得手とする魔法の一つだそうで、王国の宮廷魔法使いにも、魔道具の技師にもそれをエルフが入手した経緯はいまだわかっていない。
テミスさんに念話でそのことを聞いてみたが、
(さぁ~? おおかた邪神の連中が自意識過剰、自尊心過多のエルフの中でも過激派の連中を焚きつけてけしかけたんじゃないの? )
と、どうでも良さそうな風にこたえただけだった。
けれど案外それが真相かも知れないと思いつつ、証拠もない事なのでシベニクさんをはじめマクスウェル王などには言わないでおくことにした。
説明をはじめると、女神や邪神、更には神々と人間の関わりにまで触れなければいけなくなるので少し自分の身には余ると思ったからだ。
それから半月あまりの時間を王宮で歓待されながらすごし、途中突然嵐のように現れたバノール男爵のテコでも動かない焼き土下座を受けたり、ドラゴン退治の報が伝わって、再び国を挙げてのどんちゃん騒ぎに巻き込まれたりしながら、あっという間に時間は過ぎていった。
そして、いよいよマルクは王都を離れる事を決意する。
「どうしてもゆかれるのかね?」
「はい、陛下。このような私を信じてくださり、ありがとうございました。」
異例の事ながら、重臣たちと共に、城門まで国王はマルクを見送りに来ていた。
「何を申すかっ!そなたはワシの髪を救い、命まで救ってくれた! このような恩人に報いずに何が王か! そなたさえ望むなら、領地は望みのまま、地位がほしいと申すなら、宰相の地位でも、宮廷魔術師筆頭の地位でも与えるのじゃが・・・。」
マクスウェル王の背後で現職の宰相も宮廷魔術師筆頭の方々は若干笑みを引きつらせていたが、王に悪気がないのはわかっているので、幸いモノの例えとして受け取ってくれているようだ。
(・・・というか本気で受け取られていたら困るけど・・・。)
「陛下、私はそもそも救世主の名も望んで冠したわけではありません。そのような領地や地位などこの平凡な身には重過ぎますから。」
「そうじゃったのう、マルク殿はそういう御仁じゃ。世話になったな」
自らマルクの前まで歩み寄り、手を握るマクスウェル王。
若干、世間知らずで無邪気な所があるがこういうところが国民に慕われているのだろうと思わせる人柄をマルクは感じた。
「いえ、また万一神託が王や、この王国の危機を知らせるときには必ず駆けつけますので。」
「うむうむ、頼りにさせてもらうぞ。」
そう言いながら下がる王に代わってシベニクさんが尋常でない力で手を握りながらマルクに笑顔で言う。
「世話になった! 元気でな! 」
それだけだが、マルクにはシベニクさんの気持ちが伝わってきて十分だった。
「はい、シベニクさんもお元気で! 髪大事にしてくださいね?」
「がっはっはっは! いうじゃねぇか。 そんときゃぁまたマルクさんを呼ぶまでよ!」
「いやいや、そんなことで呼びつけないでください、一応救世主なんで。」
「違いない!ハハハハッ!」
腕を握ったまま体を引き寄せると手荒く肩を叩き、離れていった。
その周りを取り囲む王都の群集の歓声に見送られて、マルクはただ一人、城門を潜るとエルフの国に向け旅立っていった。
お読みくださりありがとうございます。
いよいよ次話で完結となります。 最後までお付き合いくだされば幸いです。