いばら姫の婚活~魔法使いはボッチではありません~
冬の童話祭2016参加作品です。
『最も優れた魔法使いは誰だ?』という疑問が出た時、必ず名前を挙げられる人物がいる。
───荊の魔法使い、スオン。別名を棘魔王という。
スオンは見目麗しい青年、或いはヨボヨボの老爺だとも言われており、ドラゴンを一撃で昏倒させたとか、小国の危機を救うため、腐敗した大国を一夜で滅ぼしたとか、真相は定かではないが、逸話に事欠かない魔法使いである。
王宮に仕える魔法使いが多い中、国同士のパワーバランスが崩れないよう、暗黒の森に居を構え、探し当てた者の願いを叶えると言い伝えられていた。彼の存在は、生きた伝説扱いだ。
そして、現在。彼は久方ぶりの訪問者に門戸を開く。
★
「誕生パーティーに招待しなかったお詫びに、贈り物を貰ってさしあげます」
「……………は?」
魔王だの、伝説だのと呼ばれて幾星霜。スオンの人生初の絶句であった。
ここはスオンの居城。切り立った崖の上に聳える禍々しい城の応接間だ。意外と小綺麗な内装の部屋、テーブル上に飾られた薔薇を挟んで、二人の男女が相対する。
一人は魔法使いスオン。青白い肌や赤銅の髪に荊を纏わせ、髑髏の杖を弄っている。隈に縁取られた切れ長一重の双眸は、世にも珍しい孔雀の羽色。これでワイングラスを片手に猫でも撫でていたら、完璧に物語に出てくる魔王である。
そして、もう一人はスオンとは対照的な、輝かしい美貌の姫君だ。豪奢な金髪縦ロール、緑柱石の瞳に、薔薇色の頬。レースをふんだんに使用した華やかなドレス姿の、絵に描いたような姫は、スオンに気圧される事無く平然と微笑んでいる。
高貴な身分ゆえにお付きを連れているが、やたらと影の薄い青年で、姫の側に居ると霞んで消えそうというか、ほぼ空気と化していた。
「聞き間違いだと思うんだが、俺は初対面の人間にプレゼントを要求されたのか?」
棘魔王の名に相応しい、凶悪な笑みが浮かぶ。静かな怒りが伝わるよう。しかし、姫はなかなかに厚顔だった。
「まあ! ホホホ、聞き間違いではありませんわ。ペロー、魔法使い殿に説明を」
地味な青年はここで初めて前に出る。
「かしこまりました、クリス姫。かれこれ二十年前の事です……」
どうやら姫の出生前から話しが始まるらしい。思わずスオンの口元が引き攣った。
「ここから南に、良き王様と王妃様が治める国がありました。二人は子供を望んでおりましたが、中々恵まれません。ある時、王妃様が泉で水浴びをしていると、一匹の蛙が現れ、お告げを……」
「要点だけ、ちゃちゃっと話してくれるか? 俺も暇じゃないんでね」
たまらず口を挟むスオンに、侍従は顔色も変えず、淡々とダイジェスト版を語り出す。
「なんやかんやあって王妃は懐妊。姫がお生まれになり、盛大な誕生パーティーが開催されたのです。……ところが、国宝の金の皿は七組しかなかったために、所在の分からないスオン様の招待が見送りになり、七人のそこそこ有名な魔法使いが招待されました。
七人からそれぞれ素晴らしい祝福を受け、それはそれは美しく賢くお育ちになった姫はスオン様の事を知り、申し訳なく思ったそうで、私にスオン様を探すよう命令なされたのです」
そこで姫が無駄に優雅な動作で立ち上がった。
「お誕生日会から、ハブられる……。魔法使い殿は、なんと哀しいボッチなのでしょう! 慈悲深いわたくしは、可哀想な魔法使い殿のために、改めてパーティーを開催しようと決めました。
わたくしの誕生月は過ぎてしまいましたが、折しもデケムベルの月の第四週には、有名な聖人の生誕祭があります。そう、クリスマスですわ!」
仮にも、魔王と名高い魔法使いを可哀想な子扱いするは、聖人の生誕祭に招待するってどんな嫌がらせだ!? とスオンは思ったが、面倒なのでツッコまない。
「クリスマスといえば、プレゼント。招待状を手配する予定ですが、プレゼント持参でなければ入場出来ませんのよ。どうせ魔法使い殿は生誕祭もお一人様で暇でしょう? 是非いらして下さいな」
どこまで上から目線なんだと、スオンのこめかみに青筋が浮く。
「差し支えなければ、姫が七人の魔法使いから贈られたという祝福の内容を尋ねてもいいか?」
“ギフト”は、生まれたばかりの赤子にだけ与えられる特別な魔法。その種類は多岐に渡るが、たった一つだけ決まりがある。スオンはそれを確認したかった。
「よろしくてよ。まずは、成長するにつれ美しくなる祝福、次は欲しい知識を水のように吸収する祝福、誰もが聞き惚れる美しい歌声を授かる祝福、何をやっても優雅な所作となるマナーの祝福、決して病む事無く健やかに育つ祝福、一生お金に困らない祝福、嫋やかなだけではやっていけないからと、勇敢な心も頂きましたの。どれもこれも、わたくしにふさわしい祝福ばかりですわ」
「そんだけ貰って、まだプレゼントが欲しいのかよ……」貪欲か。
スオンの懸念は当たっていた。
「謙虚、優しさ、慈愛、思いやり──美しい心系の美徳が一切入ってない」
優れた技能だけでは、人は慢心し傲り高ぶってしまう。 フォローするための美徳を必ずセットにしなければならないのに、七人の魔法使いはそれを怠っていた。姫がこうなのは、魔法使いの責任だ。
「嫌ですわ、魔法使い殿ったら。わざわざ祝福しなくても、わたくしほど心優しい姫はおりません。寂しい魔法使い殿を、構ってあげてますし」
ボッチ呼ばわりの次は、かまってちゃん扱い。しかし、魔法使いの被害者だと思えば、優しくなれる。スオンは、頭の中で魔法書をめくった。
「わざわざパーティーを開かなくても、今祝福してやろう。ギフトは本来、赤子の内にしか使えない魔法だが、なに、手はあるさ」
どの美徳にするか迷うスオンを、姫は優雅にやんわり制する。
「これ以上のギフトは必要ありません。というか、欲しいものはすでに決まってますの……わたくしに相応しい王配ですわ!!」
誕生日が過ぎたと言っていたから、計算すると姫の年齢は19。
………行き遅れに片足突っ込んで、焦って相談に来たというのが真相らしい。スオンの目が、もっと生暖かくなる。
ここで急に、姫が眦を吊り上げた。
「魔法使い殿が誕生パーティーに呼ばれなかった腹いせに、わたくしを呪ったのではなくて? 世界一の美しさと賢さを兼ね備え、富も約束されたわたくしに釣り合う婚約話が来ないなんて……呪いとしか思えません」
いや、問題は性格だろうとスオンは思った。濡れ衣だ。
「それか、美しいわたくしに一目惚れしたのでしょう! めぼしい殿方を遠ざけて、わたくしと結ばれようとしたのでは? 魔法使い殿の魔法の力と、悪人顔ですが美しい顔立ちは好ましいのですけど、どこの馬の骨とも知れぬ身を王配にするわけには行きません。諦めて下さいませ」
…………本気で呪ってやろうかこの女。スオンのなけなしの優しさは木っ端微塵に砕け散る。逆立ちしたって、この姫だけはあり得ないというのに。
「さっきも言っただろ? 姫とは正真正銘、初対面だ。呪う謂われはないね」
「ならば、なぜろくな婚約がありませんの! わたくしに釣り合う身分の方には美しさや賢さが足りませんし、かと思えば誰もが認める才色兼備の方には身分がない。こんな素晴らしいわたくしですのよ? 有望な若者が引きも切らず押し寄せても、良いはずですわ!」
完全に高望みが原因じゃねーか!? 責任転嫁するなよ!!
……喉まで出かかった言葉を、スオンはぐっと飲み込む。経験上、この手の輩には何を言っても通じないからだ。聞く耳を持たせる魔法って、あったかな……と思考が逸れる。
「男の方は存外シャイなのです。きっと、クリス姫の魅力に気押されて、名乗り出れないのでは」
侍従が姫をなだめすかす。甘やかすなよ、だから図に乗るんだよ、とスオンは冷ややかだが、姫は満足したようだ。
「それなら仕方ありません。はしたないと誹られるかもしれませんが、わたくしの方から探すとしましょう。魔法使い殿、手伝って下さいますわね!」
有無を言わせぬ断言。いっそ清々しかった。
「…………なんで俺は、探し当てた者の願いを聞くなんて約束してしまったんだろ」
スオンの淀んだ目に、姫は気付かない。美しい顔を輝かせた。
「それは、承諾という事ですわね! 感謝致します!」
「ハァー……。では、姫の王配に求める条件を聞こうか」
「そうですわね。我が王家に入るのですから、民を率いるカリスマがなくてはいけませんし、政治的にも、高い知性は必要です。かといって、軟弱なのはちょっと……騎士団でも通じる程度には剣の腕前が欲しいですわ。そうそう、言わずもがなですけど、見た目の美しさは必須でしてよ。わたくしと並んで、見劣りしない方でないと、誰も納得しないでしょうし? 格好良い系の顔立ちで、身長はわたくしより頭一つは高くないと。胴長は論外、腰が高くて、スラッと長い足の方なんて素敵ですわね。そして、何より大事なのは性格です。優しいけれど芯の強さを秘めていて、普段はわたくしをリードして下さるのに、二人っきりの時だけ甘えも見せる内面の可愛い方が最高ですわ~。あ、わたくしの言うことを何でも叶えて欲しいですし、王家に魔力素養の血筋も入れたいから、魔法も使えたら完璧ですけど、さすがにそれは高望みでしょうから、魔法は出来たらでいいです。勿論、身分は高いにこしたことはないですが、王族が無理なら公爵位まで認めます。……以上がわたくしの最低条件ですわ」
「そんな男がいるか!! 寝言は寝て言え!!」
スオンの堪忍袋の緒が切れた。こんな無理難題を突きつける相手はそうそういない。
「まあ、なんて言い草ですの。伝説なんて持ち上げられてますが、大したことありませんのね……。では、こうしましょう。血筋の良いカリスマ溢れる殿方を王配に。あとの条件は、それぞれ得意分野の方を複数集めて、取り巻きにすれば良いのです。足りない物は補いあえばいい。我ながら、名案ですわ!」
「さらっと逆ハー宣言か!? お前に必要なのは、貞淑の祝福だ!」
スオンのツッコミに、姫はキョトンと首を傾げる。
「ぎゃくはぁとは何ですの?」
「無自覚天然姫!! 俺の手には負えない……」
スオンの苦手なタイプである。
「約束ですから、ちゃんと相手を探して下さいまし。それと、プレゼントなのですから、期限はクリスマスまでですわよ?」
「無茶言うなー!!」
実質、一月もない。さしものスオンも絶叫し、頭を抱える。棘魔王が形無しだ。
……………かくて姫の婚活、スオンの受難の日々が幕を開けたのだった。
★
最初の訪問以来、姫は事ある毎にスオンの城に突撃するようになった。……世継ぎのはずなのに暇なことである。
「魔法使い殿!! オトギという国には眉目秀麗な王弟と、天使の美貌と評判の第三王子がいると伺いました。何故わたくしの婚約者候補に入っていませんの!」
「あのな。王弟は男やもめだが、姫とは親子ほど年が離れてるし、王子は国王が歳を召して生まれた末子で、まだ10だ。年齢的に釣り合わないだろ」
スオンが諭すと意外にも姫は反論した。
「何を言うのですか。ナイスミドルは立派な範疇内です。大人の魅力……たまりませんわ! 王子にしましても、10才、青い果実バッチこいですわ! 自分で育てるのも良い物ではないですか? 政略結婚なんて、年齢差があってなんぼでしてよ」
「許容範囲が狭いようで広いな姫!! 国交のない国だぞ? 国の重鎮と寵愛されてる幼子をよこせなんて無体を強いたら、戦争になりかねん。諦めろ」
スオンは森に閉じ籠もっていても世情に聡い。二人は姫の相手として最良でないと判断したのだ。
「魔法使い殿は保守的ですのね。恋は戦争でしてよ!!」
「だからって本当に戦争を起こそうとするな!!」
王族だという遠慮はすでに無し。スオンは姫を何度も叩き出すが、姫が懲りることはなかった……。
ある時は、既婚者の王太子を差し出せと我が儘を言う。 既婚者は倫理的に駄目だろうとスオンが突っぱねたら、別れさせようと裏で働きかけたので、慌てて止めた。スペックの高い姫は、行動力もあってたちが悪い。勇敢な心の祝福が裏目に出ているのか、姫は無謀な事も平気で決行する……。
またある時は、異世界からの召喚魔法を開発しろと提案。ここでない世界なら、姫の理想の男が居ると考えたらしい。
「異世界の人をお前の我が儘に巻き込むな!! 姫だって、家族や友人から引き離されるのは嫌だろ。人の嫌がる事はするなって習わなかったか?」
怒るスオン。しかし姫は……笑っていた。
「わたくしの傍に侍る栄誉は、何物にも代え難い価値があります。異世界人も幸せになれますわ!!」
…………何を言ってもこたえない姫にそれでもスオンは苦言を呈し続ける。伝説の魔法使いは、意外と常識人で、面倒見がよかった。
しかし、姫は遂にスオンの逆鱗に触れてしまう…………。
スオンの秘かな趣味は薔薇の品種改良である。
魔法の媒介に使うのは荊なので、本来なら花は必要ない。それでも庭園に温室を設置し、丹精込めて育ている特別な薔薇があった。
滝のようにしだれる、それは見事な蔓薔薇だ。
小ぶりな花々は清楚な白から桃色、紫に色を変えてグラデーションを描く。スオンのお気に入りは、蔓薔薇の頂点で冠のように誇らしげに咲く、一輪の丸っこい橙色の薔薇だ。改良を重ねてようやく咲いた薔薇は、スオンにとって娘にも等しい。
誰も彼もが色味のハッキリした、特に真紅で大輪の薔薇を持てはやす時代だから、世に発表するでもなく、趣味で楽しんでいただけなのに、あろう事か姫はそれを踏みにじったのだ……。
「あら、ごめんあそばせ。そんな大事な物とは知りませんでしたの。魔法で結界でも張っていればよろしかったのに」
恋のおまじないに使ったのだと、薔薇の花弁は温室の床一面、絨毯が出来そうなくらい、見るも無惨に毟られていた。姫は悪びれもせず言い募る。
「観賞用とは思えない地味な花だったもので……そうだ!! 次に植えるなら、真っ赤な薔薇にして下さいな。わたくしの一番好きな花ですの。それなら、おまじないに使ったりしないでちゃんと愛でますわ」
姫の高いヒールには橙色の花弁がこびり付いていた。
下手な言い訳だ。スオンの温室は、奥まった所に隠すようにある。到底迷い込む場所ではないのだ。小言が多いスオンへの意趣返しのつもりで、姫は薔薇を台無しにした。
「絶対に、許さん……」
「え? 何か仰いまして?」
優美に微笑む姫に、スオンは威圧感たっぷりの魔王の呼び名に恥じぬ笑みを浮かべる。
「姫。聖人の生誕祭当日に、取っておきの魔法を使ってやろう。……誰もがハッピーエンドになれる、特別な魔法をな」
最後通告である。
「だからもう、二度とこの城に来るな!!」
さすがの姫もスオンの形相に大人しく従ったが、とっくに手遅れだった……。
★
「なんて美しいのでしょう……」
クリスマス当日。王家が所有する離宮の一つに、姫は呼び出されていた。
この離宮は夏場の避暑地だ。大きな湖の畔に建っていて、冬は寒々しいので使われていない。城の造りは南国風で冬の景観にそぐわないはずだったのだが、離宮はスオンの手によって生まれ変わっていた。
まず目に付くのは、庭園を埋め尽くすクリスマスカラー。生い茂る瑞々しい緑の葉と、大輪の赤い薔薇のアーチが幾つも連なっている。
アーチをくぐると花びらが雪のように降り注ぎ、一面を鮮やかに染めていく。
「まるで、結婚式のレッドカーペットのようですわ!!」
スオンの灯した魔法の灯りに照らされて、うっとりしながら先に進む。そして辿り着いた離宮の、なんと美しいことか!!
増築された城の壁や柱をキャンバスに見立て、金色の薔薇の蔓が複雑な幾何学模様を描き出している。城を丸々使った芸術作品のようだ。
「お気に召したかな?」
待ち構えていたスオンに姫は鷹揚に肯いた。
「ええ。貴方、こんな粋な真似も出来ましたのね。それで、城をこんなに飾り立ててどうしますの? パーティーを開くわけではないでしょう?」
城はガランとしていて、姫と侍従、スオン以外の気配は感じられない。招待客はおろか使用人すらいないようだ。
「単刀直入に言おう。姫、あんたにはここで眠ってもらう」
「あら。大胆な暗殺宣言ですの? けれど、わたくしをか弱い女だと侮っていたら、後悔しますわよ。この国のありとあらゆる武術に剣術、戦闘技術はマスター済みですの」
姫はドレスに仕込んだ剣を取り出すと、洗練された仕草でスオンの喉元に突きつける。
「なるほど。欲しい知識を水のように吸収する祝福か。だが、早とちりするな。『眠る』というのは、文字通りの睡眠だ。他意はない」
「……どういうことですの?」
姫は警戒を解かない。
「俺なりに手を尽くして探したが、あんたの理想通りの男はいなかった。このままだと、行き遅れるぞ」
行き遅れは、姫にとって禁句だ。思わず剣を握る手に力がこもる。
「それが嫌なら聞け。いないもんは仕方ないだろ? これから育成するにしろ、時間はかかる。しかし、俺の魔法によって眠りについた者は、その間、一切歳を取らないんだ。ずっと若く、美しいままで待っていられる」
「ずっと若いまま?」
女性心をくすぐるワードに、姫の心は揺れた。
「そうだ。魔王と謳われる魔法使いの手にかかり、薔薇に囲まれた城で眠る傾国の美姫。荊の罠をかいくぐり、姫の元に馳せ参じるは勇敢な王子。そして、魔法を解くのはキスと相場が決まっている。な、ハッピーエンドだろ? 物語として後世に語り継がれるだろうな」
確かに、一考する価値がある。魔法使いの提案は、姫の自尊心を満足させるものだった。
「魔法使い殿は、案外乙女チックなことを考えるのですね」
「やかましいわ! しかし、悪い話ではないだろ?」
「……滅多やたらな男が寄ってきても困りますのよ。無防備に眠るわたくしに、良からぬことを企む輩が集まるかも。そうなったら、どう責任取って下さいますの?」
姫は夢見がちなだけでなく、しっかり考える頭がある。当然の懸念だ。
「大丈夫だ、問題ない。姫が眠ればこの城は魔法の荊で閉ざされる。この荊には仕掛けがあってな、侵入者を阻むだけじゃなく、その血を取りこみ、『高貴な血』を選別する。『知性』『肉体の逞しさ』は荊の罠に挑む事で計れるし、『カリスマ』『美しさ』『性格』は挑戦者を夢に登場させるから、姫が判断し、合格点に達した者を導き入れるといい」
「…………………」
姫は打算を働かせる。若さ、運命的なシチュエーションは魅力的で、防犯の面も保障されている。それに、そんなに長く眠るわけはないと高をくくっていた。
今世代、姫のお眼鏡にかなう者はいたが、既婚者だったり、年齢が離れていたりとタイミングが悪かっただけ。数年もすれば次世代が育ち、問題は解消されるに違いない。
「しかし、父が何と言うか……。わたくし可愛い一人娘ですもの。唯一の世継ぎの不在は体面が悪いでしょうし」
これは背中を押して欲しい発言だ。姫はすでに乗り気である。
「クリス姫、これを」
恭しく書状を差し出したのは、姫の侍従ペロー。彼は見た目こそ地味だが、よく気が利き、他の使用人のように口うるさくないので重宝している。
「国王陛下の許可書でございます。いくらスオン様が伝説の魔法使いとはいえ、勝手に離宮を改装する事は出来ません。わたくしがつなぎを取り、許可をいただいたのです。
国王陛下は姫の幸せが第一じゃと仰り、スオン様の提案を受け入れました。この離宮も、姫のために提供してくださると。よって、なんの問題もありません」
書状を読むが、偽造ではない。国王陛下の印章も本物だ。
姫はようやく剣を治めると、スオンに微笑んだ。
「魔法使い殿の案に乗りましょう。わたくしに、魔法をかけて下さいな!」
「仰せのままに」
スオンはことさら仰々しく承ると、髑髏の杖を掲げる。
『jinglebells!』
魔法の呪文とともに、黄金の光が弾け───気付いたら姫の手には、純金製の薔薇が握られていた。
「さあ姫、黄金の薔薇の棘に触れよ。一滴でいい、姫の血が流れる事で魔法は発動する」
手の中の冷たい感触。ためらいか恐怖か、姫の体が震える。
「怖いならやめてもいいぞ。今ならまだ間に合う。男だって、行き遅れが嫌なら妥協すればいい」
スオンの発言に、姫はムッとした。
「………わたくしは臆病ではないし、妥協など、しなくてよ!!」
ザクッ
思い切り、薔薇を握りしめる。姫の白魚のような繊手から血が流れる。魔法が効いてきたのだろう、痛みよりも耐えがたい眠気が姫を襲い、ペローに抱きとめられた。満足して眠りにつく寸前、ペロー達の会話が姫の耳に入る。
「……で、クリス姫はいつ頃目覚める見込みでしょうか?」
「ペローはどれくらいかかると思う?」
「そうですねぇ……。姫の悪評だと、払拭するだけで二十年はかかりますかね?」
にじゅうねん!! というか、悪評って何ですの!?
叫びたかったが、声にならなかった。金縛りのように体が動かない。
「よその国はもっと遅いだろうな。周辺国の王室ではブラックリスト入りしてたし。既婚者王太子なんて、愛する妃と別れさせられそうになって、ブチ切れてたからな」
そんな……なんで? わたくしは誰からも愛される祝福されし姫なのに……。
「甘やかされたせいで姫は我が儘ですからね。祝福どころか呪いですよ……。自分の興味ある事しか覚えようとしないで、嫌な事からは全力で逃げるんです。姫の事を思い、忠告する者もいましたが……姫は拒絶し、それどころか苛め抜いて城から追い出した。宰相だった僕の父もその一人です」
姫は信頼していた侍従の言葉に腹を立てた。
せっかく取り立ててやったのに! 恩知らず! 裏切り者! 内心、口汚く罵る。
「姫の父親は良い王様なんだろ?」
「ただのお人好し、優柔不断なだけです。国王夫妻が率先して姫を甘やかして、手が付けられなくなったら放置ですよ? 親としては最悪ですね。今回も、眠りにつくという穏便な手段だからこそ許可がおりました。散財は姫の祝福でどうにかなりますが、国交は悪化を辿る一方だというのに」
姫の知らない事実がどんどん出てきた。もう何も聞きたくないのに意識がなくならない。眠気はあるのに、なんで?
「傾国って噂は、美貌じゃなくて我が儘で国を傾けるって意味かよ」
くっくっくと、スオンが笑いながら姫の顔を覗きこむ。
「永~い眠りになりそうだな、姫? まあ、決して病む事無く健やかに育つ祝福があるから、心が壊れる事はないさ!」
やっぱり、わざと聞かせていたのね! 姫は憤慨した。
何とか言ってやりたいと、腹と口に力を入れる。
「愛されてると自信満々だったのに、実は厄介者扱いか……姫は、なんと哀しいボッチなのでしょう!」
姫がかつてスオンに言った言葉を、そっくりそのまま返された。
「キィィィィィィィィィィィィィィ!!」
姫のヒステリックな金切り声。耳障りにならないのは、誰もが聞き惚れる美しい歌声を授かる祝福のおかげか。
「それでは姫、今度こそおやすみ」
ブツンと。屈辱を抱えたまま、姫の意識は途絶えた……。
★
「此度の事は、誠にありがとうございました」
スオンの居城で深々と頭を下げるのは、ペロー。スオンの真の依頼人である。
“探し当てた者の願いを聞く”という、スオンの条件を満たしたのはペローであり、ペローに案内させて押しかけた姫は当てはまらない。
「魔法によって不利益を被った者だけがこの城に辿り着ける。……大半が呪いで、祝福で拗れた姫みたいな例は前代未聞だったがな……」
『うちの姫をどうにかしてください!!』
咽び泣いていた青年は、今は晴れ晴れと笑っている。
「あとは、姫を祝福した魔法使いを七人とも絞めれば、依頼は終了だ」
やれやれ、疲れた……とスオン。根がまじめなスオンは、アホな事をしでかす魔法使いの尻拭いをしている内に、伝説に祭り上げられていた。言い換えれば、それだけ魔法使いには破天荒なのが多いとも言える。スオンの方が異端なのだ。
「お疲れさまです。僕も父が仕事を追われたのに、王命で元凶の後始末を押し付けられ、幾度となく謝罪に奔走したものです。お互い苦労しましたね……」
二人の間には、振り回される者同士、奇妙な友情が芽生えていた。
「それにしても、スオン様は棘魔王なんて呼ばれてますが、お優しい方ですね。さっさと眠らせれば良いところを、姫の我が儘に付き合い、ちゃんと叱って、矯正する努力をしてくれました。姫のご両親でさえ匙を投げたのに……ご立派です」
スオンは無言でそっぽを向く。照れてるんだなとペローは好意的に受け取った。
「とにかくスオン様のおかげでどうにかなりました。姫が居なくなったので、父もまた宰相に返り咲く事が出来ます。これから僕らは、優しさと甘さを履き違えた国王を政治から引き剥がし、実権を握っていこうと思います。もちろん、姫で学んだので独裁者になんかなりませんよ?」
「……お前、実は腹黒だったのか。大体、姫はどうするんだ?」
ペローは、安心して下さいとこれからの展望を語りだす。
「反感を買わないように、国の掌握には時間をかけなければいけません。それこそ、一代二代では成し得ないでしょう。その間に、僕は子孫への英才教育を始めます。姫の手綱を握れるような、優秀な人材の育成をね。
僕、ペローの家は公爵位なので血統の最低ラインは満たしてますから。姫の理想を全て体現した後継者が完成する頃には、国の掌握も進んでるでしょうし、仕上げに姫と婚姻させて正統な血筋を取りこむ予定です。……姫は理想の結婚相手を、僕の一族は王位を手に入れる。ウィンウィン成立、皆ハッピーエンドですね!」
長年虐げられたせいか、ペローの笑顔は黒かった。
ある意味因果応報なのでスオンは止めない。というか、政治に介入する意思がないのだろう。
ペローの野望、姫の婚活が成功するか、未来は誰にもわからない。姫が改心するか妥協すれば、ぐっと早く出てこられるからだ。
「メデタシメデタシはいつになるやら」
スオンの顔色は、今日も冴えない……。
むかしむかし、あるところにとてもきれいでちょっぴりわがままなお姫さまがいました。
お姫さまは美しさ、かしこさ、きれいなこえ、ゆうかんな心をもっていて、マナーはかんぺき、おまけにけんこうでおかねもちでした。
でも、かんぺきすぎるせいかわがままなせいか、おともだちはだれもいません。
お姫さまがおとなになっても、お姫さまはひとりぼっちでした。
『せめてひとりでもいいからわたくしをすきになってくださらないかしら?』
お姫さまはりそうの王子さまをさがすようになったのです。
たくさんのくにをたびしましたが、お姫さまをあいしてくれる王子さまはどこにもいません。
ある日のこと、お姫さまはうつくしいバラえんでこいうらないをしておりました。しかしお姫さまがちぎったのは魔王のだいじなバラだったのです……。
『姫よ。おまえのねがいをかなえてやろう! おまえをあいするものがあらわれるまで、ねむりつづけるがいい!』
魔王ののろいによって、お姫さまはねむりにつくことになりました。魔王はお姫さまのねむるしろをイバラでおおってしまったので、だぁれもちかよれません。
けれどかほうはねてまてとはよくいったものです。百ねんご、りそうの王子さまがあらわれてお姫さまをすくいだしました。
キスでめざめたお姫さまはよろこんで、王子さまとけっこんしきをあげました。
むかしのちょっぴりわがままだったお姫さまをおぼえているひとはいなかったので、くにのひとはみんなよろこんでお姫さまをかんげいしました。
お姫さまはひとりぼっちではなくなり、王子さまとずっとしあわせにくらしましたとさ。メデタシメデタシ。
~暗黒の森童話・いばらの城のコンカツ姫より抜粋~