【人間時間】 女神テミス、有給休暇を満喫する。 【神時間】
初めて評価をいただきました。
機体が滑るように平原へ近づいてゆく。
さっきまで緑色の絨毯のように見えたそれが、草地へと姿を変え、草の一つ一つがたなびく様子が見えた。
「着陸する! 念のため衝撃に備えてくれ!」
そうマルクに声をかけるルーデルさん。
そして、ルーデルさんとマルクを乗せたシュトゥーカはまるでコンクリート製の滑走路に着地するかのように静かに、鮮やかに着地した。
マルクはシュトゥーカの後部座席の風防を開けると、地上へ降り立つ。
若干身体がフワフワしている気がするが、初めて『ひこうき』で飛んだからだろうと自分で納得していた。
「ルーデルさん、お世話になりました。今回の神託メールはルーデルさんと『しゅとぅーか』が無ければふもとの村に被害が出ているところでした。本当にありがとうございます。」
手を差し出す。 続けて操縦手席から降り立ったルーデルさんは力強くその手を握り返し笑顔で言ってくれた。
「お安い御用だ、マルク君っ!おかげで貴重な経験をさせてもらったぞ!私も愛機も大満足だ。何より君もワイバーンを撃墜したのだから、自らを誇っていい! 君は私が出会った中で最良の銃手の一人であると私が保証しよう。ハハハハハッ!」
「は、はは・・・。ありがとうございます。僕は、テミスさんにさっきの少年について聞いてみようと思っています。やはりどうも気になるので。」
そう返すマルクにルーデルさんも考えるように首をひねる。
「そうか・・・。確かにこの世界の住人ではなさそうだったからな・・・。」
「そうなんですよね。そこが僕も気になっているんです・・・。」
そうなのだ、あの漆黒の鎧を着た少年は、ルーデルさんの操るシュトゥーカが異世界の魔道具(『ひこうき』というらしいのだが、説明されても僕には仕組みはよくわからなかった・・・。)だと言う事を知っていたっぽい。
そのうえで僕に向かって『反則だ』と言っていたように聞こえたのだ。
これはテミスさんに確認するべきだろう・・・。
マルクはそう決意していた。
「さて、私はそろそろ還るとしよう!では、マルク君、元気でな!」
マルクにルーデルさんはそう告げると、愛機に飛び乗る。
再びエンジンの唸りが大きくなり、シュトゥーカは草原をゆるゆると駆け始め、加速してゆく。
「ルーデルさーん!本当にありがとうございましたー!」
「お安い御用だー!あのクソ女神を地上掃射して欲しいときは、いつでも言ってくれー!」
「分かりましたー!」(・・・『ちじょうそうしゃ』ってなんだ?)
ルーデルさんは草原から滑らかに離陸すると来た時と同じように鮮やかに飛び立つ。
そして雲の彼方へと吸い込まれるように上昇すると、そのまま霞んで消えるように還っていった・・・。
**********************************
ルーデルさんと別れて間もなく、マルクは一人草原に立つと、指輪のスイッチをオンにして、テミスさんに念話を飛ばす。
(テミスさん・・・テミスさん・・・聞こえますか?)
(もっしぃ?!どーしたの!マルク君!今ちょっと取り込み中なんだけど!)
念話に答えたテミスさんの声はなぜか無駄にデカい。
・・・テミスさんが友達と行くと言っていた『くらぶ』というところは騒々しい場所なのだろうか?
(すみません。あの、ドラゴンは無事退治したんですけど・・・)
(おぉーっ!すごいじゃない!マルク君! やっぱりルーデルさんは『空の魔王』だけあっていい仕事するわねぇ♪ 私のスカウト眼に狂いはなかったわっ! これで君もドラゴンスレイヤ―ねっ! おめでとうっマルク君! そいじゃ、そういうことで~♪)
(そういうことで~♪ じゃないでしょ! ちょっとは人の話を聞いてくださいよっ!)
(んもー、なんなのよぉーせっかくいいところなのにっ!)
(実はドラゴンの背中に少年が乗っていたんですよ。)
(へぇーそんなこともあるのねぇ。)
そそくさと会話を打ち切りたいのか適当に相槌を打って、フラットに聞き流そうとするテミスさん。
全く、この女神は・・・。
(いやいや、無いでしょ普通! それでですね、その少年はどうもルーデルさんの乗っている『ひこうき』を知っていたみたいなんですよ。)
(えっ?!そうなの?世の中、たまにはそんなこともあるのねー。)
(ちょっとっ! だからフツーないですってそんな事! いい加減にしてくださいよっ! それでですね、それだけじゃなくて、僕を見て、『うちのカーリーが言っていた要注意女神の手先』っていってたんですよ?!・・・一体どういう事なんですか?)
その途端テミスさんの声のトーンが急変する。今度は『クラブ』の喧騒のせいではなく、カーリーに対する怒りで声が大きくなっているようだ。
(なんですってぇ!あんの性悪ロリババァめ!人を要注意女神呼ばわりするとはいい度胸してるじゃないっ!)
(テミスさんが性悪とか言っても何も説得力がないんですが・・・。)
(シャラァアップ!!いいことマルク君っ!その少年は恐らく、私がスカウトしてきたカードの中の住人たちと同じ世界からやってきた存在よっ!)
(えっ?!そうなんですか?)
(ええ、間違いないでしょうね。そしてその彼をこの世界へ招き入れたのはカーリーに違いないわ!)
(えーと・・・、さっきから出てきてるカーリーさんって一体何者なんですか?)
(邪神よっ!)
(えっ?!邪神・・・ですか?)
(そうよっ!私たちの女神の目指す、より善き世界の実現を邪魔しようとする悪しき存在よっ!)
(因みに、テミスさんは邪神じゃないんですか?)
(? 何を言ってるの? ちょっと意味が分からないわよ?)
(えぇ、そうでしょうね、そうでしょうとも・・・、忘れてください。)
(? とにかく!至急対策を練らないといけないわっ!)
(そ、そうですか。ぼくも詳しく話を聞きたいので助かります!)
マルクは意外に仕事熱心なテミスさんの言葉を聞いて安心した。
・・・てっきり休みがどうのとゴネるだろうと思っていたので、この反応は意外だったのだ。
(気にしないでっ!じゃあ明後日の朝にもどるから!その時ゆっくり話しましょっ!)
(・・・えっ?!『明後日』ですか? すぐに戻ってこないんです?)
(何言ってるのよ!有給は明日までなのよ!明日は向こうの女神様たちと『ネズニー』で『アイランド』と『オーシャン』どっちも回るっていう無謀なスケジュールなんだから、さすがに夜は休ませてもらわないとぉ。)
(なんかすみません。言ってる内容は相変わらずさっぱりわかりませんが、ぼくが間違っている気がしてきました・・・。 今の話の流れからすぐ帰ってくるんじゃないかと思ったので・・・。)
(何言ってるのよぉマルク君! すぐじゃない! 明後日なんだから! 『もうすぐ君たちを救済します!それまでいい子にして待っててね♪』 とか調子の良い事を言っておいて、数千年も放置プレイするどっかの異世界の神様じゃあるまいし。安心して! 私ほど時間に忠実な女神はいないわっ!)
(は、はぁ・・・、わかりました。)
そう言いながらドヤっているであろうテミスさんの姿を思い浮かべて、マルクはこれ以上その点についてつっこむ気力を無くした。
(じゃあ私はもう少し踊って明日に備えるから。マルク君も今日はドラゴン退治で疲れたでしょうから、今夜は早く寝るのよ。夜更かししちゃだめよ、じゃあね~♪)
(あっ、はい・・・。)
(プッ、ツー、ツー、ツー。-念話を終了しました―)
そして念話は、一方的に切れた。
「満喫して帰る気満々だな、テミスさん・・・。」
こうしてマルクの焦りをよそに、女神は『急いで』(明後日に)帰ってくることになった。
こうしてマルク少年は改めて神様と人間の感覚の違いを再認識し、二日間の間悶々とテミスさんの帰りを待つことになる・・・。
お読みいただきありがとうございます。
3部に渡って登場したお助けキャラはルーデルさんが初めてですね。
やはり「空の魔王」は偉大です 笑